ロシア軍に対する本格的な反転攻勢を開始したウクライナ。その戦況についてはさまざまな情報が乱れ飛んでいるのが現状ですが、戦争の長期化が避けられないのは確実のようです。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、ウクライナから漏れ伝わってきた「3年かけて領土を奪還する」という戦略のタイムラインを紹介。さらに国際社会の耳目がウクライナ戦争に集まっている裏で、着実に進行している懸念すべき状況を解説するとともに、日本に「身近な危機」が忍び寄りつつある可能性を指摘しています。
日本に忍び寄る身近な危機。長期化必至のウクライナ戦争の裏で進んでいること
「ドイツのレオパルト2戦車を破壊した」
「アメリカのブラッドリー歩兵戦闘車を破壊した」
「ロシアに占拠された東南部の集落を奪還した」
ウクライナによる反転攻勢が本格化してきたことを受け、ロシア・ウクライナともに、ぞれぞれの戦果を誇示し、それぞれの側が優勢であることをアピールしています。
実際の戦況は分かりませんが、確かにウクライナがいくつかの前線では善戦しているようです。とはいえ、ロシア軍側もウクライナ攻撃の手を休めることなく、新たにチェチェン共和国の義勇軍をロシア軍に編入すべく契約を締結し、その戦力の立て直しを図っているとされます。
またレオパルト2戦車やブラッドリー歩兵戦闘車をピンポイント誘導弾で破壊できるキャパシティーがまだ残っていることも証明されているのは、この戦争が長引き、さらなる犠牲が生じることを意味しています。
ウクライナから漏れてきた戦略のタイムラインは、どうもこれから3年間かけて領土を奪還するというものであるようで、ウクライナ側も戦闘の長期化をすでに覚悟して行動し始めています。
それはロシア側も同じことだと思われますが、「長期化し、消耗戦になれば、ロシアが有利」と言われているため、これからロシア軍の戦略はより消耗戦対応になるのかもしれません。核兵器使用には、現時点では至らないものとみていますが、今後、NATOのコミットメントがロシア領内に明らかに及ぶと判断された場合、言い換えると欧州軍の陸上部隊がロシア領内に進軍してくる事態になれば、この戦争の拡大の歯止めが一気に外れ、偶発的な事態をきっかけに核の応酬になりかねないとの懸念は消し去ることができません。
そして長期戦になる場合、問題は【ウクライナの戦力と反転攻勢を背後から支えているNATO加盟国が対ウクライナ支援(軍事支援含む)をどこまで継続できるか】という点と【対ウクライナ支援のレベル(供与する装備・武器のレベル)をどこまで引き上げるか・またはどこにシーリングを設定するか】でしょう。
これについては、各国の国内世論が絡むことと、対ウクライナ支援筆頭のアメリカが来年には大統領選挙と議会選挙を控えているため、どこまで大盤振る舞いな支援を継続できるかは不透明ですし、仮に選挙の結果、共和党が再度優勢になり、共和党の政権(大統領)が誕生した際には、方針が覆される可能性も否定できません。
つまり、現時点ではアメリカの継続的な支援は予見不可能と言えます。
そのような中、欧州各国やその仲間たちがその穴を埋めることが出来るかどうかは、さらに未知数でしょう。
あまりロシアのプーチン大統領を刺激しすぎず、一刻も早く停戦の可能性を探りたいドイツとフランス、そしてイタリアの方針と、ロシアととことん対峙し、ロシアの弱体化を進めたい英国、ポーランド、バルト三国などの姿勢が一致せず、欧州各国がEUという枠組みを通じて(注:英国はすでに離脱しているが)共通外交安全保障政策の枠組みで迅速に対応することは限りなく非現実的ではないかと判断します。
この記事の著者・島田久仁彦さんのメルマガ
「大ロシア帝国復興」というプーチンの目論見
下手をすると2024年に入ったら、ウクライナの背後には頼りになる“壁”は存在しないかもしれません。特にウクライナがこのまま領土を奪還できないまま戦闘が膠着するような事態になると、それはまさにウクライナにとっては悪夢のシナリオが待っていることを意味します。
欧米諸国からの軍事支援が途切れ、ロシアによる侵攻に対抗する術を失うと、ウクライナ国内では【ロシアとの戦争を継続すべきと主張する勢力】と、【ロシアとの即時停戦を訴える勢力】とがぶつかり合い、政治的な混乱と対立が深まることになります。
そしてその混乱の波は、ウクライナ周辺国、特にロシアからすると裏切り者と呼びたい国々(バルト三国やポーランドなど)に波及し、各国の国内政情不安が勃発します。
実はそれこそがプーチン大統領とロシア政府が目論んでいる目的だと思われます。
そのような不透明な見通しと恐怖があるがゆえに、ウクライナも戦果を強調して(誇張して)支援を繋ぎとめる願いが透けて見えますし、バルト三国などは独仏伊および米英に対して、ウクライナへの支援を止めないように訴えかける外交を行っています。
ロシアがこれまでになく航空戦力を拡大し、ウクライナ地上軍と物理的な距離を保ちながら攻撃を激化させている背景には、ロシアの軍事戦略の転換とウクライナを生殺しにでもしようかと考えている戦術が見えてきます。
今週たまたま話すことがあったロシア専門家の分析によると、ロシアの戦略上の目的は、軍事的な勝利というよりは、ウクライナを筆頭にロシアに楯突く元ソビエト連邦の共和国政府の反ロシア勢力への制裁であり、政治的な分断と親ロシア政権の樹立、そしてプーチン大統領とロシア政府が目指す“大ロシア帝国復興”だとのことですが、それが実現するか否かは、“国際社会”がどれだけ本気でウクライナという壁を死守することにコミットし続けるかにかかっていると思われます。
この戦争、本当に長引きそうですね…。
止まらない中国・北朝鮮の核戦力増強
ところで国際社会の目がロシア・ウクライナ戦争の一進一退の状況に向けられている間に、世界の他の部分ではいろいろなことが進んでいます。
一つ目は【中国・北朝鮮の核戦力の軍拡】です。
最近スウェーデンのSIPRI(ストックホルム国際平和研究所)が発表した分析によると、中国の核弾頭数は昨年に比して60発以上増加しており(総数は410発)、ICBMやSLBMの性能と搭載能力向上と合わせると、単純に数値換算できないほどの著しい軍拡が進んでいるとのことです。これは中国がかねてより主張している“国家安全保障上の必要数”を大幅に上回る量と思われますが、中国当局は特段コメントしていません。
そして北朝鮮に至っては、少なくとも5発増加し(合計30発)、それに加えて50から70発分の核分裂性物質を保有しているという分析がなされています。
ウクライナ紛争を機に、一気に2分化されている国際社会と安全保障環境の隙間を狙い、両国が核戦力を一気に高めているということを意味しますが、問題は「誰が(どの国が)この急速な核戦力の拡大をサポートしているか」「核不拡散を監視するはずのNPTはもう作用していないのか?作用していないなら、代替のシステムはないのか?」といった内容になります。
特に国際社会の目が欧州・ユーラシア大陸に向いている間に、ただでさえ緊張が高まっている北東アジア地域の核戦力の拡大が急速に進んでいることは、新たなnuclear arsenal(核戦争)の危機が、日本にとって非常に身近な地域で高まっていることを意味します。
G7広島サミットでは「核なき世界」に向けた決意が再確認されましたが、SIPRIが発表した分析結果は、世界の安全保障、特に核兵器の危機の増加という観点では、どなたかの表現を借りると、「G7ごときでは十分な影響力を与えられない」ほど、G7の影響力は地に落ち、新しい力の原理が、また核兵器により形作られようとしていることが言えます。
先述の通り、ロシアとウクライナの戦争が長期化・膠着化の様相を呈する中、北東アジア地域における核戦力のバランスの大きな変化がさらに進められることが非常に懸念されます。
この記事の著者・島田久仁彦さんのメルマガ
中東やアフリカで増す中国の存在感
2つ目は【中東・アフリカ地域の再編が中ロを軸に進められていること】です。
サウジアラビア王国とイランの関係修復や、スーダン内戦の仲裁、Horn of Africaの不安定要素の除去へのコミットメントなど、今年に入ってからの中国による仲介が非常に目立ち、中東各国もアフリカ諸国(主に東アフリカと北アフリカ諸国)における中国のプレゼンスが非常に高まっています。
25年単位の戦略的パートナシップ締結を各国と行いつつ、外交的なサポートを各国から得るというスタイルは、欧米型民主主義の押し付けに反感を抱く国々には都合がよいようで、緩やかな協力というコンセプトの下、中国とロシアが主導する国家資本主義陣営の勢力圏が広がっています。
そして今週に入って明らかになってきた驚きのニュースが、中国によるイスラエル・パレスチナ問題へのコミットメントです。
これまで中国政府は意図的にイスラエル・パレスチナ問題に関与することを避けてきましたが、アッバス議長の訪中を受け、習近平国家主席自らが仲裁に乗り出す旨、公言しました。
この際「将来的に2つの独立国家が併存する形式での和平をサポートする」と習近平国家主席が述べたことは、中国政府のアラブ諸国への気遣いと受け取ることが出来ます。
イスラエル政府と中国政府の関係は決して悪くはないようですが、イスラエルにあからさまに肩入れしてきた米国政府の方針に真っ向から対立する意向を鮮明にすることで、中国の中東地域・地中海地域における立ち位置を明らかにしたと思われます。
同時に決してイスラエルの存在を否定することはしない点では、アラブ諸国の立場とは一線を画し、域外の超大国(でも中国はアラブ諸国を西アジアと位置付けて、アジアの仲間と定義している)としてtoo muchなコミットメントは避けるという意図も見え隠れします。
イスラエルともアラブ諸国とも経済的な結びつきを強めつつ、国際的にこれまで解決不可能とされてきた諸問題に中国が関与し、不可能を可能にしていくことで、じわじわと外交的な影響力も伸長させようとしている意図が見えてきます。
グローバルサウスの取り込みに失敗したG7
そしてこの姿勢は3つ目の動きである【グローバルサウスとの同調】のための動きにもつながってきます。
インド、インドネシア、南アフリカ、ブラジルなどに代表されるグローバルサウスの国々は、欧米型の支配形式からも、伸長する中国の脅威と影響力からも距離を置き、それぞれの利害に基づいて2大勢力圏との間でバランスを取るという方針を取ってきました。
ただ、勢力の維持または拡大を狙うG7は、広島サミットの一つの重要議題として「グローバルサウスとの協働」を掲げて、インド、インドネシア、ブラジルなどを招待して取り込みを画策しましたが、各国の反応を見ると、その試みは失敗に終わったようです。
もちろん、G7諸国とのつながりは、それぞれの国の利害に絡むことですので、真っ向から反対することはしないでしょうが、取り込まれることもなかったようです。
中国については、当初、グローバルサウスの国々、特にインドからの強い警戒心の対象となってきましたが、先に挙げた国際的な紛争へのコミットメントと仲介の姿を通じて、次第に警戒度を下げ、中国との協働を模索する方針に変わってきています。
あからさまに中国とロシアの側につくことはないでしょうが、拡大する経済的な結びつきからの利益や、欧米からの押し付けへの対抗策として、グローバルサウスの国々と中国との距離感は狭まってきているように見えています。
実際に台湾情勢については、中国と台湾による武力衝突が起こらないという大前提があるものの、グローバルサウスの国々は「域外の国があれこれ口出しをするべきではない(インド)」や「各国の事情や利害などを尊重すべき(インドネシア)」といった、半ば中国寄りともとれる発言が目立つようになってきています(あまり報じられていませんが)。
この記事の著者・島田久仁彦さんのメルマガ
「中国有事」で台湾・韓国とともに最前線に立たされる日本
このような日米欧が重視するインド太平洋地域においても、次第にパワーバランスおよび感情のバランスが変化してきていることに注意しなくてはならないでしょう。
今週、参加を依頼されたある会合で中国やインド、インドネシアの方たちに「日本はアジアに位置するが、心はどこにあるのか。それをはっきりとするときがもう来ている」と指摘されました。
これまでの外交方針では「日米同盟を基軸に」を柱に行動していますが、このところ、特にG7べったりの姿勢が鮮明になってきており、それがアジア諸国の懸念を生んでいることに気づいているでしょうか?
防衛装備品の輸出にかかる法律も改正され、NATOとの急速な接近も鮮明になる中、刻一刻と変わる国際情勢のパワーバランス、特に日本が位置する北東アジアとインド太平洋地域における中国の影響力の拡大に際し、立ち位置を明確にするか、それとも、あえてどっちつかずの姿勢を取るか。
早急に立ち位置を決める必要が出てきているように感じています。
ロシアとウクライナの戦争はしばらく続き、残念ながら国際社会も国際経済もその膠着化に引きずられることになります。その間に広域アジアと日本がまだ影響力を持つアフリカなどで刻一刻と勢力図が変わっていくことになります。
個人的には中国による台湾侵攻はないと見ていますが、仮に“中国有事”が勃発した際、今回のウクライナ戦争を見ても明らかなように、唯一の同盟国アメリカが戦ってくれるかは分かりません。
もしかしたら、今回のように、武器弾薬を供給し、戦争と紛争から利潤を拡大する戦争ビジネスのターゲットになるだけで、実際の有事への対応、特に最前線での対応は日本や台湾、韓国をはじめとする最前線の国々に委ねられてしまうような事態に陥るかもしれません。
アメリカの来ないアジアでの戦争が勃発してしまった場合、恐らく日本や韓国、台湾は最前線に置かれ、場合によっては中国と“ウクライナ戦争を生き残った”ロシアによる草刈り場になってしまう恐れもあります。
私の思い過ごしであってほしいと願いますが、私たちの目がロシアとウクライナの戦争に向いている“その”間に、身近な危機がじわりじわりと近寄ってきているかもしれません。
以上、国際情勢の裏側でした。
この記事の著者・島田久仁彦さんのメルマガ
image by: Salma Bashir Motiwala / Shutterstock.com