台風5号の影響で集中豪雨に襲われた中国の首都・北京では、7月29日からの約3日で400ミリから700ミリという降水量を記録。北京の街が冠水する映像もありましたが、それほど大きな被害が出なかった理由は、まさかの洪水対策にあったようです。今回のメルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』では、多くの中国関連書を執筆している拓殖大学の富坂教授が、現地に住む友人の「北京の水を河北省に流した」という証言を紹介。120万人以上が避難しなければならないほどの水が河北省に流れ込んだのは、首都を守るために計画されていたことだと、驚きの事実を伝えています。
首都の大水没という可能性が垣間見えた台風5号の豪雨被害
6月を過ぎた中国では豪雨や洪水のニュースがにわかに増える。政府の頭痛の種だ。香港で民主化デモが激化した2019年にも、李克強総理が関心を示したていたのは、むしろ各地で起きている洪水対策だった。
中国で「出水期」と呼ばれる危険な季節は年々厳しさを増してきている。2022年には〈中国全土の降水量は例年より約3割も多く、増水は例年だけでなく昨年と比べても厳しい状態になりつつある〉と『人民日報』が報じている。
そして洪水の後に中国全土に襲い掛かるのは干ばつである。国内のメディアは大雨から一転して水不足のニュースに振り回される。これも恒例の展開だ。
だから洪水と聞いても驚きはなくなっていた。しかし今年は少し事情が違っていた。首都、北京に被害が及んだからだ。雨が少なく乾燥している。それが一般的な北京のイメージだ。故に大雨の想定はあまりなく、洪水対策は遅れているのではないか、と思われがちだ。だが、そうした思い込みはいろいろな意味で裏切られた。
対策が万全だったという意味ではない。まずは北京を襲った大雨から見てゆこう。党中央機関紙『人民日報』は、北京市水害・干ばつ対策指揮部の劉斌副指揮官の説明として、7月31日、北京市の平均降水量が「2012年7月21日に北京で降った集中豪雨と同じ水準に達した」と報じている。なかでも被害が深刻だったのは房山区と門頭溝区。平均降水量はいずれも400ミリを超え、12年時を大きく上回った。
今回の集中豪雨の原因は中国に上陸した台風5号(トクスリ)だ。北京では7月29日から激しい雨となり、市内の西部、南西部、南部で集中豪雨となった。水はけの悪い地区では道路が冠水する映像も届けられた。記録的な大雨の犠牲者は8月1日の時点で死者20人、行方不明19人と発表された。
これは大変なことになったと、筆者は7月31日から現地と連絡を取り合った。しかし意外なことに北京で暮らしている友人たちはみな落ち着いている。その理由はこうだ。「首都を守るために河北省へと水を流した。だから北京の洪水被害は、それほど酷い状況じゃない」。
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北京に溜まるはずの水は河北省に流したから大丈夫だ、というのだ。こんな話を聞かされれば反射的に浮かんでくるのは、犠牲となった河北省の人々の怒りだ。彼らは黙ってはいないだろう。しかし友人らは、「いや、そんなことはない。首都が水没した場合のダメージを考えれば仕方ないと納得しているはずだ」というのだ。
被災した河北の人が本当にそれほど物分かりの良い人々なのかは、水害が落ち着いてみないと判じられない。しかし興味深いのは、地元のメディアも一斉に、首都を洪水から守るため河北省に水を流したというからくりを誇らしく報じ始めたことだ。例えば上海の衛星テレビ、東方衛視のニュース番組『東方新聞』(8月2日)だ。
同番組のキャスターは、「北京市や天津市の洪水を緩和するため、河北省の7カ所(永定河泛区、小清河、蘭溝窪、献県、寧晋泊、大陸沢)に水を流しました。河北省では123万人を避難させましたが、誘水池となるタク州市には大量の水が流れ込む予定です」と説明した。誘水区(地)とは日本では聞き慣れない言葉だが、要するに洪水を一時的に停滞させるための低地や湖を指す。
番組内でコメントした河北省水利庁の李娜副庁長は、「誘水地を使ったわれわれの洪水対策は、やはり効果があったと思います。もし小清河分洪区と蘭溝窪分洪区という誘水地がタク州市になければ、その下流にある雄安新区や天津市は大きな被害が避けられなかったはずです」と説明した。
つまり集中豪雨などを警戒し、首都を救うために河北省に水を流すことはあらかじめ想定されていたのである──
(『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』2023年8月6日号より一部抜粋、続きはご登録の上お楽しみください。初月無料です)
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