大学合格を目指す高校生やその親ならば誰もが一度は耳にしたことがある、リクルート運営の「スタディサプリ(スタサプ)」。コロナ禍にあってこのオンラインでの学習サービスは順調に業績を伸ばしていますが、学校向けの教育事業の成長は特に著しく、全国の高校の4割にあたる2,000校もが利用しているといいます。その成功の秘訣を探るのは、神戸大学大学院教授で日本マーケティング学会理事の栗木契さん。栗木さんは今回、学校向けサービスの萌芽からブレイクのきっかけ、そして現在に至るまでの足跡を丁寧に追いつつ、同サービスが教育現場にここまで受け入れられるに至った理由を解説するとともに、スタサプが期せずして起こした「教育イノベーション」についても紹介しています。
プロフィール:栗木契(くりき・けい)
神戸大学大学院経営学研究科教授。1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。
スタディサプリに見る新規事業の育て方
2020年からの急成長をリードした学校向け事業
コロナ禍がもたらしたニューノーマルの日々。そのなかで各種のインターネット・サービスの利用が拡大している。Eコマースやリモートワークに加えて、教育サービスの分野でもウェブの活用が広がる。
スタディサプリ(以下、スタサプ)は、リクルートが手がけるインターネット教育事業である。現在のスタサプの事業の柱は3つある。第1は、個人を対象としたオンライン予備校事業であり、大学受験対策などの動画授業を、個人会員に向けて配信している。現在のスタサプはさらに小中学生向けの講座なども充実させている。第2は、学校向けの教育サービス事業であり、高校をはじめとする学校の補助教材としてもスタサプの動画事業は広く採用されている。第3は、社会人向けのウェブ教育事業である。現在のスタサプは、英会話を含む、英語4技能の習得のための講座も幅広く提供している。
コロナ禍が発生した2020年以降のスタサプの事業は、3つの領域すべてで伸びている。そのなかで特に大きく成長したのが、学校向けの教育事業である。現在では全国の高校の4割にあたる2,000校ほどがスタサプを採用するようになっている。
しかし振り返ると、スタサプはそもそも、学校向けのサービスとして事業を開始したわけではない。個人向けのサービスとしてスタートしたスタサプは、どのようにして学校向けのサービスとしての機会をつかんでいったのか。以下では、そのポイントを振り返ってみたい。B to Cのサービスだった事業を、B to Bにも展開していくという方向転換を果たしていなければ、スタサプはコロナ禍のもとで生じた機会を十分につかむことはできなかったかもしれないのだ。
想定外のつまずき
スタサプの事業開始は、2012年である。この年の10月に個人向けの動画授業の有料配信をはじめる。大手予備校で人気の高い講義を担当していたカリスマ講師と契約し、有名大学ごとの受験対策講座をオンラインで個人向けに提供することからスタサプの事業ははじまった。教室などをもたないことによる低コストのビジネスモデルでの参入だった。
事業開始後のスタサプは、いきなり顧客獲得に苦戦する。リクルートはスタサプによる参入以前に、予備校などの運営のノウハウを蓄積していたわけではなく、畑違いの分野の新規事業に対して、社内には懐疑的な声も少なくなかった。実際に開業後の半年ほどの期間にスタサプは、有料受講者を数千人しか獲得できず、目標を大きく下回る。
スタサプが、当初のつまずきを脱するきっかけとなったのは、料金プランの変更である。当初のスタサプの料金プランは、1講座を5,000円で販売するという、買い取り型だった。スタサプはこれを、2013年の春に、月々980円(現在は1,980円(税抜き))で全講座使い放題というサブスクリプション型の料金プランに変える。講座の拡充も進め、5教科18科目のラインアップとする。こうした取り組みの結果、利用者が増えはじめる。懐疑的に見られていた新規事業が、ようやく成長軌道に乗りはじめる。