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「大企業経営者100人の7割が原発再稼働に賛成」このタイミングで日経新聞が1面トップに“政権ヨイショ記事”を据えた意味

6月25日付の朝刊1面に、政府の原発再稼働姿勢を後押しするかのような記事を据えた日経新聞。昨年10月には岸田政権の所得減税指示に苦言を呈した同紙は、なぜこのタイミングで「後押し記事」をトップで掲載したのでしょうか。今回のメルマガ『『グーグル日本法人元社長 辻野晃一郎のアタマの中』~時代の本質を知る力を身につけよう~』では『グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた』等の著作で知られる辻野さんが、その背景を考察。さらに国民はこのような記事をどう受け止めるべきかについて自身の考えを記しています。

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※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:日経新聞1面トップ記事に思ったこと

プロフィール辻野晃一郎つじの・こういちろう
福岡県生まれ新潟県育ち。84年に慶応義塾大学大学院工学研究科を修了しソニーに入社。88年にカリフォルニア工科大学大学院電気工学科を修了。VAIO、デジタルTV、ホームビデオ、パーソナルオーディオ等の事業責任者やカンパニープレジデントを歴任した後、2006年3月にソニーを退社。翌年、グーグルに入社し、グーグル日本法人代表取締役社長を務める。2010年4月にグーグルを退社しアレックス株式会社を創業。現在、同社代表取締役社長。また、2022年6月よりSMBC日興証券社外取締役。

日経新聞1面トップ記事「原発新増設 過半が支持 再生エネ目標上げ8割」に思ったこと

紙の新聞を読まなくなって久しいのですが、今週、大阪に出張した折に、宿泊したホテルで朝部屋に届けられた日本経済新聞を何気なく手に取ってみました。

6月25日火曜日の朝刊ですが、1面右上のいわゆる「1面トップ記事」の見出しが「原発新増設 過半が支持 再生エネ目標上げ8割」というものでした。読んでみると、日経新聞の「社長100人アンケート」で「原子力発電所の新増設を支持する声が過半となり、再稼働を進めるべきだとの答えも7割に達した」というものでした。実際のアンケートは、国内主要企業の経営トップに5月29日から6月14日に実施し、144社から回答を得たとあります。

原発新増設、経営トップ過半が支持 再エネ目標上げ8割

現在、よく引用される「世界の報道の自由度ランキング(国境なき記者団)」の2024年版では、日本は180ヵ国中70位となっており、G7中最下位で、アフリカのコンゴよりも下です。

私は、マスメディアの報道を見たり聞いたりするときに、決してそのまま鵜呑みにはしないことにしています。今回は、この記事を例にして、マスメディアが報じることの受け止め方について少し考えてみたいと思います。

このタイミングで日経が1面トップにこの記事を据えた理由、そして記事の背景に何があるか、内容はどうなのか、などについて少し勝手な思考を巡らせてみます。

まず、周知の通り、2011年3.11の東日本大震災に伴う福島での原発災害で、日本の原発の安全神話は完全に崩れ去りました。福島はもとより、首都圏含めて深刻な放射能災害の危機に晒され、その後の廃炉処理もほとんど進んでいません。昨年開始された汚染水の海洋放出も周辺国含めて大きな波紋を呼びました。しかし、政府はその後も原発回帰をあきらめず、表向きは再エネへの取り組み強化を掲げながらも、脱炭素に向けた世界の潮流やエネルギー価格の高騰を口実に、原発回帰に向けた根回しを着実に進めてきました。

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メディアを使って「世論誘導」を行う権力の常

岸田政権になってからは、その動きが一層露骨になり、原子力規制委員会の事務局である原子力規制庁の長官、次長、原子力規制技監のトップ3全員が経済産業省出身者で占められるようになりました。規制する側が推進する側と一体化したわけです。また、「原則40年、最長60年」と定められていた原発の寿命についても、停止期間を除外するなどの措置で実質的には引き延ばされました。老朽化が懸念される中、これも安全面からは大きなリスクです。3.11以降、一時停止が続いていた既存原発も、既に12基が再稼働しています。さらに、原発の新増設についても積極推進する方針が打ち出されています。

ですから、この記事から私がまず感じたことの一つ目は、そのような政府のエネルギー政策を日経新聞も後押ししている、ということです。権力はメディアを使って世論誘導を行いますから、これもその手の記事の一つだと受け止めました。タイミングとしては、夏の猛暑を控えて電力需要が高まる時期です。電気料金の高騰を気にする国民にとって、やはり電力の安定供給やコスト抑制のためには原発が必要なのだ、というムードを作る好機ですから、この時期を選んだのだと思います。

日本の名だたる大企業経営者100人(前述の通り実際は144社)のアンケート結果として報道する、というやり方も、単なる日経新聞の社説や論説などで後押しするよりも、より客観性のある記事として読者に対する説得力を持たせる効果があると思います。しかし、ここには盲点があります。記事(「原発新増設、経営トップ過半が支持 再エネ目標上げ8割」)のアンケート結果からもわかるように、「既存原発の再稼働」については20%強の人たち、「原発新増設」については40%程度の人たちが、正直に「わからない」と答えています。実際、エネルギーや原発の問題は複雑で、大企業の経営者といえども、専門知識を持つ人たちは限られていると思います。

たとえば、原発はよく「ベースロード電源」などと呼ばれますが、そもそも電源は「ベースロード電源」「ミドル電源」「ピーク電源」の3種に区分けされています。従来の原発や、石炭火力、水力による電力は「ベースロード電源」に区分けされていて、需要変動によるこまめな調整は出来ません。現在、多くの原発が停止している日本の現状では、石炭火力によるものが総電力の30%程度になっていますが、世界の脱炭素の流れからは、ここが主に問題視されている点になります。

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サプライズは何一つない財界人へのアンケート結果

ベースロード電源の安定的な確保と脱炭素化に並んで重要なのが、前述した需要変動による電力供給のこまめな調整です。そこを担うのが「ミドル電源」と「ピーク電源」になりますが、ミドル電源は主にLNG(液化天然ガス)やLPガスによるもので、ピーク電源は石油や揚水式水力によるものになります。発電コストはベースロード<ミドル<ピークになります。したがって、エネルギー政策の根幹の一つは、これら3種の電源をどのような配分で構成するか、ということになります。

2021年度に策定された現行のエネルギー基本計画では、2030年度の原発比率目標を20~22%としています(2022年度は5.5%)。再生可能エネルギーについては、まだ全体に占める割合が小さく、エネルギーミックスの位置付けが定められていません。しかし今回のアンケートでは、再エネ比率を高めるべきと答えた経営者が8割を超えたとありますので、会社経営において、国際競争力を保つ上でも、世界の潮流である脱炭素化の動きを意識している経営者が多いことがわかります。

個人的には、世の中の大きな流れを俯瞰すると、すべての分野で中央制御型・全体最適型から分散制御型・個別最適型の流れに移行しつつあると思っており、エネルギーの分野においても、ベースロード電源依存のエネルギーミックスという発想から脱却して、スマートグリッドを用いて、電力の供給側と需要側の双方から電力利用を最適化する次世代型エネルギー政策に移行することが急務と捉えています。

今回は、マスメディアの記事の読み取り方について考えるのが目的で、エネルギー政策について専門的に論じるのが目的ではないので、ここではこれ以上エネルギー政策の議論に踏み込むことは控えますが、経済界の人たちにこのようなアンケートを取れば、経済推進の立場から、電力の安定供給やコスト低減を求めて今回のような回答になるのはごく自然なことで、ここにサプライズは何もありません。

ですから、これはこれとして、一つの参考データ程度に受け止め、このアンケート結果を利用した政府やメディアの思惑にそのまま流されることが無いように注意しておくことが肝要だと思います。そして、こういう記事を一つのきっかけとして、エネルギー問題や地球温暖化の問題について自分自身でしっかり調べた上で、日本のエネルギー政策に対する自分の立ち位置を明確にする努力をしておくのが大切なことだと思います。

※本記事は有料メルマガ『『グーグル日本法人元社長 辻野晃一郎のアタマの中』~時代の本質を知る力を身につけよう~ 』2024年6月28日号の一部抜粋です。このつづきに興味をお持ちの方はぜひご登録ください。

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辻野 晃一郎(つじの・こういちろう):福岡県生まれ新潟県育ち。84年に慶応義塾大学大学院工学研究科を修了しソニーに入社。88年にカリフォルニア工科大学大学院電気工学科を修了。VAIO、デジタルTV、ホームビデオ、パーソナルオーディオ等の事業責任者やカンパニープレジデントを歴任した後、2006年3月にソニーを退社。翌年、グーグルに入社し、グーグル日本法人代表取締役社長を務める。2010年4月にグーグルを退社しアレックス株式会社を創業。現在、同社代表取締役社長。また、2022年6月よりSMBC日興証券社外取締役。

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【著者】 辻野晃一郎 【月額】 ¥880/月(税込) 【発行周期】 毎週 金曜日 発行

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