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米国に頼ってばかりはいられない。今こそ日本が「核の抑止力」について考えるべき理由(川口 マーン 惠美氏)

米国でドナルド・トランプ氏が大統領に返り咲く可能性が高まったことで、日本からの米軍撤退が現実味を帯びてきています。国防計画を見直す必要に迫られている我が国で今後、侃侃諤諤の議論が交わされるであろう議題が「核武装」の是非です。今回、作家でドイツ在住の川口マーン惠美さんは、核開発をする必要も機会もなかった戦後ドイツと同じ道をたどって経済発展を続けてきた日本の国防意識を問題視。トランプが返り咲く可能性も視野に入れながら、「核の傘」を閉じられた場合の日本が「核の抑止力」について真剣に考えるべきとの持論を展開しています。

プロフィール:川口 マーン 惠美
作家。日本大学芸術学部音楽学科卒業。ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ドイツ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。ベストセラーになった『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)をはじめ主な著書に『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)、『復興の日本人論』(グッドブックス)、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)、『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)など著書多数。新著に、福井義高氏との対談をまとめた『優しい日本人が気づかない残酷な世界の本音』(ワニブックス)がある。

結局、戦争抑止に有効なものは今のところ「核兵器」しかない現実

「これはあまりにも複合的な問題であり、議論を始めるべきですらない」

核武装論議の過熱を恐れるあまり、ドイツのピストリウス国防相は、こう釘を刺した。

ドイツの政治家の多くは、米国の大統領選が近づくにつれ、いや、正確にいうなら、トランプという名の大統領が再び出現する日が近づくにつれ、傍目からもわかるほど神経質になっている。今回、降って沸いた核武装論も、2月初め、トランプ元大統領が選挙演説で発した次の言葉だった。

「NATOのパートナーらが十分な国防費を負担しないなら、ロシアとの有事の際、彼らを守るつもりはない」

実は、トランプ氏はこの時、核武装の「か」の字も言っていない。しかし、欧州議会のカタリーナ・バーレイ議員(ドイツ社民党)が、待ってましたとばかり勇み足をした。『ターゲスシュピーゲル』の取材に対し、「トランプ氏は信用できない。そろそろEU独自の核兵器が議論の対象になっても良いのではないか」。バーレイ氏は、6月の欧州議会選挙に、社民党の候補として再度立候補するので、目立つ言動が必要だったのだろう。EUの核兵器といえば、フランスはすでに持っているから、国力から考えても、次は必然的にドイツとなる。

このせいでドイツは突如、核の抑止力をめぐる議論が高まるかのような雰囲気に包まれた。そこで、慌てたピストリウス国防相が冒頭の言葉を発し、さらに、「蛇に睨まれたウサギのように、米国の選挙を見ていても仕方がない。それよりも、我々に与えられた宿題をすべきだ」と諭した。要するに、国防費を増やそうということだ。

もっとも、これまでNATOの国々に向かって国防費を増やせと迫ったのは、トランプ大統領が初めてではない。オバマ大統領も言っていたし、ひょっとするとその前のブッシュ大統領も言っていたかもしれない。

骨抜きにされたドイツ、牙を抜かれた日本

NATOの中でも特にドイツは、2度と軍事大国にならないようにと旧連合国に首根っこを抑えられていたため、これまでお金のかかる核開発は、する機会も必要もなく、おかげでいつの間にかヨーロッパいちの経済大国になれた。とはいえ、80年代の初めまでは東西ドイツ間の緊張があったので、軍事費はGDPの3%を割ることはなかった。しかし、冷戦の終了後は緊張が一気に解け、統一ドイツでは、国防など誰もそれほど重要だとは思わなくなった。以来、ドイツの国防費はコンスタントに減り、ここ20年以上1〜1.3%で、いくら米国からクレームが来てものらりくらりと交わし続けてきたのである。

思えば日本の発展もドイツのそれとよく似ている。戦後、やはり牙を抜かれた日本は、軍事ではなく、経済発展に注力した。核兵器どころか、原発にもかなりアレルギーがあり、平和ボケで、国防費もケチる。書きながら改めて思うが、有事の際には数日で弾丸が尽きると言われているところまで含めて、まるでドイツとそっくりだ。

ところが、最近になって世界情勢は風雲急を告げ、ドイツも日本も呑気に構えてはいられなくなってきた。状況が不穏になると、必ず話題になるのが核の抑止力だ。つまり、ロシアがウクライナに向かって核兵器を使いそうになった時、あるいは、日本が北朝鮮や中国に狙われた時、米国は核の傘で守ってくれるだろうか、という話だ。

自分の国を自分で守るには、それなりの準備がいる

中国、あるいは北朝鮮のタガが外れて、東アジアに有事が起こったと仮定すると、まず狙われるのは米軍基地だ。基地は日本だけでなく韓国にもあるが、そもそも韓国は、隣で睨みを効かせる中国や北朝鮮に逆らえるだろうか? 言われるがままに米軍を追い出すというようなサプライズが起こっても不思議ではない。では、日本は? 米軍が犠牲的精神を奮って日本を守ってくれると思っている人は、流石にもういないだろう。ただ、だからと言って、「では、この危険な状況をどうにかしなくては!」とならないのが平和ボケの日本だ。

以前の私はこれが歯痒く、なぜ日本政府は、中国に尖閣諸島を取られそうになっても見て見ぬ振りをしているのかと憤り、「独立国なら自分の国は自分で守るべきだ」などと思ったものだが、最近は考えを改めた。

自分の国を自分で守るには、それなりの準備がいる。丸腰で強がりを言って喉元にナイフを突きつけられたら、その後は知れている。つまり、こちらも少なくともナイフを持ち、相手に襲いかかるのを躊躇させなければならない。それが核であり、抑止力である。しかしながら、日本の核武装などあり得ない。だから、何をされても日本政府が見て見ない振りをするのは、いわば当然なのだ。

最近、マクロン仏大統領がウクライナ支援の会議で、「フランスはウクライナに派兵する可能性を否定するわけにはいかない」と述べて物議を醸した。その真意はわからないが、それを慌てて否定したのがドイツのショルツ首相だ。思っていることを堂々と言えるかどうかの差も、核を持っているか否かの差のように思える。

ドイツにはホロコーストのトラウマがあるため、軍事力や戦闘心を誇示するような言動は極力慎む。その証拠に、本来なら国家の財産であり、重要なライフラインでもある天然ガスのパイプラインを、(おそらく同盟国の手によって)破壊されても、ろくに調査もできない。何か言って喉元にナイフを突きつけられると困るところは、日本とよく似ている。しかも我々は、時々、脅してくるのは必ずしもロシアや中国だけではないことも、重々承知している。

勝っても負けても犠牲の出るのが戦争で、もちろん、誰も戦争などしたいはずはない。しかし、たとえ世界中の人間が平和を望んだとしても、利害が一致するわけではなく、いつか必ず争いは起こる。そして、利害が複雑に対立すればするほど、争いの前線も複雑になる。そんなとき、国家を超えた調停機関など役に立たず、話し合いも機能しないことは、今のウクライナやガザ地区を見ればよくわかる。結局、戦争抑止に有効なのは、今のところ核兵器しかない。

六ヶ所村で完成間近の「原子燃料サイクル」が抑止力になる理由

核の拡散を防ぐためのNPT(核不拡散条約)という条約がある。1968年に国連で調印され、これにより世界の国々が「核兵器国」と「非核兵器国」に分けられた。「核兵器国」はアメリカ、ソビエト(当時)、イギリス、フランス、中国で、この5カ国だけが核を保有できる。しかし、それ以外の185国の加盟国は、核兵器の製造も所持も永久に禁止という面妖な条約だ。独立国でありたい国々は、当然、これを蹴飛ばした。

NPTについて青山学院の福井義高教授は、「核武装するかどうかは日本の国民が決めることであり、不平等条約で縛られる性格のものではない」と語っている。だからこそ、「令和の日本には20世紀最大の不平等条約改正を目指してほしいものです」と。

ただ、肝心の日本人は、NPTをことさら不平等とも思っていないようで、どちらかというと「非核兵器国」であることを誇りに思う人たちもいる。それどころか彼らは、原子力の平和利用にさえ二の足を踏む。

青森の六ヶ所村で完成間近な「原子燃料サイクル」とは、使用済み核燃料からウランとプルトニウムを取り出し、それをもう一度核燃料に再加工して、発電に使う技術だ。これが順調に稼働すれば、全国の原発から出る核廃棄物の量は減らせるわ、自前の核燃料は作れるわで、“エネルギー貧国”日本の未来はかなり明るくなる。

ただ、再処理は非常に高度な技術の上、本来なら「非核兵器国」で行うことは許されていない。なぜなら、これはウランの濃縮技術であり、一歩進めれば原爆を作れてしまうからだ。現在、日本だけが特別扱いでこの技術を認められているが、六ヶ所村にはIAEAの査察官が24時間張り付いて、日本が原爆を作らないよう厳重に見張っている。

この六ヶ所村の「原子燃料サイクル」の開発を嫌がっているのが、日本国内の反原発派と、お隣の中国だ。再処理ができるということは、原爆を作る能力があることの証明であるから、中国は、日本が核兵器を作るのではないかと疑っているのだ。つまり、日本側が意識しようが、しまいが、これだけで、少しは抑止力になるかもしれない。

米国が「核の傘を閉じる」と言い出したら日本に核を持てというシグナル

さて、近い将来、米国が、「もう核の傘は閉じたい。国防は自分でやれ」と言い出すような気がする。もし、そうなれば、それは日本に核を持てというシグナルだ。トランプ大統領が日本にとっての脅威となるなどと言う人もいるが、今後は誰が米国大統領になっても、最終的には、米国は自分たちで犠牲を払ってまでも日本を守ってくれることはないだろう。つまり、いずれ核の傘は閉じられる。ただ、その時、日本は中国や北朝鮮との緊張に耐え、今こそ真の独立国にならねばと思うのだろうか? 今のうちから心の準備だけは必要だ。

今すぐ日本で核保有論が盛り上がるとは思えないが、米国に頼ってばかりはいられないという認識は、急速に広がりつつある。また、岸田政権に対する国民の失望感も膨張する一方だ。だから、もし今、「日本も独自で国防を!」と声を上げる政治家が出現すれば、案外、これまでになく、世論はそちらに靡くかもしれない。

ただ、もし、そうなっても、日本人が有事の時に武器を持って立ち上がるとは思えないし、それはそれで良い。戦後70年の教育は暴力を否定してきたし、戦争忌避論はすでに我が国の根幹となっている。ただし、だからこそ、攻め込まれないための手段として、抑止力の重要性をより正確に認識する必要がある。また、核以外の抑止力も積極的に模索すべきだ。

一歩間違えれば自らが戦場に駆り出される若い人たちの間で、冷静な抑止力構築論が高まっていく可能性に期待している。

プロフィール:川口 マーン 惠美
作家。日本大学芸術学部音楽学科卒業。ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ドイツ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。ベストセラーになった『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)をはじめ主な著書に『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)、『復興の日本人論』(グッドブックス)、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)、『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)など著書多数。新著に、福井義高氏との対談をまとめた『優しい日本人が気づかない残酷な世界の本音』(ワニブックス)がある。

image by :六ヶ所再処理工場  Nife, CC BY-SA 3.0, ウィキメディア・コモンズ経由で

川口 マーン 惠美

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