政府があの手この手で普及を急ぐも利用率が上がらないマイナ保険証。未だ問題山積と言っても過言ではないマイナンバー制度ですが、政府がそれ以上に大きな問題をはらんだ施策を着々と進行させていることをご存知でしょうか。今回のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』ではジャーナリストの高野孟さんが、政府が整備を進めるすべての行政情報をクラウド上で運用する「ガバメントクラウド」がどれだけ危険なものであるかを解説。さらに日本の「情報主権」を危うくした張本人の実名を挙げています。
※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:マイナカードもガバメント・クラウドも、もっとゆっくり丁寧に進めないと国益を損なうのではないのか?
プロフィール:高野孟(たかの・はじめ)
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。
国益を損なうこと必至か。マイナカード問題などの序の口の「ガバメントクラウド」のヤバさ
河野太郎=デジタル相が推進してきたマイナンバーカードの普及は、7月に交付枚数が1億枚を突破し、9月1日時点で人口の81.1%が持つに至ったとはいうものの、肝心の健康保険証としての利用率は6月に9.9%という驚くべき低水準に留まっている。
政府は、マイナ保検証を受け付けるシステムの導入が遅れている中小医療機関の尻を叩くべく、環境整備したところには診療報酬を加算するとか、利用率の向上に応じた最大20万円までの報奨金を出すとかのアメを散らつかせる一方、患者に向かっては「マイナ保険証が使えない医療機関があれば相談窓口に通報せよ」と、まるで密告を奨励するかの呼びかけさえ行なっている。
しかし、これがなかなか普及しない根源は、余りに拙速かつ杜撰な導入方針の下で、自分のカードに他人の個人情報が紐付けされていたり、保険診療の窓口負担の比率が誤って表示されたりといった初歩的なミスが9,000件を超えて発覚するという惨状を呈したことに加え、それを丁寧に説明し不安を解消していくよりも先に「今年12月2日から紙の保険証の新規発行を停止する」と宣言して、まるで羊の群れをムチで脅して柵の中に追い込むような脅迫的な態度を示したことにある。国民は政府に馬鹿にされたと感じ、そのためマイナカードが国民の政府不信の象徴のようになってしまった。
この81.1%と9.9%のギャップを埋める言葉と手段を持たない人物が、総理総裁の器たりうるとは思えない。
キャバクラならぬ「ガバクラ」が抱える大問題
とはいえ、マイナカード問題など実は序の口で、河野大臣はさらにとんでもない大きなトラブルを生み出しつつある。
キャバクラならぬガバクラ――中央官庁と地方自治体の全行政情報を統合してクラウド上で運用するガバメント・クラウドの中核的なプラットフォームの運用開始が1年半後の25年度末に迫っているというのに、全国1,741自治体の1割に当たる171(と言っても20の政令都市の全てと東京都の10の特別区を含むので全人口の約半分に当たる)地域がシステム移行に間に合いそうにないばかりか、中央省庁の1,100のシステムも200程度までしか移行出来そうにないとされている。これも、マイナカードの場合と同じで、現場の実情を無視した机上の空論で期限を決めて上から押し付ければ「なんとかなるだろう」という、幼稚としか言いようのないやり方で推し進められてきたためである。
しかも、自治体側で移行しなければならない業務は次のような基幹的なものばかりの20分野である。
- 住民基本台帳
- 選挙人名簿管理
- 国民年金
- 戸籍
- 戸籍の附票
- 固定資産税
- 個人住民税
- 法人住民税
- 軽自動車税
- 子ども・子育て支援
- 就学
- 児童手当
- 児童扶養手当
- 国民健康保険
- 障害者福祉
- 後期高齢者医療
- 介護保険
- 健康管理
- 生活保護
- 印鑑登録
これだけの分野でそれぞれなりのやり方で長年に渡り積み重ねられてきた情報を、政府の定めた標準化フォーマットに適合するよう改変するのは並大抵のことではなく、自治体側とその地方における発注先には致命的に人材が不足している。またそのためのコストも膨大で、政府としては各種の助成金を用意してはいるけれども、それでカバーし切れるものではない。
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国家と全国民の情報を丸ごとアマゾンに預けようとしている日本
これだけの自治体行政情報に加えて中央省庁の1,100ものシステムが抱える中身の全部をクラウド化すると言うが、それは一体どこへ向かってなのか。端的に言うと、アマゾンである。
21年9月にデジタル庁が発足すると同時に、ガバクラのサービスを提供する業者として決まっていたのは、
▼Amazon Web Services(AWS)
▼Google Cloud
▼Microsoft Azure
▼Oracle Cloud Infrastructure(OCI)
の米国の巨大IT企業4社だが、グーグル、マイクロソフト、オラクルの3社もアマゾンAWSの標準化フォーマットを使用することを条件に選抜されているので、実質的にはアマゾンの下請けである。ということは、日本は国家と全国民の情報を丸ごとアマゾンという米国の一個の私企業に預けようとしているわけで、これにはさすがに懸念の声が上がってきた。そこで河野がやったことは、一部条件を緩和して複数の国内企業でも応募できるようにした上で、昨年11月に「さくらインターネット」を第5のガバクラ・サービス会社として付け加えたが、その実力は未知数で、「日本企業もいるぞ」というアリバイづくりとさえ言われている。
欧州はもちろんこのような「情報主権」問題には敏感で、独仏などは、公開情報に関しては米国のメガITの安価なクラウドを使っても、全国民の個人情報や国益に関わる敏感な領域など枢要部分に関しては自国の事業者の技術に委ねている。もちろんアマゾンAWSもそこは承知していて、たとえばドイツに対しては、敏感部分のデータの格納領域には鍵をかけてドイツ側に渡し、自らはその中身にタッチしないという契約を結ぶなどして営業に努めているが、そんなことは建前に過ぎず、システム構築側がクライアントに分からないよう裏口を設けることなど技術的に造作もないことだと誰でも知っている。だから仮に米国クラウドに委ねる部分があってもそこでは表と裏の激しい駆け引きが展開される。
ところが日本では、「米国は同盟国だから安心だ」などという底抜けノーテンキの属国根性が政府を覆っているので、全てが筒抜けになる危険に晒されようとしている。河野は果たして、米国には「クラウド法」があり、政府が必要と認めた場合にIT大手のデータを自由に調べられるようになっていることを知っているのだろうか。
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アマゾンと癒着し日本の「情報主権」を危うくした人物の名
一応、河野の名誉のために言い添えておくなら、この悲惨な「デジタル敗戦」の事態を招きつつある政府デジタル化の基本設計をなしたのは、「誰一人取り残されない、人に優しいデジタル化を」のスローガンを掲げた菅義偉内閣である。それを実権派として裏から仕切ったのが、財務省出身で内閣官房IT総合戦略室の室長代理の時代から「ミスター・マイナンバー」と呼ばれてきた向井治紀=現デジタル庁参与。その向井に操られたのが初代デジタル相の平井卓也で、彼こそがアマゾンと癒着して日本の「情報主権」を危うくした張本人だと言われている。
だからと言って河野の罪が軽くなるわけではなく、この菅~平井~向井の対米屈従路線を覆すでもなくその延長で踊っているだけなので、最悪の共犯者と言われても仕方がない。
(メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2024年9月9日号より一部抜粋・文中敬称略。ご興味をお持ちの方はご登録の上お楽しみください。初月無料です)
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image by: 首相官邸