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リクルートの「スタサプ」に学ぶ、予測が通用しない市場でのマーケティング展開法

受験対策のみならず、今や老若男女のあらゆる学びのサポート役として知られるに至った、リクルートが運営する「スタディサプリ(スタサプ)」。同サービスはなぜ、ここまでの成功を収めることができたのでしょうか。その秘訣を探るのは、神戸大学大学院教授で日本マーケティング学会理事の栗木契さん。栗木さんは今回、イノベーションに挑む企業を待ち受ける「3つの不確実性」を、いかにしてスタサプが事業成長の機会に転換したかを詳細に解説しています。

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プロフィール栗木契くりきけい
神戸大学大学院経営学研究科教授。1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。

リクルート「スタディサプリ」に学ぶマーケティングの不確実性への対処法

イノベーションに挑む企業が、市場で直面する不確実性

企業がイノベーションに挑もうとすれば、市場において不確実性に直面することが避けがたい。ここでいう不確実性とは、行動の主体が自らの行動の先に何が起こるかを、正確には予測できないという問題である。イノベーションを実現しようとするマーケティングは、ほぼ間違いなく不確実性に満ちた海へと漕ぎ出すような行動となる。

この市場における不確実性は3つの局面にわけてとらえることができる。一口に不確実性といってもその有り様はひとつではないのでる。

S.サラスバシーが定式化したエフェクチュエーションの問題空間(Sarasvathy (2008) 訳 pp. 84-94)にもとづけば、その第1は、企業が行動をはじめる前には、未来の市場の状態は完全には予測できてはいないという不確実性である。そして第2は、企業にとって、何が成功を生み出すための鍵要因かも事前にはわかっていないという不確実性であり、第3は、企業にとって、最終的には何が自らの行動の目的になるかも定かではないという不確実性である。

このように、市場と向き合う企業にとっての予測の困難さという問題の対象には、未来の市場の状態(状態の不確実性)、市場での自らの行動が生み出す効果(効果の不確実性)、そして、これらの状態や効果に反応しながら行動を進めていく目的(反応の不確実性)の3つがある。そして、この3つの局面のそれぞれにおいて、企業は自らの行動の先に何が起こるかを、正確には予測できないという問題に直面するのである。

スタサプの場合

リクルートのインターネット教育事業のスタディサプリについては、2022年8月8日のMAG2NEWSでも取りあげた。そこで紹介したように、2012年にインターネット予備校を開業したスタサプは、わが国の教育サービスにおけるひとつのイノベーションを成し遂げている。スタサプによって、日本においても個人向けのインターネット学習の利用が広がるとともに、学校向けの補助教材としての動画配信などの利用も拡大している。

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このスタサプの歩みは、先の3つの不確実性との取っ組み合いを通じて進んでいった。その歩みのポイントを振り返ってみよう。

2020年にスタサプはコロナ禍に直面する。これは状態の不確実性だといえる。想定外の状態が市場で起きたのである。スタサプは、そこでの新しい日常に反応しながら新たな展開を進めることで、インターネット教育事業のさらなる拡大を実現している。

さらに、その創業からの歩みを振り返れば、スタサプは効果の不確実性とも渡り合うことで発展を果たしている。開業当初のスタサプは、個人向けのインターネット教育事業にはサブスク型の料金プランが適していること、そして学校向けのインターネット教育事業には授業動画の質や数に加えて、学習管理システムの充実が必要となることには気づいていなかった。そのためにリリース後のスタサプは、想定外の販売不振に陥ったり、小さな受注しか獲得できなかったりする。しかし、スタサプは実験的に新たな料金プランを導入したり、学習管理ステムを追加したりすることで、事前には予測できていなかった成功の鍵要因(Key Factor of Success)を、行動のなかで理解し、そのもとでの事業拡大を実現していく。

加えてスタサプは、反応の不確実性を乗り越えることでも発展を果たしている。スタサプの事業のきっかけは、インターネット教育事業とは異なる別の事業でのマーケティングリサーチから生まれている。そして当初のスタサプは、個人向けのインターネット教育事業をねらっており、学校向けのインターネット教育事業の確立を目的にしていたわけではない。しかし、これらの想定外の目的にも柔軟にチャレンジしていくことで、スタサプは成長の機会をつかんでいく。

不確実性を十把ひとからげにしない対処法

イノベーションに挑もうとする企業は、事前の予測が通用しない荒波が渦巻く市場のなかで、いかにマーケティングを展開していけばよいか。スタサプの10年ほどにわたる事業の歩みは、そこで何がどのように必要となるかを理解するための優れた事例である。このスタサプの事例のなかには3つの不確実性がいく重にも渦巻いており、それらをいかに事業成長の機会に転換していくことができるかを学ぶことができる。

一口に市場の不確実性とはいっても、そこには3つの局面がある。状態の不確実性、効果の不確実性、そして反応の不確実性である。

スタサプが確立してきた事業は、わが国の教育に新たな選択肢を加えるイノベーションとなった。スタサプは、学校や家庭における学びを変革し、より場所や時間に縛られることなく、個々人に合った学びの機会を提供してきた。そこでは、どのような不確実性への対処が行われていたか。

第1の状態の不確実性については、スタサプが開業後8年ほどを経てコロナ禍に出会ったように、短期間に次々と直面する問題ではなさそうである。とはいえ、一度直面すれば、スタサプにとってのコロナ禍のように、状態の不確実性の影響は、機会としても脅威としても強大である。そしてコロナ禍のもとでの日々がそうであったように、この影響は猫の目のようにクルクルと転じていく。これにいかに応じてくかは、さまざまな事業の浮沈につながる可能性をもつ。このような不確実性への対峙の覚悟は、どのようなマーケティングにおいても、そこに責任をもつ人には求められる。

第2の効果の不確実性については、スタサプは事業開始後の比較的早い時期から複数回直面している。市場でどのように行動すれば、どのような効果が生じるかを、企業が実際に市場で行動をはじめる前に完全に把握することはそもそも困難だと考えておく方がよい。だからこそ、イノベーションに挑むマーケティングでは、市場で行動をはじめた後の臨機応変な振り返りと行動が重要となるのである。

第3の効果の不確実性についても、スタサプは事業開始の前後から繰り返し直面している。市場における行動のなかでは、何を自社の事業は目的とするかを臨機応変に見直すことがイノベーションにつながることがある。イノベーションに挑むマーケティングでは、市場で行動をはじめた後も、何が自らにとってあるべき目的かの振り返りを絶やさないことが欠かせないのである。

image by: Shutterstock.com

栗木契

プロフィール栗木契くりきけい
神戸大学大学院経営学研究科教授。1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。

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