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客足の増加だけじゃない。ミシュラン「ビブグルマン」を獲得した飲食店の大きな変化

コスパが良い飲食店に授けられる『ミシュランガイド』の「ビブグルマン」というカテゴリー。そんな評価を得た飲食店に訪れる変化は、客足の増加だけにとどまらないようです。今回フードサービスジャーナリストの千葉哲幸さんは、ビブグルマンに選ばれた2店を取り上げその獲得後のさらなる進化を紹介。さらに各々に共通しているポイントを分析しています。

プロフィール千葉哲幸ちばてつゆき
フードサービスジャーナリスト。『月刊食堂』(柴田書店)、『飲食店経営』(商業界、当時)両方の編集長を務めた後、2014年7月に独立。フードサービス業界記者歴三十数年。フードサービス業界の歴史に詳しい。「フードフォーラム」の屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース、セミナー活動を行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社発行、2017年)。

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ある日突然、飲食店が「ミシュランガイド」のビブグルマンを取るとビジネスはどう変わるのか?

『ミシュランガイド』の中に「ビブグルマン」という評価がある。これは「5,000円以内でコスパが高く良質の店」ということだ。「5,000円以内」ということだから、大衆的な店で、店は立ち上がってから日が浅く、経営者の年齢が若いということが大体想像がつく。そして、これに選ばれた経営者は、その日から飲食業経営者としての新しい道が切り拓かれる。今回はそんな二つの事例を紹介しよう。

遠距離にあっても伝統の商品が再現できる

大阪・福島の「韓国食堂入ル」と東京・恵比寿の「韓国食堂入ル坂上ル」はビブグルマンの常連である。これらを展開するSOME GET TOWN(本社/大阪市西区、代表/山崎一)は、山崎代表(42)の母・朴三淳(パクサンジュン)さんが韓国で女性初の国家調理技能士一級の免許を取得した人物で、大阪・鶴橋で韓国料理店を営んでいた。山崎代表が母の飲食業を継ごうと決意したのは、サラリーマン当時に外食する機会があるたびに「母の料理はおいしいと確信して、後世に残したいと考えたから」(山崎代表)という。

韓国料理とは各人にとって母の料理が絶対的な価値観となっていて、韓国料理店で食事をするときは各人がテーブルの調味料で各人の母の味付けにする。その論のとおり、同社の料理は「朴三淳」のレシピが絶対的なものであり、従業員の誰もが料理の母としてリスペクトしている。これまで展開していた店舗は「朴三淳の料理」を粛々と提供し続けてきた。

「韓国食堂入ル」が『ミシュランガイド京都・大阪2018』で初めてビブグルマンを獲得した時に、日ごろ優秀だと注目していた女性従業員が「東京でこの店をやらせてほしい」と申し出た。山崎代表は「大阪から東京へと遠距離で営業して朴三淳の料理が再現できるだろうか」と不安に思っていたが、その店「韓国食堂入ル坂上ル」は『ミシュランガイド東京2021』でビブグルマンを獲得した。「朴三淳の料理」に再現性があることが証明され、またこれをもって店舗展開ができるという手応えをつかんだ。

コロナ禍にあっても業容を倍にする

その同社の8店舗目「韓国スタンド@(アットマーク)」が昨年11月東京・学芸大学にオープンした。韓国料理を提供する立ち飲みで、既にリピーターに加え遠方からお客がやってくる繁盛店となっている。

SOME GET TOWNが昨年11月東京・学芸大学にオープンした「韓国スタンド@」。韓国料理の立ち飲みで客単価3,300円程度

同店の店長、竹口美穂さん(43)は兵庫・淡路島の出身。大阪でOL勤めをしたのち東京に出てカジュアルレストランでサーバーをしていた。本格的に飲食の道を志すようになり、仕込みから調理も行う介護施設の飲食部門に就職。子供の頃から韓国料理に親しんでいたことから、韓国料理の技術を身に付けようと考えた。介護施設の勤務が早番で午後4時に終わることから、夜の時間に韓国料理店で働こうと、見つけた職場が恵比寿の「韓国食堂入ル坂上ル」であった。しかしながら、コロナ禍に見舞われる。店は休業するようになり、竹口さんは本業の介護施設に専念するようなった。

そしてコロナ禍が落ち着いてきた昨年、竹口さんは山崎代表から「うちの会社で新しい店をやらないか」と声を掛けられた。そして、物件探し、契約業務、業者との交渉、メニューづくりに至るまで山崎代表と行動を共にした。

参鶏湯はSOME GET TOWNの看板メニュー。「韓国スタンド@」でもメインに位置づけられている

山崎代表は「私は人材ありきで出店を考えている。恵比寿も学芸大学の店も任せてみたい人材にお願いした」と語る。ちなみに同社は8店舗展開しているが女性店長は4人存在する。母・朴三淳をリスペクトするマインドが、仕事にひたむきな女性を重用する社風を築き上げているのだろう。

SOME GET TOWNの原点である朴三淳さんはキャラクターとなってさまざまなところで生かされている

そして山崎代表は「人間力重視経営」を標榜している。8店舗中の4店舗はコロナ禍にあった3年間で出店したもの。従業員も社員16人、アルバイト37人となった(2023年2月末現在)。3カ月に1回店長以上がリアルに集まるようにして、チームとなって課題を解決する「ワーク」に取り組んでいる。強い商品力、ビブグルマン獲得の知名度によって人材が集まるようになり、さらに強い組織を築き上げるように心掛けている。

昨年6月から3カ月に1回行われている店長の「ワーク」によって密接なコミュニケーションが図られている

簡単に真似ることができない手づくり餃子

「GYOZAMANIA西荻窪」という店が『ミシュランガイド東京2019』でビブグルマンを獲得した。同店は「餃子居酒屋」だが、餃子の注文を受けたら餃子の皮を店内でのばして餡を包むという店内手づくりが特徴。焼き餃子、水餃子とも皮がふわりとして食感が軽く、肉汁がしっかりと閉じ込められている。このような工程をとらない餃子とは明らかに違う。

マニアプロデュースの「餃子マニア」各店舗では、注文があってから餃子の皮をのばして餡を包んでいる

同店を営むマニアプロデュースの代表、天野裕人氏さん(41)がこのメニューと巡り合ったのは、前職の外食企業(エー・ピーホールディングス)で北京事業を担当していた当時のこと。住んでいたマンションの下で営業していた屋台がこのような餃子の調理方法をしていて、それがとてもおいしかった。2017年に独立するときにこの屋台のことを思い出した。

飲食業のヒット業態は真似られることが多いが、この「注文があってから餃子の皮をのばして餡を包む」という面倒な調理方法は真似られることはないと想定していた。そして、実際に真似るところは現れていない。餃子居酒屋という業態は2010年以降急激に増えていったが、この餃子の提供方法は同じ業態でくくられても一線を画している。

「餃子マニア」の水餃子の一例。皮の食感が軽くて肉汁が詰まっているのが特徴

東京・西荻窪の店は2019年に引き払って同社は拠点を東京・品川に移している。2020年6月に「餃子マニア品川本店」をオープンして30坪72席の店舗は20代30代の女性を中心に連日にぎわっている。客単価は3,100円。焼き鳥や串カツと似たような大衆的な価格であっても餃子の専門性が高いことがこれらの客層から人気となっている秘訣であろう。

「餃子マニア品川本店」の店内。シュールな雰囲気で非日常感を醸し出している

「餃子マニア」のフードのメニュー表。メニューが絞り込まれて選びやすく客単価は3,100円となっている

グループ内の料理人が開発したレシピを共有

さらに最近姉妹店で、サイドメニューを3品に減らし、餃子を13種類ラインアップするという実験をしたところ大いに人気を博した。餃子の餡も「塩もつ」「冬瓜」「ラムセロリ」という具合に特徴のはっきりとした変わりダネをつくった。すると「もう一品食べてみたい」と動機が生まれるようで、餃子の注文数が増えて客単価が上がったという。お客から「餃子以外のメニューはないんですか?」と問われると「当店は餃子専門店ですから」と返答してことが足りる。これがまた好感を持たれた。そこで、ほかの姉妹店でもこの路線を踏襲していくという。店内手づくりの餃子の店は、餃子が売れれば売れるほど利益が増えるということが特徴だ。

このような同店の仕組みがコロナ禍あって大いに発揮された。同社の店舗数は現在23店舗(直営6店舗、FC17店舗)となっているが、2020年6月から2023年1月までの間に19店舗を出店、うち16店舗がFCである。しかもそのほとんどが地方都市の加盟店である。誰にも真似られない手づくり餃子の専門店がコロナ禍にあって救世主となった。

FC店が増えたことで、グループの中での優秀な料理人が増えた。これらの人々に新しいメニューのレシピを開発してもらい、これらをグループ店舗で共有化するようにしている。このレシピ開発の報酬は料理人が所属する会社ではなく彼らに直接振り込まれる。そこで彼らのモチベーションが著しく高まり、次々と強いアイデアが寄せられるようになった。

餃子という商品の特徴は、自社でつくってそれが売れれば売れるほど原価率が下がり利益が高くなるという特徴がある。同社では今年FC店舗を10店舗増やして、来年には餃子のセントラルキッチンをつくり、餃子の卸業に進出していきたいと考えている。

この二店に共通しているのは、強い体質をつくる体制ができていること。そして、コロナ禍にあって業容を拡大していることだ。それには「ビブグルマンを獲得している」という誇りが拠り所となっていることだろう。

image by: 千葉哲幸
協力:株式会社SOME GET TOWN , マニアプロデュース株式会社

千葉哲幸

プロフィール:千葉哲幸(ちば・てつゆき)フードサービスジャーナリスト。『月刊食堂』(柴田書店)、『飲食店経営』(商業界、当時)両方の編集長を務めた後、2014年7月に独立。フードサービス業界記者歴三十数年。フードサービス業界の歴史に詳しい。「フードフォーラム」の屋号を掲げて、取材・執筆・書籍プロデュース、セミナー活動を行う。著書に『外食入門』(日本食糧新聞社発行、2017年)。

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