発生から1週間が経過するも、未だ明らかにならないクレムリンへのドローン攻撃の真相。ロシアによる自作自演説までもが唱えられていますが、果たしてそれは信じるに値するのでしょうか。今回のメルマガ『国際戦略コラム有料版』では日本国際戦略問題研究所長の津田慶治さんが、「露の自作自演説」に無理があるとしてそう判断する根拠を提示。さらに中国が見せたロシアに見限りをつけたかのような行動を紹介しています。
ウ軍が反転攻勢を開始。ドローン攻撃「露の自作自演説」は無理がある理由
ロ軍は、攻撃から全面的に防御の方向になっている。ウ軍はバフムトとアウディーイウカの2拠点の反撃とザポリジャー州やボハレダラ、ヘルソン州など複数地点で攻撃に出ている。
バフムト方面
ウ軍はバフムト市の2km2の地域まで撤退して、ロ軍攻撃で損害を与えたが、ここからウ軍が反転攻勢に出てきた。ワグナー軍とロ軍空挺部隊の損耗が多く、ワグナー軍もロ軍空挺部隊も郊外から市内に移動させて、攻撃を市内に絞り、市内占領した地域の確保する方向である。
郊外南西では、マルコーベ方向にロ正規軍の攻撃があったが、ウ軍が発見して撃退した。ボダニウカにもロ正規軍が攻撃したが、ウ軍に撃退されている。逆にクロモベにウ軍機械化部隊が攻撃して、ロ軍は防戦している。
市内北側では、ロ軍は貯水池を抜けて遊園地まで前進したが、ウ軍に遊園地を奪還されたし、東側のワグナー軍は、バフムト駅を超えて郵便局まで前進していたが、ここで停滞している。ヘッドマンスーパーマーケットを超えていたワグナー軍は、ウ軍の反撃でヘッドマンスーパーまで押し戻された。
市内南側は、ワグナー軍は工業大学からT0504号線を超えていたが、ウ軍の反撃で、工業大学の取り合いになっている。工業大学の南側はウ軍が奪還して、ロ軍はショッピングセンターから第2小学校まで押し戻されている。
マリャル国防次官は、ウ軍が、バフムトのワグナー軍の弾薬庫を破壊したと発表したが、弾薬欠乏を拡大させたようだ。
ワグナー軍は1日で100名前後の犠牲者が出ている。このため、プリゴジンは、ロ軍ジョイグ国防相に弾薬の潤沢な供給を要求している。
「我々はバフムト45Km2のうち、2km2以外を占領した。砲弾なしで、無意味にわが部隊が無力化される訳にはいかない。我々は5月10日、部隊の損耗を癒すためにバフムートから撤退する。我々は正規軍と交替する」という。バフムートから撤退すると、この戦線は崩壊することになる。
このため、チェチェンのカディロフは、もしワグナー軍が撤退するなら、バフムトにチェチェンのアフマート部隊を送るとした。
それに同調して、プリゴジンも5月10日からバフムトのワグナー軍のポジションをカディロフに引き渡すよう求める書簡をショイグに送った。
この状況で、カディロフは、ワグナー軍隊員に対し、ワグナーよりも高待遇を保障するのでカディロフ軍団に移籍し、バフムートでの戦闘を継続せよと呼びかけている。
ウクライナ諜報機関は、「プリゴジンの発言は、5月9日までにバフムートを奪うという約束を果たせないという事実を背景に、彼が行ったものである。したがって、彼は今、誰かを有罪にしようとしている」と分析している。
そして、米カービー戦略広報調整官は、「ロ軍は、去年12月に始めたバフムトの攻撃を失敗した」としたが、全体的には、その状況になっている。
プリゴジンも、ワグナー軍の熟練した兵員が不足してきて、攻撃力がなくなり、大量砲撃して、その後の攻撃で突破するしかできなくなってきたようだ。そのための砲弾が不足してきたので、攻撃できないとし、プーチンとの約束も果たせなかったことになる。
プーチンも5月9日対独戦勝記念日に、バフムト占領という戦果を述べることができなくなった。
一方、プーチンは、ロシア国境に近い方面の防備を固めるよう厳命したことで、ロシア国防省は、ウ軍による反攻に備え、全戦線で防御準備を優先したことで、バフムト攻勢の優先順位を下げた模様である。それを知ったプリゴジンもバフムトを離れ、ウ軍の攻勢地点にワグナー軍を投入するようである。プーチンの了解も得ているのであろうか?
それと、3月以降でロ軍兵の自発投降が増加している。4月は3,200人が降伏して前月比10%増であり、大半が弾薬枯渇で降伏した。ワグナー軍よりロ正規軍兵には、小銃の弾薬も不足している事実がある。
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その他方面
ビロホリフカ工業地帯にロ軍が攻撃し・占拠したが、ウ軍は包囲して砲撃をしている。しかし、ビロホリフカのウ軍陣地は、丘の上であり、ロ軍に工業地帯を攻撃・占拠させたことには問題がある。
アウディーイウカ方面でも、ウ軍は反撃で、オリトネ、ボジャネを突破して、ドネツク空港に攻撃しているとロシアミルブロガーは述べている。この地域のロ軍は手薄になっているようである。しかし、疑問符が付く。
ウ軍は大規模攻勢を報道統制で封鎖しているし、地域住民にもSNSで拡散しないように依頼しているので、分からない。
ロ軍は、セベルネやマリンカに攻撃して来たが、ウ軍は撃退している。しかし、ウ軍はストロニクハイリフカを攻撃・奪還して、マリンカを攻撃するロ軍の側面を攻撃できる位置にいる。これもロシアミルブロガーの情報である。
その他の地域でのロ軍の攻撃は、なくなっている。防御に回っている。
3日、ロ軍はウクライナを攻撃。発射した偵察ドローン1機とシャヘド136/131自爆ドローン26機の内21機をウ軍が撃墜した。それと、ロ軍はドニプロ川の川越しにヘルソン市に550発以上の砲弾を発射した。これで20名近くが亡くなっている。6日、ウ軍はシャヘド136/131自爆無人機8機を撃墜した。
ウ軍の反転攻勢
南部ヘルソンでのドニプロ川東岸での拠点構築のほかに、西部ドネツク州ミキリスク、パラリフカ、シェフチェンコの3ケ所にウ軍は、威力偵察の攻撃を仕掛けている。ボハレダラの近くであり、マリウポリまでの距離が近い。
ザポリージャ州の3ケ所でもウ軍は攻撃しているが、これも威力偵察のようである。対して、ロ軍はオレポポのウ軍に空爆を行った。
このため、ロ軍は、ザポリージャ地域の18の集落からの住民の部分的な避難を発表した。ティモシフカ、スミルノヴォ、タラシフカ、オルリアンスケ、モロチャンスク、クイビシェヴェ、プリシブ、トクマク、マラ ビロゼルカ、ヴァシリフカ、ヴェリカ ビロゼルカなどであり、最前線から50-70km以内の集落である。
ウ軍反撃に対して、ロ軍の航空機による空爆が増加しているが、ウ軍の防空能力に問題があり、ロ軍航空機を迎撃できていないようである。前線の防空能力を高めるために、射程70~100km以上の中距離防空ミサイルシステム多数がウ軍に必要だ。スティンガーでは、ロ軍攻撃機には届かないからだ。
バフムト、アウディーイウカの反撃と合わせて、ウ軍の反転攻勢になっている。しかし、ドンバスよりクリミアの方が奪還が容易だという見方がウクライナでは支配的であり、ドンバスの2都市の奪還を本命にすることはないようだ。しかし、これも意表を突く可能性もあるので、分からない。
どこが本命の攻撃場所かをロ軍に悟られないことが必要であり、複数個所で、ウ軍は攻撃を開始したようだ。何処が本命かは、レオパルト2戦車隊が、何処に向かうかであるが、まだ分からないようだ。
そして、レオパルト1戦車80両がデンマークとドイツから、6月1日までにウクライナに到着する予定であり、戦果を広げるのは、6月に入ってからのようだ。5月中に攻勢を開始して、夏の間、攻勢を続行して、奪還面積を増やすようである。
このため、クリミアからロシア人が逃げ出したが、今度はザポリージャ州からもロシア人が逃げ始めたようである。
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それと、ウ軍は、後方の石油タンクや兵站を狙った無人機やパルチザンでの攻撃を活発化させている。
4月29日、クリミア半島のセバストポリのコザチャ湾にある燃料貯蔵施設でドローン攻撃より火災が発生。このため、ロ軍は、ウ軍の攻撃を避けるため、黒海艦隊の艦艇のほとんどをクリミアのセバストポリから、ノボシビルスクに移動した。
1日、ウクライナと接するブリャンスク州で石油製品などを運んでいた貨物列車が脱線炎上した。ロ軍は、ロシア連邦の広大で脆弱な鉄道網を攻撃から完全に守ることができない。特にロシア国内のパルチザンは厄介だ。
2日、パルチザンがザポリージャ州内務省副局長の自宅を爆弾攻撃。副局長は重傷を負ったという。
3日には、クリミア大橋に近いクラスノダール地方ヴォルナの燃料タンクが炎上した。
4日、ブリャンスク地方の飛行場へのドローン攻撃で、ロ軍の大型輸送機アントノフ124が1機完全に破壊され、別の航空機が胴体に破片を受けた。ロストフのノヴォシャフチンスキー製油所に別のドローンが墜落した。スタブロポリの潤滑油の倉庫と石油貯蔵施設で爆発炎上したが、パルチザンのようである。
5日、ロシアのクラスノダール西部イリスキーの石油精製施設で無人機攻撃による火災が起きたが、同じ石油精製施設には4日も無人機3機による攻撃があり、爆発と火災が起きていた。
6日、クリミアのジャンコイ地区のどこかで爆発が発生。ロシアのスヴェルドロフスク地方のペルボメイスキー村の森林火災がロ軍弾薬庫に到達。
この他でも、5日には、クルスク州やマリウポリでも爆発炎上が起きているが、詳細は不明である。もう、この手の爆発炎上は数が多いので、情報を追うことも難しい状況である。
このため、クリミア橋がテロの可能性があるため、閉鎖されているようだ。
ロ軍は、防空兵器のほとんどを前線に配備したことで、後方の防空能力が不足していることがわかる。
しかし、米軍のミリー統合参謀本部議長は「ウクライナは反攻準備が出来ている」としたが、同時に「この戦いをNATOとロシアの衝突に拡大させることだけは絶対に避けるべきで、ロシアと中国が接近しないよう手を尽くす」と述べた。また、当初から言われている通り「交渉立場を強化する範囲の軍事的勝利」を収めて話し合いによる戦争終結を目指しているのだろうとした。ウ軍の兵器・装備ではロ軍を敗北させられないということである。
それと、「西側諸国の軍事支援は無限ではない」という事実と、ゼレンスキー大統領が3月に「まだ戦争は終わっていない」と訴えなければならないほど、国民間で温度差が広がっており、今年の戦いで軍事的勝利をどこまで積み上げられるかが「来年の支援」と「国民の支持」に直結するだろうとした。
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ロシアの状況
クレムリンの時計塔(スパスカヤ塔)に対して、ドローン2機の攻撃があったが、1機目は3日午前2時27分ごろ、クレムリン内にあるロシア大統領府の建物のちょうど真上で無力化された。
1機目の残骸はドーム状の屋根に落ち、燃え広がったようだ。2機目はその16分後の午前2時43分ごろ、同様に大統領府の丸いドーム上の屋根部分で爆発した。
しかし、クレムリン周辺はドローンの攻撃を避けるためにGPSの誤情報を送信する「スプーフィング」が行われているが、2機のドローンは、GPSを使わないで飛んできたことになる。近くから飛ばさないとクレムリンに正確に行かない。
このため、ドローン攻撃について、米国のドローン専門家はドローンは、国外から飛来したのではなく、ロシア国内で発射された公算が大きいとした。
ということは、国内の反政府勢力か自作自演の2つが考えられることになる。
このクレムリンへの攻撃で5月9日の軍事パレードが中止になれば、自作自演という線が濃厚になるが、それもないようだ。すでに、ロシア当局は、21都市で祝賀パレードの中止を表明している。
しかし、5月9日の軍事パレードのリハーサル映像では、例年の3分の1から4分の1の規模で、T34戦車だけは用意しているともいう。しかし、中止ではないようだ。自作自演という線は無理がありそうだ。
ロ大統領府は、クレムリンへのドローン攻撃をウクライナによる「テロ」と一方的に主張し、報復措置を講じると警告。ロ国内で強硬論が勢いづく中、メドベージェフは、報復として、ウクライナのゼレンスキー大統領の「物理的な排除」を要求し、ペスコフ広報官は「米国が攻撃の背後にいる」と主張した。そして、ロ下院議長は、ウクライナ政権中枢に向けた戦術核の使用を促す極論をSNSで提案したが、プーチンの判断が焦点となる。
ペスコフ広報官の言葉に対して、カービー戦略広報調整官は、クレムリンへのドローン攻撃について、米国はいかなる形でも関与していないと反論した。
元ロシア国会議員のイリヤ・ポノマリョフ氏は、クレムリンへのドローン攻撃について、ロシア国内で抵抗運動を行うパルチザンが実行したとの見方を示した。
この報復として、4日にロシアが迎撃不可能とした極超音速のkh-47M2キンジャール・ミサイルをキーウに向けて発射したが、キーウの手前でパトリオット防空ミサイルで迎撃された。メドベージェフがいうゼレンスキー大統領の物理的排除はできないようである。
この早期警戒システムはイスラエルからの供与品であり、それに連動したパトリオット・ミサイルで撃ち落したことになる。
ウ軍は、トクマクやメリトポリなどの後方拠点を一貫して攻撃し続けているが、ロ軍は、電子ジャマーを使ってHIMARSシステムのGPS照準機構を無効化し、ミサイルが目標を外れるようにしたようである。
この対応として、ウ軍は航空攻撃で、電子線装置の破壊を優先している。米国もウ軍の敵信号妨害探知を支援して、衛星からの情報で、位置を割り出してウ軍航空部隊に情報を渡している。
もう1つの対応策として、ウ軍は、ドローンで後方の燃料タンクを狙い始めた。
ロシアとしては、ウ軍がいずれ攻勢限界に達した後で、反撃に転じる意図を示唆したいようである。
しかし、米ヘインズ国家情報長官は、「ロ軍は深刻な弾薬不足に直面し、人員的にも大きな制約が生じている。ウ軍の反撃が完全に成功しないとしてもロシア側が今年、大規模な攻撃作戦を展開することはできないでしょう」という。ロシアの兵站崩壊で、戦争の状況は転換した可能性があるようだ。
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中国の動き
中国国家統計局が4月30日に発表した4月の製造業PMIも49.2と3月の51.9から予想以上に低下していた。欧米への輸出が徐々に難しくなっているし、先端半導体の輸入もできずに、先端品の製造もできないことになっている。
このため、中国の習近平国家主席が委員長を務める「中央金融経済委員会」が5日開催され、米国との関係が緊張している中で「戦略的主導権」を握るための国際競争で時代に合った産業構造を構築し、技術的なブレークスルーを達成することを目指すとの方針を示した。
対して、米議会上院の与党民主党は3日、覇権争いが激化する中国に対抗するための包括的な法案を発表した。輸出管理や制裁強化による先端技術の流出防止や、重要な技術分野への対中投資抑制、中国の巨大経済圏構想「一帯一路」に代わる米主導のインフラ事業への資金提供などを盛り込んだ。
米中対決が一段と進行して、中国は、スパイ行為と見なされる活動リストを拡大した「反スパイ法」改正案が可決した。米国との戦略的な闘いの中で、習近平国家主席は国家安全保障上の懸念を最優先した。
しかし、中国外務省は4日、NATOが日本に事務所を開設するとの報道を受け、NATOの「東方拡大」に「高度の警戒」が必要との見解を示した。欧州との関係を正常化して、輸出市場を確保したいが、そうもできないようである。
輪をかけて、イタリア政府高官は来年初めに期限を迎える中国との「一帯一路」構想を巡る協定について、更新する可能性は非常に低いとの認識を示した。欧州の中国の要であるイタリアの反中行動に危機感があるようである。
この状況で、中印を含む主要国連加盟国は4月26日、「ロシアがウクライナ戦争の侵略者である」と認定する決議を採択した。中国がロシアを侵略者と認めた最初の決議になる。中国がロシアを見限る可能性が出てきた。
中国の経済には欧州が絶対に必要であり、その欧州への輸出ができなくなることを中国も警戒している。
しかし、カナダのジョリー外相は4日、在カナダ中国大使館の外交官が野党保守党議員の香港に住む親族への脅迫を企てたとして、この外交官の追放を検討していると明らかにした。中国への圧力を増していることになる。
米国防総省は3日、米国とフィリピンが中国の脅威に対処するため軍事情報の即時共有を目指すとした。中国とフィリピンなどが領有権を争う南シナ海での有事を念頭に両国軍がそれぞれ担う役割や任務を明確にして即応力を高める。
このような状況で、主要企業の7割超が、民主主義と権威主義に経済圏が分断される「ブロック化」を懸念しているようである。利益の多くを中国市場で稼いでいる企業が多く、その利益がなくなることを心配している。
さあどうなりますか?
(『国際戦略コラム有料版』2023年5月8日号より一部抜粋、続きはご登録の上お楽しみください。初月無料です)
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