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なぜ「核兵器」は存在するのか?答えを見出だせぬ国際社会が辿る最悪の道

1万2,000発を超えると言われる世界の核弾頭数。冷戦の終結により進むかと思われた核廃絶の流れは、ウクライナ戦争におけるプーチン大統領の「核の威嚇」により完全に逆行する事態となっています。世界が核の脅威から解放される日は、この先も訪れることはないのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、その可能性を検証。さらに真の核兵器廃絶のために答えを見出すべき「問い」を記しています。

深まる相互不信と分断。「核の脅威」に翻弄される国際社会

「現状において、核兵器の存在は紛争の抑止の役割を全く果たしておらず、逆に戦争を拡大し、核兵器による破滅の危機をさらに高める核軍拡のレトリックが横行している。その元凶になったのが2022年のロシアによるウクライナ侵攻であり、ロシアによる核兵器使用についての脅しは、核兵器廃絶へのトレンドを逆行させ、各国に核戦力の拡充と拡大を促す結果になった」

今回、核兵器禁止条約の締約国会合にお邪魔していますが、旧知の仲間たちと話した際に出て、思わずうなずいた内容です。

頻繁に報じられる国際情勢についてのニュースの内容は、アメリカとロシア、アメリカと中国の間の核戦力拡大に対する相互抑止の内容や、北朝鮮による核開発についての内容が多いのですが、これは先ほどの内容にもつながるように、ロシアによるウクライナ侵攻の初期の段階で、“脅し”という形式ではありましたが、プーチン大統領やメドベージェフ氏をはじめとする強硬派が相次いで“ウクライナに対する核兵器使用の可能性”を仄めかす発言を繰り返しました。少なくとも2022年中は同様の核使用の脅しが繰り返し出てきていたように思います。

ロシアによる核兵器の使用は、戦争における大きなターニングポイントとなり、かつウクライナを支援するNATO加盟国とその仲間たちにとって、引き返すことができないPoint of No Returnを越えざるを得ない事態をもたらし、かなり高い確率で“核による報復”を含む戦争のエスカレーションと拡大に繋がることになります。

今のところ、ロシアによる核兵器使用の現実性はそう高くないと分析していますが、アメリカをはじめとするNATO側の核保有国にとっては、いつでも応酬できるようにstand ready状態に置かざるを得ない事態を迎えています。

例え偶発的な事故であったとしても、何らかの形で核兵器が使用された場合、確実に取り返しのつかない事態が私たちを待っていることを示しています。

今回、アメリカの軍備管理の専門家や核戦略の専門家と話し込む機会を持つことが出来ましたが、その中で語られたのは、「アメリカは今、2つの核戦争を同時に戦い抜くための能力を備える必要性に迫れている。それも欧州(ロシア)とアジア(中国)との核戦争(または核保有国との戦争)を戦えるようにしなくてはならない。それは必然的にアメリカ軍およびNATO軍の体制の見直しと変革を余儀なくされるだけでなく、核戦力のアップグレード(より能力の高い核戦力)を必要とする」という内容でした。

これは決してsimulationや机上演習のお話ではなく、実際の安全保障戦略の現場におけるお話です。

アメリカは弾頭数を増やすのではなく、能力の向上した核戦力の整備を選び、同盟国英国は、以前にもお伝えしたとおり、核弾頭数の大幅な増強を行い、フランスもまた核戦力の拡大・向上に動いています。

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確実に核戦力の拡充に走っているイスラエル

そのような動きはロシアの核戦力の多様化をもたらし、極超音速ミサイルへの搭載や戦闘機・航空機からの核ミサイルの発射、そしてユニークなのが長距離核魚雷(Long-range nuclear Torpedo)の潜水艦への配備です。

これにより、対ウクライナというよりは、ウクライナ戦争においてNATO諸国が介入してきた場合には、直接的な攻撃能力を持つことを意味します。これは今回お会いした方々が口々に挙げた新しい、しかし現実に起こりうる脅威の典型例です。

このほかに中国も報じられている通り、かなり急ピッチに核戦力の拡大を行っており、中国がすでに実戦配備可能なレベルにまで達しているとされる両極(北極と南極)廻りで攻撃できる極超音速ミサイルへの搭載の可能性が高いとみられるまでに向上もしてきています。

中国の場合、ただこれは実際の攻撃のためというよりは、攻撃されないための核軍拡と言われていますが、ロシアと中国の2正面での同時発生的な核戦争の可能性に神経質になるアメリカ軍にとっては、そうは見ていないようです。

警戒レベルは上がり、実際に具体的なsimulationが議論され、演習されているとのことです。

他には北朝鮮の著しい核開発と運用能力の向上と拡大が確認できます。このところの弾道ミサイルの発射は“軍事偵察衛星の周回軌道への投入”という形で報告されていますが、これは先日のロ朝首脳会談時に交わされたロシアと北朝鮮の宇宙技術における協力(実際にはロシアからの技術・知見の提供)がなしえた技術的な“快挙”にはなりますが、これは北東アジア地域の安全保障のパワーバランスと環境を大幅に変えることになります。

いろいろな分析を総合的に見てみると、これも中国と類似していて、“他国から攻撃されないための核戦力配備”と言われていますが、ロシアと中国の専門家も、実際にはそうとは見ておらず、北朝鮮は金王朝の存続をかけて、地域の不安定化と対米・対中・対ロ交渉の切り札として核兵器の存在を用い、場合によっては、限定的なターゲットに向かって発射・使用する可能性も排除できないと考えているようです。

具体的なエリアの一つがオホーツク海・ベーリング海周辺の“何か”と言われており、米中ロともに警戒していると言われており、もし瀬戸際外交的にここに何からの威嚇を行うようなことがあれば、北東アジア地域は火の海になる可能性が出てきます(ただアメリカにとっては、先ほど触れた2正面での核保有国との戦争の同時執行の危険性は避けられるかもしれないですが)。

そして今、確実に核戦力の拡充に走っているのが、現在、ハマス壊滅を軍事目標に掲げているイスラエルです。これまでイスラエル政府は核保有を決して公には認めていませんが、イスラエルが保有国であることは国際社会においては暗黙の常識となっており、アラブ諸国の警戒の的になっています。

元々はアメリカ・英国からの技術・知見の提供と移転が開発および配備のきっかけになっていると言われていますが、イスラエルの類まれなる技術力で独自に能力を向上させ、弾頭数は少ないものの、その破壊能力と運用能力はかなり高いと予想されています。

今回のガザ紛争までは、イスラエルの核保有は究極の防御戦略と位置付けられてきましたが、今回のハマスとの戦いにおいて、極右政党出身の閣僚による発言とはいえ、現役閣僚が核兵器の使用の必要性についての見解を示す事態になったことは、すぐにネタニエフ首相がその内容と可能性を打ち消しましたが、イスラエルの核戦略の転換点と観ることが出来るでしょう。

イスラエルの核への積極姿勢は、中東のパワーバランスに大きな影響を与えるだけでなく、東地中海に位置するという地政学的なポイントに鑑みて、欧州全体と北東アフリカを巻き込んだ大きな安全保障地図の書き換えに繋がります。

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ロシア・ウクライナ戦争でもっとも恐れられている事態

イスラエルの核に対する積極姿勢は、確実にイランを刺激し、そしてその間に挟まれるサウジアラビア王国をはじめとするスンニ派アラブ諸国を巻き込むことになるため、場合によっては最も核兵器による緊張が高まる地域になるかもしれません。

そしてそれはNATOの核を配備しているトルコにも影響が波及し、トルコを通じて今度はロシア・ウクライナ・ベラルーシ、中央アジア諸国、そして中央アジアと国境を接する中国、さらにはスタン系の国々と戦略的なパートナーシップを回廊の設置として持つインドそしてパキスタンにまで一気に広がる可能性が出てきます。まさに核のドミノ現象です。

恐らくこのような脅威、特にドミノは、机上の理論上のシナリオだと考えますが(考えたいですが)、相互抑止のバランスや歯車が少しずれるようなことになると、一気に拡大する可能性は否めません。

現在進行形のロシア・ウクライナ戦争において、もっとも恐れている事態は、アメリカまたはNATOによる“ウクライナへの核の持ち込み”です。

恐らくないと考えていますが、今後、対ウクライナ支援が遅れ、流れが鈍くなる場合に、そしてロシアが春先に一気にウクライナへの攻勢を強める場合、検討されうるシナリオだと言われています。使用目的ではなく、あくまでもロシアによる核兵器使用に対する直接的な抑止と見られていますが、これは実際には“核戦力同士の直接対決”を招きかねないという非常に危険な可能性を持つことに繋がるのではないかと懸念しています。

ロシアがベラルーシに配備した戦術核と同じく、その運用権限は供給した側が握ることになるはずですが、そのコントロールがどこまで徹底できるのかは不透明と言わざるを得ません。

これらの可能性はあくまでも仮定ではあるのですが、常に立場上、ワーストシナリオが起きてしまった場合の手段を考えておかなくてはならず、そのための専門家グループとの密接な協力関係を持っているため、ちょっと怖い内容も出てきてしまいがちです。

ちなみに米ロという2大核戦力の特徴は、自国領外にも核兵器を配備していることでしょうか?明確な数は明らかにはなっておりませんが、アメリカ軍の場合、国内外100か所以上の米軍基地に核が配備されていると言われています。運用は米軍が行うことになっていますが、今、議論になっているのが“核を受け入れている各国の見解の確認と政情の安定度の確認の必要性”です。

アメリカの核配備先は基本的に同盟国(軍事、政治、経済的なすべて)に限られていますが、安全保障上の協力関係の詳細は必ずしも同レベルではないため、今、各国との2国間、または多国間のデリケートな調整の真っ最中と聞いています。

これは大きくは権限の問題だと言われていますが、見落としがちなのが核兵器に関わるコストの側面です。開発・製造に多大な費用と労力が必要とされることは容易に想像できますが、核兵器配備後の維持費は毎年莫大な額面になり、さらに耐用年数(使用期限)切れのものは廃棄される必要があり、その廃棄には莫大な費用と膨大な時間が掛かると言われ、核保有国の軍事予算のかなりの重荷になると言われています。

今後、そのコストをだれがカバーするのか、というのも、実は整理の対象になっているため、非常にデリケートな政治・外交問題に発展してきています。

ならば核兵器なんてなくして、コストはかかっても廃棄してしまえばいいじゃないかとなりがちですが、まさにこれはゲーム理論の範疇のお話になってしまうため、実行するのは至難の業となっています。

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「なぜ核兵器は存在するのか」という問い

そのもとにあるのが相互不信の存在ですが、ロシア・ウクライナ戦争で表出し、その後、国連安全保障理事会を機能不全に陥らせた世界の分断がそれをさらに難しくさせており、核軍縮の流れは実際には逆流し、実際には核戦力の拡大傾向が強まってきています。

核弾頭の数自体は減少傾向にあるのですが、核戦力が持つ能力は向上し続けており、同時に核兵器の運用のための装備の縮小や核弾頭運搬能力の削減など、直接的な核兵器の能力とは別のところでの軍縮も行われているため、それが必ずしも実際の核廃絶・核軍縮への方向には進んでいません。

それが今、アメリカやロシア、中国、英国、フランスなどの核保有国と、その核の傘に守られているClient statesが核兵器禁止条約に参加しない一つの理由となっていると思われます。

各国とも核兵器の禁止は私たちが目指すべきゴールである(出口である)ことは否定していませんが、非常に不安定な国際安全保障環境に鑑み、かつ相互不信と分断が深まる時勢から、禁止に至る道筋において、核兵器の持つ役割を次第に削減し、無くしていき、そして核兵器を保有する理由をなくすことが先決と考えているように思われます(それは、日本の立場も同じだと考えますし、理解しているつもりですが、TPNWとの付き合い方については、批准かオブザーバー参加をしたうえで、きちんと意見表明をし、先に述べたような核兵器の役割の削減・消滅などに貢献したほうがよいのではないかと個人的には考えます)。

最後に紛争を扱う行動心理学を用いる調停官という立場から見ますと、紛争における各国、そして当事者の行動は決して合理的な判断に基づいているものではなく、なかなかつじつまの合わない、そしてなかなか理由を明確にできない不合理なものであると見ています。

紛争が起きた理由を後付けでいくらでもつけることはできますし、多くの場合、そうされてきたのですが、紛争が起きる理由の根本的な内容・背景が明かされない限りは、実際の紛争解決は困難で、仮に合意に至ったとしても、その内容の永続的な遵守を保証することは、私たちの不合理な行動心理から分析してみると、とても難しいものになってしまっています。

どうして核兵器は存在するのか?どうして、その凄まじい殺傷能力を目にし、街と人を完全に破壊する姿も知っているはずなのに、核兵器をなくす方向ではなく、保有し、増やし続ける方向に進むのか?

これらの問いに答えを見出すことが出来ない限り、残念ながら真の核兵器の廃絶は起き得ないのではないかと感じます。

そしてそれは、紛争がいつまでも終わらない、紛争が頻発してしまうことにもつながるのではないかと考えます。

ちなみに平和とは、私の定義では「戦争がないことではなく、いかなる紛争も武力行使に訴えることなく、話し合いによる解決を行える状態」だと考えています。そして紛争調停官の役割は、「戦争をなくすことではなく、戦争が起きてしまった場合、可能な限り生じる損失や痛みを軽減し、可能な限り迅速に武力によらない解決に導くお手伝いをすること」だと考えています。

今週、久々に核兵器に係る国際会議に参加しつつ、同時進行的に紛争調停の話をしてみると、普段、見落としているかもしれないことが明らかになってきたように思います。

今回のコラムは核兵器という極端な例を通じて、荒れ狂い、迷ってしまっているように感じる国際情勢の裏側についてお話ししてみました。

今週末からはまた調停の任を担いながら、いろいろな役割をこなす日々になりますが、自らの役割を自覚しなおし、またしっかりと頑張ります。

以上、今週の国際情勢の裏側でした。

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image by: Shujaa_777 / Shutterstock.com

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世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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