かねてからさまざまな理由で、一般企業が採用に二の足を踏み続けてきた博士号取得者。その流れに歯止めがかかることはなく、ますます日本の「低学歴化」は進んでいるようです。今回のメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』では社会健康学者の河合さんが、博士号取得者の採用が低水準のまま推移している現状と、修士号取得者すら減少している事実を紹介。その上で、何が世界の先進国に逆行する我が国の惨状を招いたかについて考察しています。
プロフィール:河合薫(かわい・かおる)
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。
もはやジリ貧。低学歴化に歯止めがかからぬニッポンの悲しい現実
日本の「低学歴化」が止まりません。
経団連が実施した調査で(123社が回答)、2022年度に博士課程修了者を採用しなかった企業が23.7%にのぼり、博士号を取得している人の合計はおよそ1.2万人で全体の1%未満にとどまったことがわかりました。
また、女性理工系人材については、6割の企業が増員を目指しているの対し、博士人材の採用を増やす意向を示したのはたったの2割。博士号取得者の企業の採用意欲は、一向に高まっていませんでした。
日本の「低学歴化問題」は15年以上前から指摘され、さまざまな取り組みが行われていた“はず“なのに。そもそも採用意欲がない、とは。日本はこの先、何で稼いでいくつもりなのでしょう。
かつて日本企業は、企業で研究をしながら論文博士として学位を取る社員を増やしてきました。
2019年にノーベル化学賞を受賞した旭化成名誉フェローの吉野彰氏もその一人ですし、2014年に青色発光ダイオードでノーベル物理学賞を受賞した中村修二氏も論文で博士号を取得した論文博士です。
国も1996年に「世界に追いつけ、追い越せ!」とポスドク(博士研究員)1万人計画を立て、大学院博士課程の定数をそれまでの3倍もの規模に増員しました。
しかし、増やしたのは「入り口」だけ。博士号取得者を欲しがる大学も企業もなく、1万8,000人もの“さまようポスドク就職浪人”が量産され、出口対策がモヤモヤしているうちに博士号取得者は減少傾向に転じ、修士号取得者も減り、世界の先進国と逆行するようになってしまったのです。
欧米諸国では2006年から16年までの10年間に博士号・修士号の取得者が2ケタ増えたのに対し、日本は16%も減少。文部科学省などの最新の調査によると、日本の博士号取得者は人口100万人あたりで123人(20年度)に対し、ドイツ315人、英国313人で、その差は歴然としています。
想像を超える深さで張り巡らされている低賃金・低学歴ニッポンという“根”
また、米国では「GAFA」が博士人材を大量採用し、新技術を生み出したことは広く知られていますが、アマゾン一社だけでも、経済学博士号をもつ専門家を100人以上も採用しているといわれています。
賃金にも博士号の価値は反映されており、博士号取得者の年収は学術機関で6万ドル(約680万円)、民間企業で10万ドル(約1,130万円)、行政機関8万5,000ドル(約960万円)で、米国全体の平均年収5万6,000ドル(約630万円)程度と比較しても優遇されているのです(2015年データ)。
かたや日本はどうでしょうか。修士課程と扱いはほぼ同じです。「だったら公務員から!」とばかりに、23年4月から博士課程を修了した国家公務員の初任給が年8万円引き上げられ、年収は約480万円で学士382万とは100万差、修士434万円とは45万円差になりました。
一部の企業では待遇改善を進めていますが、企業全体で見ると世界レベルには全く届いていません。
そもそも「高度人材!」という言葉は飛び交っているのに、博士号の価値を認めないとは、私には理解不能なのですが、「博士号取得者を採用しても、即戦力にならない」「年齢と給与が高いわりに手間ばかりかかってしまう」「博士号取得者はプライドが高くて、使いづらい」との声もチラホラ。
経団連は今回の調査結果を受け、企業には必要な専門性を備えた求める人材像を示し、職務を明確にしたジョブ型採用や通年採用を通じて多様な人材に門戸を開くよう呼びかけた、とのことですが…。
低賃金ニッポンで、低学歴ニッポン。“根“は想像をはるかに超える深さで張り巡らされているように思えてなりません。
みなさまのご意見、お聞かせください。
【関連】ノーベル賞受賞者たちが口を揃えて苦言。日本が先進国で唯一「低学歴」な理由
この記事の著者・河合薫さんのメルマガ
image by : KenSoftTH / Shutterstock.com
初月無料購読ですぐ読める! 2月配信済みバックナンバー
- 「低学歴国ニッポン」の悲しき現実ーーVol.362(2/21)
- 「平等」とは何か?ーーVol.361(2/14)
- 健全な社会はどこへ?ーーVol.360(2/7)
<こちらも必読! 月単位で購入できるバックナンバー>
※初月無料の定期購読のほか、1ヶ月単位でバックナンバーをご購入いただけます(1ヶ月分:税込880円)。
- 「数字」が語る理不尽ーーVol.359(1/31)
- 自然災害国ニッポンと超高齢社会ーーVol.358(1/24)
- ノブレス・オブリージュなきニッポンのエリートーーVol.357(1/17)
- 航空機の未来ーーVol.356(1/10)
- 2023年末特別号ーーVol.355(12/27)
- 聖職? 長時間労働でも生きがい?ーーVol.354(12/20)
- “老後“の未来ーーVol.353(12/13)
- “プロ“はいらない? いや、もういない。ーーVol.352(12/6)
- なぜ、キレる?ーーVol.351(11/29)
- 「人の顔」を忘れた介護政策ーーVol.350(11/22)
- 「悪の構造」を放置するメディアの罪ーーVol.349(11/15)
- プライドはカネ?ーーVol.348(11/8)
- 空気に国境はないーーVol.347(11/1)