先日、台風の影響で、1等の当せん確率が跳ね上がる騒動があったスポーツくじの「MEGA BIG」。第1476回におけるこの“期待値バグ祭り”では、数百万~数千万円を賭けて数千万~1億円以上を儲けるギャンブラーが出現した。そこで気になるのが「MEGA BIGで大儲けはもう無理?まだイケる?」という点ではないだろうか。次の“祭り”に参加したい人が最低限知っておきたいポイントを、世界的エンジニアとして知られる中島聡氏が解説する。(メルマガ『週刊 Life is beautiful』より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:MEGA BIG 騒動
プロフィール:中島聡(なかじま・さとし)
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。
なぜ「MEGA BIG」はギャンブラーを魅了するのか?
先日、台風の影響によって、8月24日に発売されたスポーツくじ「MEGA BIG」第1476回の当せん確率が大幅に上昇するという珍しい事態が発生し、売上が爆発的に増加する(スポーツくじ「MEGA BIG」1等の当せん確率が跳ね上がり、売上が爆増)、という現象が起こりました。
この手の報道だけ見ると、まるで「雨で当せん確率が上がる」ことが「売り上げの大幅の上昇」に直接繋がったかのように読み取れますが、実際の事情は、もう少し異なります。この手の記事を書いている人たち(主に文系の人)が数字に弱いので、こんな記事になってしまいます。
「MEGA BIG」は、スポーツくじの一つです。指定されたサッカー12試合の各試合90分間での試合結果(合計得点)を当てるのですが、結果を自分で予想するのではなく、機械がランダムに選んでくれる「純粋に運だけで決まる」宝くじです。
価格は1口300円で、理論上の1等の当せん確率は1/1677万と低く、当たりくじがなかった場合には、キャリーオーバー(繰り越し)する仕組みになっています。
賞金の配当率は50%ですが、当たりくじが出ない場合(キャリーオーバーされてしまうこと)もあるため、キャリーオーバーが貯まっていない場合の期待値は、0.5を大きく下回る、というとても期待値の低い宝くじです。
にも関わらず、人気なのは、当せん金の最高額が7億2円(キャリーオーバー発生時は12億円)ととても高額な上、キャリーオーバーが貯まり始めると、期待値が上昇し始めるため、さらに人気が上がって、さらにキャリーオーバーが貯まるというポジティブ・フィードバックが働く仕組みがあるためです。
「MEGA BIG」第1476回で発生した“期待値バグ祭り”
今回も、キャリーオーバーが61億円も貯まっていました。これだけ貯まってくると、理論的には、十分な口数を購入することによりその61億円を手に入れることが可能になりますが、12試合全てが行われた場合の1等の当せん確率は、1/1677万と低いため、大量のくじを購入する必要があり(1677万口以上)、それには莫大な資金が必要な上に(50億円以上)、それだけ資金を投入すると、期待値が逆に下がってしまいます。
先日は、台風の影響で4試合が中止になったため、対象となる試合がわずか8試合となり、1等の当選確率が1/6.5万に上昇したのです。つまり、普段よりもはるかに低い口数(6.5万程度)・資金(2000万円程度)で、「キャリーオーバーを取りに」いくことが可能になったのです。
これに目をつけた人たち(数百人)が、一斉に数100万から1000万円以上のお金を投入して「キャリーオーバーを取りに」行ったため、お祭り騒ぎになりました。
黙って購入した人が大半だと思いますが、造船太郎氏のように、全財産の7350万を投入して「キャリーオーバーを取りに」行き、その結果をYoutubeで実況中継する人まで現れました。
結果として、普段は7億円程度の売上が、45億円を超える売上になり、システム上の都合で、当せん番号の発表が遅れるという事態にまで発展しました。
最終的には、1等の当せん口数は269口で、賞金は2480万円に。多くの人が、この祭りに参加したため、当せん口数が増えてしまった結果ですが、それでも2000万円を投じて、1等を一口当てることが出来た人は、25%のリターンを一夜にして得たことになります。
この祭りに参加したことを公言している人のうち、何人かが結果を公表しています(自己申告なので、嘘をついている可能性も十分にあります)。※次ページで詳しく解説
「MEGA BIG」の“期待値祭り”に参加した8名の戦績と次の祭りの注意点
名前 投入金額 1等の数(賞金) 造船太郎 7350万円 8口(1億9840万円) Sho00 3000万円 4口(9920万円) ドク 800万円 ハズレ 和田 晃一良 500万円 1口(2480万円) マツ@FTX Creditor 460万円 ハズレ ぷろぐら軍曹 100万円 ハズレ マエダイ 150万円 ハズレ ビッチ 50万円 1口(2480万円)
今回は、期待値が1.7ぐらいでしたが、祭りに参加する人が増えると期待値は下がっていくので注意が必要です。今回の様子を見て、「次は自分も参加しよう」と考えている人も多いでしょうから、次も今回と同じようには行かない可能性(期待値が大きく下がってしまう)が十分にあります。
「ギャンブル必勝法」の実話(ただし条件付き)
ちなみに、このような賭け方・儲け方に関しては、以前にブログに解説したことがあるので、下に貼り付けておきます。
(※以下、「あるはずのない『カジノでの必勝法』が実はあったという話」より引用)
ずいぶん前に「ギャンブルの心理学:攻略法と必勝法」というエントリーで、どうして「パチンコや競馬には必勝法がある」と思い込まされている人たちがなぜこれほどたくさんいるのかについての考察を書いたが、今回は本当の必勝法の話。それも実際にそれをビジネスにしている会社でしばらく働いていたMBAのクラスメートから聞いた話なので、かなり信頼できる。
ビジネスモデルは至ってシンプル。「カジノが提供するJackpot付きのスロットマシンでの$1の投資に対する期待値が$1以上になったところで人を送り込んでマシンを占領し、Jackpotが出るまでスロットマシンをまわし続けること」である。
「Jackpot付きのスロットマシン」とは、数台~十数台のスロットマシンをつなぎ、それぞれのマシンからの売り上げの3~5%をJackpotに貯めておき、最初にJackpot(特定の数字の組み合わせ)を出したスロットマシンにそのお金を全部払うという仕組み。たまたましばらくJackpotがどのマシンでもでなかったりすると、10万ドルとかのお金が溜まることもある。
カジノが提供するギャンブルは、長く遊べばかならずカジノが儲かる様に出来ている。スロットマシンでも、ルーレットでも、ブラックジャックでもそれは同じで、$1を投資した時の期待値は原則として$1以下(たとえば97セント)になるように作られている。そのため、一人のギャンブラーを見た時には儲けたり損したりしているのだが、ギャンブラー全員を合わせたら必ずカジノ側が儲かるようにできている。
フロリダにあるこの会社が目をつけたのは、Jackpot付きのスロットマシンだけに関して言えば、Jackpotに十分にお金が貯まった時に、その期待値が$1をわずかだが上回る瞬間があること。ただし、そんな状態にはなかなかならないので、一個人がそれだけを目指してギャンブルをすることは基本的に不可能。
24時間の張り込み
そこでこの会社は、低賃金で従業員(主に学生)を30人ほど雇い、携帯電話を渡してフロリダの14カ所のカジノに文字通り「24時間の張り込み」をさせる。そして、どこかのカジノでこの「期待値が$1を上回った状況」が起こると本部経由で全員に連絡が入り、全員がそのカジノに集合してそのJackpotに繋がったスロットマシンすべてを占領してJackpotが出るまでひたすらスロットマシンをまわす。そして、Jackpotが出たらそこでプレーをやめ、ふたたび別々のカジノにちらばって「張り込みモード」に戻る。
このシンプルなビジネスモデルで、この会社は3年間に300万ドルの元手を、2000万ドルにまで増やしたそうである(それもちゃんと従業員に給料とボーナスを払い、税金も払った後での話)。
このビジネスモデルがうまく行った理由は、カジノからお金をかすめ取っているのではない点につきる。カジノとしては、この会社がやっていることは十分承知しながらも、直接の被害を受けるわけではないので黙認していたという(厳密には、他のギャンブラーからかすめ取っていることになる)。
テラ銭がやたらと高い日本のギャンブル(競馬、競輪、パチンコ、宝くじなど)ではこんな仕組みは難しいだろうが、テラ銭がわずか2~3%の米国のカジノでは、Jackpotのような仕組みの導入のおかげで、こんな「隙間産業」が成り立つのだ。
ちなみに、最近はこの業界も競争相手が増え、Jackpotに繋がったすべてのスロットマシンの席を全部占領することが難しくなり、あまり儲からないようになってしまったそうである。「マーケットの効率化の法則」(=儲かる産業には競争相手が集まり、いつかは他の産業と同じくらいの利益率に落ち着く、という法則)は、こんなところでもちゃんと働いているようだ。
『週刊 Life is beautiful』9/10号では、今回ご紹介した「MEGA BIG 騒動」以外にも、「GraphAIとAgentic Workflow」「DCFとPE Ratio」「LLMの知能テスト」「AIチップベンチャー:Cerebra」などのトピックや読者Q&Aを3万字超のボリュームで掲載。初月無料のお試し購読をすると、9月分バックナンバーを含むすべてを読めます。
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