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バイデン困惑。衝撃の「米兵戦死」に米国内で高まるイランへの徹底報復の声

23年10月のガザ紛争勃発以来、中東に展開する米軍の拠点に170回以上の攻撃を仕掛けている親イラン武装勢力。1月28日のヨルダン米軍拠点へのドローン攻撃では米兵3名が犠牲となり、その報復としてアメリカはイラクとシリアの親イラン武装勢力関連施設を攻撃するなど、地域の緊張感が大きく高まっています。この先、中東に安定が訪れる日はくるのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、混沌極まる中東情勢を詳しく解説。さらに地域の安定に貢献する立場に自らを置こうとしているトルコの動きを紹介するとともに、その真の狙いを考察しています。

イランとトルコが急接近。地域大国が左右する中東情勢と国際社会

「私たちの努力が一瞬にして吹き飛びそうな事態が起きてしまった」

イスラエルとハマスの仲介に尽力しているカタールのムハンマド首相兼外相が、訪問先のワシントンDCで語った内容です。

その事態とは、1月28日にヨルダン北東部で起きた米軍拠点に対するドローン攻撃によって、3名の死者と40名を超える負傷者が出てしまったものです。

昨年10月7日にハマスによる対イスラエル同時多発攻撃と人質事件で、ガザでの戦闘が始まって以降、初めて米軍に人的な被害が出たことで、アメリカ政府は大統領以下、国務長官、国防長官も口をそろえて「実行者に対してアメリカは必ず報復する」と公言し、米国連邦議会は共和党・民主党が超党派で報復の必要性を示唆するなど非常に緊張度が高まっています。

実行犯は、犯行声明とインテリジェンスによると、イラクに拠点を置くイスラム抵抗運動の組織、特にカダイブ・ヒズボラだと特定されているようですが、カダイブ・ヒズボラはイランの革命防衛隊の支援を受けていることが明らかになっており、今、イランの責任を問う声がアメリカ政府内と議会内で一気に高まっています。

「イランへの武力攻撃を含め、バイデン政権は厳格かつ確実な報復を行うべき」という声が連邦議会で多数上がっていることを受け、バイデン大統領やブリンケン国務長官、オースティン国防長官なども「アメリカは必ず報復する」といいつつ「いつどのような形で行うかは、慎重に検討する必要がある」と述べるにとどまったいます。

その理由は、現在、イスラエルとハマスの戦いの出口が見えない中、報復の規模を読み間違えると中東地域全体におけるデリケートな安全保障バランスが崩れ、一気に地域の緊張が高まり、下手をするとガザにおける紛争が周辺地域はもちろん、アラビア半島を越えて拡大しかねないとの分析があるからです。

とはいえ、報復の規模が物足りなかったり、中途半端な対応に留まったりしたと認識された場合、議会からも有権者からも「バイデン大統領は弱腰だ」とのレッテルを貼られ、特に共和党サイド、そしてトランプ陣営から袋叩きにあい、結果として11月の大統領選挙はもちろん、同時に開催される連邦議会選挙でも民主党にとって不利な結果になりかねないとの懸念が生じます。

バイデン政権としては「イランとの戦争・軍事的な衝突は回避したい」というのが本音のようですが、議会共和党は挙って強硬姿勢を明確にしており、「イランに対する直接的な軍事攻撃が必要」という過激な意見から、「親イラン勢力の幹部や戦闘員をピンポイントで攻撃し、士気を下げるべき」という意見や、「親イラン勢力の拠点を徹底的に叩くべし」という意見まであり、アメリカ政府内での対応についての調整は難航している模様です。

それで一応、「イランとは戦争したくない」とブリンケン国務長官などに言わせることでイランに事態のエスカレーションを回避したいという米政府の意向を伝えているはずなのですが、今後、どのように発展するかは、非常に注視しなくてはなりません。

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イスラエルの国連非難を後押ししてしまう事態になったUNRWAのスキャンダル

「限定的な報復を、親イラン抵抗組織に対して多重に実施してはどうか」という軍の方針を邪魔しそうな事態が、UNRWAの重大なスキャンダルの発覚です。

UNRWAといえば、パレスチナ人に対する人道支援のハブとなる国連機関で、およそ2万8,000人の職員のうち、大多数をパレスチナ人が占めるユニークな機関で、その活動に対するトップドナーがアメリカと日本、そして続いて欧州各国です。

そのUNRWAで働く190名の職員が、10月7日のハマスによるイスラエル攻撃の手助けをし、イスラエル人をはじめとする280名の人質事件において拉致に加担していたことが調査で明らかになり、国際社会に大きなショックを与えました。

最大のドナー国であるアメリカと日本は即座にUNRWAへの支援を停止し、欧州各国もそれに続く形になり、UNRWAは2月以降の活動資金が底をつく状況に即座に陥るという結果になっています。

グティエレス事務総長は、UNRWAの事務局長が即座に該当する職員を解雇して対応したことを発表し、「ガザへの支援を続けるためにはUNRWAの活動を支援しなくてはならない」と訴えかけていますが、ドナー国の反応は冷たく、今後、ガザへの人道支援の実施に多少なりとも悪影響が及ぶことになってしまいました。

ここで思い出されるのが、イスラエル軍によるガザ地区への空爆で20人ほどのUNRWAの職員が殺害され、国際社会から対イスラエル非難が行われた際、イスラエル軍の報道官が「UNRWAもハマスの一員」と発言して顰蹙を買いましたが、今回の調査により多数のUNRWA職員が実際にはハマスの構成員であったことが明らかになり、皮肉にもイスラエル軍の発表内容の正しさを証明してしまう事態に発展しました。

南アフリカ共和国政府の提訴により、ICJはイスラエルによる過剰防衛と即時停戦の必要性を判決として出したように、イスラエル軍による圧倒的な武力による無差別攻撃の実施は行き過ぎだと言わざるを得ませんが、今回のUNRWAのスキャンダルは、国連によるコミットメントの限界を露呈し、イスラエルによる国連非難の内容を後押ししてしまう事態になったと思われます。

カダイブ・ヒズボラによる米軍拠点の攻撃という事件と、今回のUNRWAのスキャンダルの露呈は、戦闘停止・一時停戦・人質の即時解放を目指して行ってきたすべての外交努力を無駄にし、エジプトやカタールによる仲介の労も水泡と化すような重大な事件だと考えます。

そのような中、イスラエル国内の世論にも変化の兆しが見えます。

「ネタニエフ首相は遅かれ早かれ退陣しなくてはならない」という見解はコンセンサスとも言える意見の一致を見ていますが、「いつまでに退陣すべきか」については一致せず、その結果が、イスラエル軍によるハマス壊滅作戦への支持度合いに反映されています。

「人質の即時解放が最優先」という意見も全会一致のものと言えますが、「ハマスを壊滅するための軍事作戦の継続」への支持率が上がり、中でも「これを機にハマスを徹底的に潰さないといけない」という意見や「イスラエル国民の安寧のためにはテロの目を排除すべきで、そのための軍事作戦ならば支持する」という意見がマジョリティを占める結果になっています。

ICJの判決内容にショックを隠せないイスラエル市民も多く、一層の孤立への懸念と「またユダヤ人は世界で居場所を失うのではないか」という悲観論もある中、「ICJ判決は反ユダヤの陰謀」との見方もあり、この点でも意見が分かれているのが分かります。

ただこの点でも共通しているのは「いつか世界はイスラエルに対する誤解を改め、イスラエルに帰ってくる」という信念にも似た思いです。

「やりすぎ感は確かに否めないが、私たちは間違ったことはしていない」という認識では国民は一致しているようで、それゆえに戦闘の継続を支持し、長期化もやむを得ないという理解に繋がっているようです。

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欧米諸国にとって無視できないイランとトルコの接近

そしてイスラエル政府と国民が避けるべきと考えているのが、イランとの直接的な交戦・戦闘に至るような事態です。

ご存じの通り、長年、イランとイスラエルは相互に地域におけるライバルであり、安全保障上の脅威として互いをみなし、非難を続けてきましたが、どちらも直接的な交戦はそれぞれの終焉を意味することを明確に意識しているため、ある意味、相互抑止力が働いてきたと理解できます。

10月7日のハマスによる襲撃後、何度も親イランのヒズボラやイエメンのフーシー派などによる散発的な攻撃が起こるものの、イランの革命防衛隊が直接的な攻撃に関与することはなく、イスラエルがイランを攻撃することもないため、相互にレッドラインを越えない戦略を保っています。

ただ、そこに不確定要素が加わるとしたら、アメリカによる親イラン勢力への攻撃や親イランの抵抗勢力の幹部暗殺などにより、イラン革命防衛隊が実際に報復攻撃に出て、それが偶発的にイスラエルの国民の安全を脅かすような事態になった場合には、非常にデリケートな安全保障バランスが崩れることを意味します。

イランはすでにそのような状況が起こった場合に備えて多方面への働きかけを強化しています。

例えば、最近、最も顕著なのがトルコとの接近です。イランとトルコはシリア問題をめぐる対立はあるものの、「イスラエルによるガザ攻撃は非人道的であり、即時に停戦が行われなければならない」という共通のスタンスを示しています。

1月24日に開催されたライシ大統領によるトルコ訪問時に行われたエルドアン大統領との首脳会談は、両国の反イスラエルでの歩み寄りを示しており、トルコからイランへの外交・安全保障上の支持の見返りに、イランはトルコにこれまで以上に天然ガス供給(輸出)を増やし、レートも市場価格よりも低い特別待遇を与え、また中国と結んだような戦略的パートナシップを25年にわたって締結するという経済上の結びつきの強化も行っています。

このトルコとのつながりの強化は、実際には広くコーカサス、アラビア半島、北アフリカ、中央アジアなどの広いエリアをカバーするパートナシップの構築に繋がることにもなり、そこにはロシアや中国、スタン系の国々、アゼルバイジャン、そしてロシア発カザフスタン経由でインドに至るユーラシア‐南アジア経済回廊計画にイランも接続されることを暗示しています。

これは欧米諸国にとっては無視できない事態となり、それはまたイスラエルにとっても脅威となりかねません。

それに気づいているのか、ただの自身の立場を際立たせるためだけなのか、アメリカの共和党大統領候補のニッキー・ヘイリー元国連大使は「アメリカの覚悟を示すために革命防衛隊の幹部が海外に出る際にピンポイントで暗殺して脅威を削ぎ、革命防衛隊の戦意を喪失させるための断固たる対応が必要」との考えを公に示す形で、イランが国際社会に及ぼし得る脅威について先制攻撃を仕掛けるべきとの考えを表現しています。

イランカードは今後、これまでの核開発疑惑とはまた違った形で切られ、中東全域から中央アジアに至る地政学上の要所を巡る陣取り合戦において何度も出されることになるでしょう。

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中東地域に安定をもたらす「大連立」は実現可能か

しかし、現在、イスラエルとハマスの案件の交渉においては、カタールとエジプトが行っているものも含め、あまりイランネタは出されていません。

サウジアラビア王国やUAEなどと同じく、イランとの付き合い方には苦心している両国ですが、まずはイスラエル・ガザにおける火を消し、デリケートな地域に安定を取り戻すことに専念し、より大きな悲劇を避けるために、他のアラブ諸国に対しても紛争の飛び火を防ぐための予防外交を展開しています。

またその過程において、イスラエルを説得するにはアメリカを関与させるべきとの考えから、協議にアメリカを招いていますが、これも今後、またアメリカ政府が露骨なイスラエル支持を表明したら、アメリカの関与は地域の安定のためには諸刃の剣として機能してしまうかもしれません。

実際に今回の案件でも、アメリカの代表が常に上から目線でものを言い、カタールとエジプトに命令・指示するような態度を取り続けることには、両国ともうんざりしてきているらしく、今後、イスラエル絡みの案件でひと悶着あるかもしれません。

あまりすぐには実現しそうにありませんが、もしスンニ派・シーア派の壁を越えてイランとサウジアラビア王国やUAE、カタールやエジプト、ヨルダンなどのアラビア半島の国々とペルシャ湾沿岸諸国がgrand coalitionでも形成し、独自の外交・経済協力体制を築いて、イスラエルと、その背後にいるアメリカと渡り合うようになってきたら、国際社会における新たな分断線がアラビア半島または東地中海に引かれるかもしれません。

その際、主役の座を射止めることになるのが、トルコでありイランであり、奇跡が起きるとしたら、この輪にイスラエルも加わることになれば、地域に安定が実現するかもしれません。

この“地域の安定”に貢献する立場に自らを置こうとしているのが、東地中海からアラブ諸国、コーカサス、中央アジアの真ん中の位置にいるトルコです。

その触手は、現在、平和条約締結がままならないアゼルバイジャンとアルメニアの緊張状態にも伸びていますし、“東西の文明の十字路”であり、石油・天然ガスなどのエネルギー資源に恵まれ、カスピ海と並ぶ大陸間の重要な交易ルートを確保し、そしてロシアからカザフスタンを経由し、インドまで延ばすコーカサス・南アジア経済回廊にも、イランと共に関わってくることを狙っているようです――(メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』2024年2月2日号より一部抜粋。続きはご登録の上お楽しみください。初月無料です)

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image by: Anas-Mohammed / Shutterstock.com

島田久仁彦(国際交渉人)この著者の記事一覧

世界各地の紛争地で調停官として数々の紛争を収め、いつしか「最後の調停官」と呼ばれるようになった島田久仁彦が、相手の心をつかみ、納得へと導く交渉・コミュニケーション術を伝授。今日からすぐに使える技の解説をはじめ、現在起こっている国際情勢・時事問題の”本当の話”(裏側)についても、ぎりぎりのところまで語ります。もちろん、読者の方々が抱くコミュニケーション上の悩みや問題などについてのご質問にもお答えします。

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