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中国では密輸で死刑。なぜ今ドイツは「大麻合法化」に舵を切ったのか?

我が国では栽培も所持も禁じられている大麻。そんな大麻が欧州の大国ドイツで、条件付きながら合法化される方向にあることをご存知でしょうか。今回、作家でドイツ在住の川口マーン惠美さんは、大麻合法化へと舵を切った同国政府の「言い分」を紹介。それについて持論を展開するとともに、麻薬全般に対する自身の考え方を綴っています。

プロフィール:川口 マーン 惠美
作家。日本大学芸術学部音楽学科卒業。ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ドイツ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。ベストセラーになった『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)をはじめ主な著書に『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)、『復興の日本人論』(グッドブックス)、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)がある。

ドイツで大麻(カナビス)が一定の条件の下で合法化するための法案が閣議決定

大麻の大産地は、ミャンマー、ラオス、タイの3か国がメコン川で接する「ゴールデン・トライアングル」と呼ばれる山岳地帯だ。そのミャンマー、ラオスと国境を接する中国では、麻薬の密輸は死罪。これまですでに複数の日本人が、密輸の罪で極刑に処されている。

日本でも、時々、有名人が大麻所持で捕まった話がニュースになる。最近では、日大のアメフト部員。とはいえ、日本ではまだ覚醒剤は大きな社会問題にはなっていない。

一方、ドイツでは、「エクスタシー」のような安価で軽い合成の向精神薬が、本来は違法なのに、いろいろな抜け道で簡単に手に入る。錠剤になっているそれは、多くの若者がディスコに行く前などに服用するから、別名パーティー・ドラッグ。摂取は増加傾向にあるだけでなく、年齢層が下がっている。あまりにも多いので、取り締まりはあまりされていないし、見つかっても少量なら大事にはならない。

ただ、何も起こらないわけではなく、今年6月には、13歳と15歳の女の子が「エクスタシー」の過剰摂取で死亡した。彼女らが入手した錠剤にはハイになるための有効成分が異常に多く含まれていたことが判明している。元々が違法なので、もちろん品質管理などあるはずもない。

また、本物の麻薬である大麻やら、さらに危険なコカインなどの闇取引も盛んだ。こちらは皆がやっているわけではないし、取り締まりもなされているが、週末の夜など、場所によってはかなり物騒だ。ちなみに、ドイツで麻薬の消費がダントツに多いのが首都ベルリン。

大麻(カナビス)を通常マリファナと呼ぶが、オランダではマリファナはソフトドラッグで、合法に吸える。私が最後にアムステルダムに行ったのは20年近く前だが、市の中心の多くの“コーヒーショップ”では、詰めかけた観光客がコーヒーを飲みながら、マリファナを吸っていた。店の前を通るとちょっと異様な匂いがするので、すぐにわかるが、公園などあちこちからも、その匂いは漂ってきた。オランダはチューリップだけではない。

ところがそのアムステルダムで、今年の5月中旬以降、屋外の公共スペースでのマリファナ吸引が禁止になった(コーヒーショップでは引き続き吸える)。その上、市の中心部では、木曜日から日曜日の午後4時以降は、酒類の販売も禁止。マリファナとアルコールの悪しき相乗作用を防ぐためだ。また、アムステルダムでは売春も合法で、飾り窓と呼ばれる地区が世界的に有名だが、それらにも、やはり5月中旬より制限がかかっている。

ヨーロッパ、特に北欧は、ここ50年ほども続いたリベラル政策の行き過ぎで収拾がつかなくなっており、今、急激な修正が始まっている。スウェーデンやフィンランドでは、すでに政権が保守に入れ替わり、オランダも近年、治安の乱れや犯罪に生活を脅かされた住人の苦情が絶えなかった。つまり、住民の生活を守るため、アムステルダム市もさまざまな規制を掛けざるを得なくなったわけだ。

ところが、そんな中、ドイツでは社民党政権が、これまで医療用などを除いては禁止されていた大麻の使用を、一定の条件下で合法にしようとしている。8月16日、その法案が閣議決定され、政府はこれを今年中に成立させるつもりだという。

ところが、この法案の中身がかなり非現実的。例えば、購入はこれから設置される予定の「カナビス・クラブ」に限ること。そして、購入できる量は、22歳以上の大人なら1日最大25g、ひと月最大50g。18~21歳は、ひと月最大が25gで、しかも、トランス状態を引き起こす成分T H C(テトラヒドロカンナビノール)の含有率が10%以下の製品のみ。

カナビス・クラブはいわゆる協同組合で、学校、遊園地、公共のスポーツクラブなどから200m離れたところに設置されなくてはならない。また、ここでは購入だけで、吸引は200m離れてから。さらにカナビス・クラブには、健康、および青少年保護の計画を作成し、中毒やその予防について広報するための職員を置かなくてはならない。

いったい全国に何か所のカナビス・クラブができるのかは不明だが、政府は、皆がそこにマリファナを買いに出向くと思っているのだろうか。また、これらの規則が守られているかどうかを、いったい誰が監督し、取り締まるのだろう。

一方、カナビス・クラブに行きたくない場合は、家で大麻を栽培することも認められる。ただ、雌株を一人3株まで(ジョークではない!)。

園芸の好きなマリファナ常用者がいないとは言わないが、3株を鉢植えで育てて、花びらだか、葉っぱだかを採って、乾燥させて、巻いて、吸う?典型的なお役所的アイデアだ。

ドイツでは、すべてのタバコの箱の外側に、世にも恐ろしい写真がデカデカと印刷してある。真っ黒になった肺やら、ぱっくりと口を開けた潰瘍やら、骸骨のようになって横たわっている人やら、まるで拷問写真のようで、目を覆いたくなるものが多い。まさか、マリファナの方がタバコよりも安全なわけはなかろうに、しかし、マリファナの危険性がこのように公に警告されているのは見たことがない。

それどころか、合法化を促進する政府は、健康被害には言及せず、メリットばかりを強調している。例えばマリファナの密輸や密売が減るとか、明瞭な管理が可能になるので製品の品質が保証され、吸引の際の健康上のリスクが減るとか、麻薬の問題から解放された警察や裁判所が他の任務に尽力できるとか…。

しかし、合法化で本当に闇市場がなくなるかどうか?麻薬の密輸・密売は、国際犯罪組織が背景にいる巨大ビジネスで、彼らがそう簡単に引き下がるはずもない。また、合法化と値下がりで吸引者が増えれば、交通事故や暴力沙汰が増加するかも知れず、つまり、政府が考えているように、警察や裁判所の仕事が減るかどうかも不明だ。

なお、メリットの一つとして、大麻の売上で消費税(付加価値税)が増えるという主張があったのには、心底驚いた。わざわざ18歳の若者までマリファナ吸引に引き込んでおいて、それで得た消費税を教育と保健のプロジェクトに注ぎ込むとは、まさに本末転倒の極致ではないか!

もちろん、皆がこれらの主張に納得しているわけでは決してなく、特に医療関係者は、今も強く反対している。それによれば、人間の脳が完成するのは25歳なので、早期の麻薬の使用は脳の正常な発育を妨げる可能性があるとか。また、精神分裂やうつ病発症との関係も指摘されている。

興味深かったのは、緑の党のオツデミア農業相が大麻合法化の理由を、「マリファナ摂取はすでに社会的現実である」としたこと。麻薬についてのこれまでの対策は、何十年にもわたってことごとく失敗しており、確かに今、麻薬蔓延は社会的現実だ。しかし、「広まってしまったから合法にしよう」というのが、真っ当な政治であるはずがない。

一方、アヘンの原料であるケシの産地は、アフガニスタン、パキスタン、イランの国境付近「黄金の三日月地帯」で、これがモルヒネやヘロインになる。ケシ栽培の中心地アフガニスタンでは、昨年、タリバン政府がその栽培を禁止する方針を定めたが、しかし、国連の発表によれば、同年のケシの栽培量は前年比で38%も増えた。そして、これも大量にヨーロッパに密輸されている。

さらに怖いのは、米国で出回っているフェンタニル。中国発、メキシコ経由の合成麻薬だが、米国政府の今年6月の発表では、過剰摂取による死亡者が年間11万人に達しているそうだ。しかし、現在の米国政府は、フェンタニルの流入を全く止められない。今や、欧米の自由諸国は、静かに自滅し始めている。自国民を麻薬から守っているのは、独裁国と言われている国のほうだ。

自由主義の先進国の中で、唯一、麻薬の蔓延を防げているのが日本だ。島国のメリットでもある。日頃、ドイツの治安の乱れを目の当たりにしている私は、日本の空港に着くたびに、税関、及び担当部署が水際の防波堤を今後も末長く保ってくれるようにと祈るような気持ちで、荷物を嗅ぎ回っている可愛い麻薬犬を見ている。

プロフィール:川口 マーン 惠美
作家。日本大学芸術学部音楽学科卒業。ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ドイツ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。ベストセラーになった『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)をはじめ主な著書に『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)、『復興の日本人論』(グッドブックス)、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)がある。

image by : Shutterstock.com

川口 マーン 惠美

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