20日、ロシア国防相がウクライナ東部ドネツク州の激戦地・バフムトを制圧したと発表しました。そして25日、ロシア最強部隊「ワグネル」が、同地から撤退を開始しています。一連の流れに違和感を覚えるのが、無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』の著者で国際関係ジャーナリストの北野幸伯さんです。今回の不可解な「完全制圧宣言」と「撤退宣言」について、独自の視点で解説しています。
ワグネルのバフムト撤退は何を意味するのか?
今年1月、プーチンは、ロシア軍のトップ・ゲラシモフ参謀総長を、ウクライナ特別軍事作戦の総司令官に任命しました。
プーチンはゲラシモフに、「3月中にルガンスク州、ドネツク州を完全制圧しろ!」と命じます。
2月、ロシア軍の大攻勢がはじまりました。主戦場になったのは、ドネツク州のバフムトです。
地図を確認してみましょう。
● 東部バフムト「中心部維持」(埼玉新聞)
https://search.yahoo.co.jp/image/search?p=%E3%83%90%E3%83%95%E3%83%A0%E3%83%88%E5%9C%B0%E5%9B%B3&fr=top_ga1_sa&ei=UTF-8#cc7e3b619a020036e077263fa1177444
そして、ロシア軍は当初、優勢に戦いを進めていました。
3月初め、NATOのストルテンベルグ事務総長は、「まもなくバフムトは陥落する可能性がある」と語っていた。しかし、ウクライナ軍は、踏みとどまりました。
ロシア軍は3月末時点で、バフムトの大部分を支配していましたが、完全制圧には至りませんでした。ゲラシモフは、プーチンの命令を完遂できなかったのです。
そして、3月末、欧州から続々とウクライナに戦車が届くようになってきました。ゼレンスキーは4月30日、「重要な戦闘がまもなくはじまる」と宣言します。世界は、「近い将来、ウクライナ軍の反転攻勢がはじまる」ことを知ったのです。
不可解な「完全制圧宣言」と「撤退宣言」
さて、バフムトの最前線で戦っていたのは、民間軍事会社「ワグネル」です。その創設者プリゴジンが5月20日、「バフムトを完全制圧した!」と宣言しました。
そして、プーチンは、ワグネルとロシア軍に祝意を示したそうです。時事5月21日。
<ロシア国防省は20日深夜、ウクライナ東部ドネツク州の激戦地バフムトを制圧したと発表した。タス通信によると、ロシアのプーチン大統領は「(作戦に当たったロシアの民間軍事会社)ワグネル突撃部隊と共に、必要な支援を行ったロシア軍に対し、解放作戦の完了に祝意を表明した」という。>
そして、5月25日、ワグネルはバフムトからの撤退を開始しました。プリゴジンは「6月1日までにバフムトをロシア軍に引き渡す」としています。
この流れ、今までの動きを追っていた人たちには奇妙に感じるでしょう。
「バフムト完全制圧宣言」の15日前(5月5日)、プリゴジンは「弾薬不足」に激怒していました。鬼の形相で、「ショイグ(国防相)!ゲラシモフ(参謀総長)!弾薬はどこだ!?!?!?」と叫んでる映像が全世界に流れた。以下の動画50秒ぐらいからごらんください。
● 「弾薬はどこだ」ワグネル創設者が激怒 ロシアが必要な武器供給を「一晩で約束」(2023年5月8日)
https://www.youtube.com/watch?v=NPb-Z3dPk80&t=85s
そして、怒りがおさまらないプリゴジンは、ついにプーチン自身を批判しはじめました。彼は5月9日、プーチンのことを「クソ馬鹿野郎!」と呼んだのです。
以下の動画2分27秒ぐらいからごらんください。
● 「おじいさんがクソ馬鹿」ワグネルトップ ロシア軍を痛罵「戦争にどうやって勝てば」(2023年5月12日)
https://www.youtube.com/watch?v=fDiAq_mzGcg
この動画では、「ロシア軍の指導部をおじいさんと呼んだ」と解釈しています。しかし、これは間違いで、プリゴジンはまさにプーチンのことを「クソ馬鹿野郎」と呼んだのです。
バフムトから撤退したら国家反逆罪になる
もう一度時系列で見ます。
・5月5日、弾薬不足のプリコジンは、鬼の形相で、「ショイグ!ゲラシモフ!弾薬はどこだ???!?!?!?!」と叫んでいた
・5月9日、プーチンについて、「おじいさんはクソ馬鹿野郎」と罵倒
しかし…………。
・5月20日、プリゴジン、「バフムト完全制圧宣言」。プーチンも祝意
・5月25日、ワグネル、バフムトからの撤退開始
・6月1日、ワグネル、バフムトをロシア軍に引き渡す
5月9日時点でワグネルは弾薬不足で劣勢。プリゴジンは激怒していた。ところが5月20日には勝利宣言しています。動きをずっと追っていれば、「変だな」と思うでしょう。一体何が起こったのでしょうか?
もう少し細かく見ることで、真相がわかりそうです。
5月5日、「弾薬はどこだ!?!?!?!」と叫んだプリコジン。この時、彼は「弾薬が供給されなければ、撤退する!」と宣言したのです。5月7日、プリゴジンは、「必要な武器弾薬を約束された」と語り、戦闘継続を示唆。5月9日、彼は「届いた弾薬は要求量の10%だった。俺たちはだまされた!」と、また激怒。この時プリゴジンは、こんなこともいっています。
「陣地を離れたら、国家反逆罪になると明確に書かれていた」
つまり、「バフムトから撤退したら国家反逆罪になる」とロシア軍に脅されたと。
ここまでの流れを見てわかることは何でしょうか?
・ロシア軍は、ワグネルに武器弾薬を供給できない(@武器弾薬が不足しているのは、ワグネルだけでなく、ロシア軍全体)
・武器弾薬が足りないので、プリゴジンはバフムトから撤退したい
・しかし、撤退すると「国家反逆罪」になってしまう
・そこで、プリゴジンは20日、「バフムト完全制圧宣言」を出した同日、プーチンが祝意を伝える
・(手ごわいワグネルに撤退してほしい?)ゼレンスキーは21日、「バフムト陥落」を認める
共同5月21日。
<ウクライナのゼレンスキー大統領は21日、ロシア側が完全制圧を発表したウクライナ東部の激戦地バフムトが「管轄下にない」とし、事実上陥落したことを認めた。広島市でのバイデン米大統領との会談前に記者団に語った。>
※ ちなみに、ロシア軍がバフムトを「ほとんど制圧している」のは事実です
ワグネルは、正規軍ではなく「民間軍事会社」。プリゴジンは、プーチンに戦果を約束して、戦地に向かった。「約束」とは、「バフムトを陥落させること」です。プリゴジンは、「完全制圧宣言」したことで、「プーチンとの約束を完遂した」ことにできる。そして、「ミッションを完遂した」ということで、堂々と撤退を始めたのです。
その意味するところは、何でしょうか?
プリゴジンのワグネルは、(このまま何もなければ)撤退する。しかし、ウクライナ戦争は、終わっていません。ウクライナ軍の反転攻勢がはじまっている。ウクライナ軍ともっとも勇猛に戦ったワグネルは去り、ロシア軍は、ワグネルなしでウクライナ軍と対峙することになります。これは、ロシア軍にとって大きな痛手でしょう。
プリゴジンはどこへ?
バフムトを離れたプリゴジンは、どこに行くのでしょうか?
彼は、プーチン、ショイグ、ゲラシモフを非難しているので、国内に留まるのは危険でしょう。生き残ったメンバーたちとアフリカあたりに避難するのではないでしょうか。ワグネルは、アフリカの独裁者たちを守っているので、歓迎されることでしょう。
複数の情報筋によると、プリゴジンは、「プーチン時代の終わりが近いこと」を見通しているそうです。近い将来始まる、「プーチン後の権力闘争」に向けて、ワグネルを温存する。
彼は1980年代のほとんどを刑務所で過ごしました。強盗、窃盗などの容疑です。90年代、ホットドック販売からはじめ、スーパーマーケット、カジノ、レストランなどのビジネスを成功させて富を得た。2014年にワグネルを創設し、ロシア最強部隊に育てました。極めて野心家で、大統領の座を狙っているとか、次期大統領の黒幕になることを狙っているといわれています。
しかし、戦場を離れ、独自の武力を持つプリゴジンは、プーチンの脅威でしょう。彼は、自分のことを「クソ馬鹿野郎」とよぶプリゴジンをどうするのでしょうか?プリゴジンとプーチンの今後の関係を注視していきましょう。
(無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』2023年5月28日号より一部抜粋)
image by: Sasa Dzambic Photography/Shutterstock.com
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