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政敵ナワリヌイ氏が獄死。それでもプーチン独裁が崩壊に向かう理由

反プーチンの急先鋒として知られるロシアの活動家アレクセイ・ナワリヌイ氏。そんなプーチン大統領の政敵獄死の報は全世界に衝撃をもって伝えられ、死因についてもさまざまな言説が飛び交う事態となっています。このニュースを取り上げているのは、国際関係ジャーナリストで28年間のモスクワ滞在経験を持つ北野幸伯さん。北野さんはメルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』で今回、ナワリヌイ氏がこれまで暴いてきたプーチン氏及びその周辺の「不都合な真実」を紹介するとともに、ナワリヌイ氏に「神話」を崩壊させられたプーチン体制の崩壊を予測しています。

プーチン最大の敵が獄死。ナワリヌイが世界に残した「功績」

全世界のRPE読者の皆様、こんにちは!北野です(@一部映画のPRがありますが、依頼されたわけではありません)。

「プーチン最大の敵」として知られるアレクセイ・ナワリヌイが2月16日、獄死しました『BBC NEWS  JAPAN』2月16日付。

ロシア野党指導者ナワリヌイ氏が死亡=ロシア刑務所当局
2/16(金)22:34配信BBC News

 

ロシアの刑務所当局は16日、近年のロシアで最も著名な野党指導者だったアレクセイ・ナワリヌイ氏(47)が、収監されていた北極圏の刑務所で死亡したと発表した。

このニュースを聞いて「え!?ナワリヌイ死んだの?!」と嘆き、涙を流す日本人は少ないと思います。というのも、あまり日本では知られていないからです。しかし、28年モスクワに住んでいた私から見ると、ナワリヌイは間違いなく、【 プーチン最大の敵 】でした。

なぜ?

ナワリヌイは1976年生まれ。ロシア一の政治系ユーチューバーでした。チャンネル登録者数は、2024年2月時点で622万人。大きな影響力を持っていた「反汚職基金」(FBK)の創設者でもあります。

彼の名を全世界にとどろかせたのは、1本の動画でした。2017年3月に投稿した、「オン・ヴァム・ニ・ディモン(彼は、あなたのディモンじゃないよ、意味は、メドベージェフは、君が思っているほど、いいやつじゃないよ)」という動画は、メドベージェフ首相(当時)が複数の超巨大別荘を所有していることを暴露していました。これまでに、再生回数は4,400万回を超えています。実際の動画はこちら。

Он вам не Димон

ロシア語の動画なので、見たのはほとんどロシア人でしょう。この国の人口は、約1億4,600万人なので、ロシア人の約3人に1人が見たことになります。

それで、「真相究明」を求める大規模デモが、ロシア全土で起こってきた。ロシア政府は、デモ参加者の要求を、徹底的に無視しつづけることで、この危機を乗り切ります。しかし、国民の多くがプーチン政権に幻滅したことは間違いありません。

プーチンはこの事件で、「ネットメディアのパワー」を実感したのでしょう。ロシアのテレビは、2000年代からプーチンの支配下にあります。テレビで、プーチンの悪口は、一切聞かれません。

では、インターネットは、どうでしょうか?プーチンは、ネットの影響力を過小評価していて、かなり自由があったのです。そして、インターネットは、テレビとは真逆で「反プーチン派の勢力圏」になっていました。

ところが、ナワリヌイのメドベージェフ別荘群暴露動画以降、ネット規制がどんどん厳しくなってきた。そして、私自身の業務にも支障が出るようになってきました。結果、私は2018年、「日本に完全帰国することを決意した」という流れです。つまり、ナワリヌイの活動は、間接的に私の生活にも大きな影響を与えたことになります。

こんな流れを見ると、ナワリヌイは、「プーチン最大の敵」と言っても、過言ではありません。

ナワリヌイ「航空機内毒殺未遂」8人の実行犯

さて、ナワリヌイは2020年8月20日、シベリアの都市トムスクからモスクワに向かう旅客機の中で、毒殺されそうになりました。飛行機は、オムスクに緊急着陸し、ナワリヌイは病院に運ばれた。

彼の妻ユリヤは、「ロシアの病院にいると殺される」と思い、ドイツでの治療を求めます。8月22日朝、ナワリヌイは、オムスクの病院から、ドイツ、ベルリンに搬送されました。飛行機は、ドイツのNGO「シネマ・フォー・ピース財団」が手配したと発表されています。

ドイツでの検査の結果、ナワリヌイ毒殺未遂に使われたのは、神経剤ノビチョクであることが判明しました。ノビチョクは、ソ連が開発した軍事用神経剤。2018年に、ロシアの元二重スパイ・スクリパリと娘のユリヤ殺人未遂事件の時にも使用され、全世界に衝撃を与えました。

ドイツで一命をとりとめたナワリヌイは2020年12月14日、「事件は解決された。私は、私を殺そうとしたすべての人を知っている」という動画を公開。実際の動画はこちら。

Дело раскрыто. Я знаю всех, кто пытался меня убить

この動画の中で、ナワリヌイは、実行犯8人の名前と写真を公開。そして、「このグループに殺人の命令を出しているのは、プーチンだ」と断言しています。

動画の中で明らかにされていますが、犯人捜しをしたのは、ナワリヌイ自身ではありません。「ベリングキャット」という団体です。

ベリングキャットは2014年、イギリスで設立されました。「ファクトチェック」と「オープンソースインテリジェンス」を専門にしている。そのベリングキャットがナワリヌイに連絡をとり、「君を殺そうとした人たちを見つけた」と話したそうです。

この調査結果は、ドイツの週刊誌『デア・シュピーゲル』、スペインの日刊紙『エル・パイス』、アメリカCNNでも検証されました。調査の結果、何がわかったのか?

以上のような論理構成になっていました。

これに対し、プーチンは2020年12月17日の記者会見で、「毒殺したければ、毒殺しただろう」と語り、容疑を否認します。つまり、「ナワリヌイが生きていることが、私(プーチン)が無関係な証拠だ」と。

日本人には理解不能ですが、ロシアでは、このロジックが通用します。ロシア人の多くは、プーチンのこの言葉を聞いて、「確かにその通りだ」と思ったのです。

2020年12月21日、ナワリヌイは、新たに「私は、殺し屋に電話した、彼は〔犯行を〕認めた」という動画を公開します。実際の動画はこちら。

Я позвонил своему убийце. Он признался

ナワリヌイは、パトルシェフ元FSB長官、現安全保障会議書記の補佐官マクシム・ウスティーノフと名乗り、実行犯の「容疑者」に電話しました。そして、「容疑者」クドゥリャフツェフは、飛行機が緊急着陸したオムスクで、ナワリヌイの服を回収し、毒が発見されないように洗ったことを認めたのです。

また、ナワリヌイの下着(パンツ)に毒が塗られたことを認めました(彼自身が毒を塗ったわけではないが、計画を知っていました)。

「プーチン神話」を完全に崩壊させたある動画

さらに、クドゥリャフツェフは電話で、「なぜナワリヌイはまだ生きているのか?」という質問に回答しています。彼は、飛行機が緊急着陸せず、「もう少し長く飛んでいれば」ナワリヌイは死んだだろうと語った。

ナワリヌイが生き延びたもう一つの理由は、緊急着陸した後すぐ救急車がかけつけ、適切な治療をしてしまったからだと。

この電話で、プーチンの「毒殺したければ、毒殺しただろう」というロジックが成立しないことになりました。つまり、FSBは毒殺を試みて、「失敗した」と。

ナワリヌイが2020年12月に投稿した二つの動画は、少なくともネットの民に、大きな衝撃を与えました。

2021年1月18日、ドイツからロシアに帰国したナワリヌイは、空港で逮捕されました。翌1月19日、ナワリヌイの同志たちは、準備していた動画を公開。その名は、「プーチンのための宮殿。最大の賄賂の歴史」、簡単にいうと、黒海沿岸にある「プーチンの巨大別荘」に関する動画です。実際の動画はこちら。

Дворец для Путина. История самой большой взятки

建設費用は、推定1,400億円。建物以外も入れた総敷地面積は、モナコの39倍だとか。この動画はものすごいスピードで拡散され、現在までに1億2,900万人の人が見ています。ロシア人の、「1.13人に一人」が見たことになります。インターネットを使わない年配の人たち、子供たち以外は、「ほとんど見た」といえる数でしょう。

これは、「プーチン神話」に対する最も強烈な攻撃でした。なぜか?日本人には理解しがたいですが、ロシア国民の多くは、「プーチンは、真の愛国者で、クリーンな政治家だ」と信じていたのです。

メドベージェフの汚職動画を見た後でも、「周りは腐っているが、プーチンだけは違う」と思っていた。ところが、この動画を見て、国民たちは「プーチンクリーン神話」がウソだったことを悟った。この時点で「プーチン神話は崩壊した」といえるでしょう。

今まで、ロシア国民の多くは、プーチンに対して「尊敬」「信頼」「愛」といった感情をもっていました(これも、日本人には理解困難ですが)。ところが、この動画を見てしまったら、これらの感情を抱きつづけることは困難でしょう。

当時私は、(有料講座)「パワーゲーム」などで、「これで神話による統治は難しくなる。これからは「恐怖による統治の時代」になりますよ」と語っていました。

予想通り、プーチンはその後、急速に凶暴化していきました。プーチンがウクライナ侵攻を開始したのは、この動画で神話が崩壊してから1年後でした。偶然とは思えません。

何はともあれ、たった3本の動画でプーチン神話を根底から破壊したナワリヌイは、獄死しました。死因はまだわかりませんが、ロシア当局が何を言っても「めちゃくちゃ信用できる」とは、誰も思わないでしょう。

プーチンは今、ナワリヌイが死んで「ホッ」としていることでしょう。しかし、ナワリヌイが壊した神話は、もう元には戻りません。プーチンは3月の大統領選挙で圧勝するでしょう。それでもプーチン体制は、崩壊に向かっているのです。

(無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル2024年2月17日号より一部抜粋)

image by: Rosfoto.ru / Shutterstock.com

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【著者】 北野幸伯 【発行周期】 不定期

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