今やすっかり時代の潮流となった禁煙の流れ。先進国の中では喫煙に関する甘さを指摘されてきた日本にあっても、近年は受動喫煙防止のルール改正が図られつつあります。今回のメルマガ『ジャーナリスト伊東 森の新しい社会をデザインするニュースレター(有料版)』では著者の伊東森さんが、厳しさを増す欧米の禁煙をめぐる動きを取り上げ詳しく解説。さらに日本における「たばこと戦争の歴史」と、昨今の業界事情を紹介しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:欧州で禁煙加速 米メジャーリーグでも全面禁煙 ディズニーは自社映画の喫煙シーン排除 取り残される日本 政府が広めた喫煙文化 いつまで続く?
日本だけが取り残される。メジャーリーグもディズニーも、世界で加速する禁煙の流れ
欧州で、たばこ製品に対する規制が強化されている。
9月17日、欧州委員会は加盟国に禁煙エリアの拡大を勧告。保健政策は各国の権限内で行われるため、この勧告に強制力はないが、従来の屋内中心の規制から、一部の屋外施設にも対象を広げている。
具体的には、医療・教育施設に隣接する屋外や、駅・停留所などが新たに禁煙エリアとなり、紙巻きたばこだけでなく、加熱式たばこや電子たばこも規制対象に含まれる。
さらに、11月26日にはイギリスで画期的なたばこ規制法案が下院を通過。この法案では、2009年1月1日以降に生まれた人は生涯たばこ製品を購入できなくなると規定しており、383対67の賛成多数で可決された(*1)。
この施策により、イギリスは「タバコのない世代」の実現を目指しており、法案が成立すれば世界で最も厳しいたばこ規制の一つになる見込みだ。
一方、日本では状況が異なる。日本たばこ産業(JT)の株価は、新NISA制度の導入後に好調な推移を見せている。NISAでは配当金が無期限で非課税となるため、高配当株であるJTは特に投資家から注目を集めている。
欧州と日本のこの明確な差は何を意味するのか。
「タバコポリス」が抜き打ち検査も。全面禁煙が原則の米球界
一方、野球界では「禁煙」の動きが徐々に広がっている。阪神タイガースは、11月1日からチーム活動中および活動エリアでの全面禁煙を義務化。このルールは選手、首脳陣、スタッフ全員を対象とし、プライベート時間(自宅や宿舎など)は適用外だ。
ルールの実施は、高知県安芸市で行われる秋季キャンプから始まり、甲子園球場のクラブハウスなどの喫煙スペースも順次撤去された。また、ビジター球場でも同様のルールが適用される予定。
この禁煙ルールは、藤川球児新監督の発案によるもの。自身も元喫煙者である藤川監督は、近年禁煙に成功。その決断には、メジャーリーグ(MLB)での経験が影響を与えている。
MLBやその下部組織であるマイナーリーグでは、公の場での喫煙が厳しく禁止されている。MLBでは、喫煙が心肺機能を弱め、運動選手にとって大きなデメリットになるとの認識が広がっており、米国代表チーム(WBC)にはほとんど喫煙者がいない。
さらに、マイナーリーグでは禁煙ルールがより厳格に。「タバコポリス」と呼ばれる取り締まり役が選手のロッカーを抜き打ちでチェックし、喫煙行為はもちろん、タバコの所持そのものでも罰金対象となる。
選手への罰金は1,300ドルで、マイナーリーグ選手の2週間分の平均給与(400ドル)(2013年時点)を大きく上回るものだ(*2)。
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ディズニー映画は喫煙シーンを排除。エンタメ界でも広がる禁煙
芸能界における喫煙文化も大きな変化を迎えている。今年3月16日から、東海道、山陽、九州新幹線の車内に設置されていた喫煙ルームが廃止され、多くの愛煙家の芸能人に影響を与えた。
お笑いコンビ「しずる」の村上純は、品川駅で「生まれて初めて喫煙ルームのない東海道新幹線(新大阪まで)に今から乗る」とX(旧Twitter)に投稿し(*3)、注目を集めた。
生まれて初めて喫煙ルームのない東海道新幹線(新大阪まで)に今から乗る。
体がどうなるのかわからない。
持つのか、俺の肺よ。 pic.twitter.com/n3NgQKWOEJ— しずる 村上 純?? (@shizzlemurakami) March 15, 2024
長らく日本の芸能界では、喫煙は「大人っぽさ」や「格好良さ」、「洗練」の象徴として、男性俳優やミュージシャンのステータスの一部とされてきた。映画やドラマ、バラエティ番組でも喫煙シーンは頻繁に登場し、視聴者にとっても日常的なイメージがあった。
しかし、近年の健康意識の高まりや社会的な価値観の変化により、芸能界の喫煙文化にも変化が見られる。禁煙する芸能人が増加し、メディアでの喫煙シーンも減少傾向に。
さらに、世界的にも喫煙シーンへの規制が強化。2016年2月、世界保健機関(WHO)は、喫煙シーンのある映画やドラマが若者を喫煙に誘導していると指摘し、これらを「R指定」とするよう勧告。また、ディズニーは2015年以降、マーベル作品を含む自社の映画で喫煙シーンを全面的に排除している(*4)。
戦費調達の確実な税収源。国策と深く結びついている喫煙習慣
喫煙習慣は国策と深く結びついている。
日本におけるタバコの国策利用は、日清戦争と日露戦争の時期に端を発す。明治政府は戦費調達の確実な税収源としてタバコに注目し、専売制を導入。日清戦争(1894-1895年)では、出征兵士への慰問品として紙巻きタバコが配られている。
日露戦争(1904-1905年)においては、戦費調達のためタバコ税の比重がさらに増加。1903年から1904年にかけて、総税額に占めるタバコ税の割合が8.5%から11.5%に上昇(*5)。
この現象は日本特有ではなく、欧米の帝国主義諸国でも同様。戦地では兵士たちにタバコが無料または低価格で配給され、多くの兵士が喫煙習慣を身につけた。
その後、戦地から帰還した元兵士が喫煙をやめられず、周囲にも喫煙を広めたことで、タバコの習慣が市民社会に深く根付いてきた。このように、タバコは嗜好品であると同時に、国家の財政政策と密接に結びついた重要な税源となってきた。
一方、近年の報道によると、日本たばこ産業(JT)は自社に不利な記事を抑制するため、新聞社に圧力をかけていると指摘(*6)。広告代理店を介し、新聞社の広告担当者がJTに情報を報告する仕組みが存在し、JT幹部にまで伝わるという。これにより、広告費の多寡に関わらず、メディア報道に影響を及ぼす構造があるとの批判が出ている。
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■引用・参考文献
(*1)「『2009年以降生まれは一生たばこ買えない』英国禁煙法、1つ目の関門通過」中央日報 2024年11月28日
(*2)臼北信行「なぜプロ野球選手は『タバコ』がやめられないのか?」TI mediaビジネスONLINE 2013年3月7日
(*3)「新幹線の喫煙ルーム廃止…都内から大阪移動の愛煙芸人、喫煙所へ駆け込み『完全に決まったよ』」スポーツ報知 2024年3月17日
(*4)「ディズニーが作品内での禁煙をピクサー、ルーカスフィルム、マーベル作品にも適用」映画.com 2015年3月25日
(*5)石田雅彦「そんなに『害』があるのに『タバコ禁止』されない理由」Yahoo!ニュース 2018年6月18日
(*6)「JTと電通が露骨な『報道捜査』 大メディアでは『煙草批判はタブー』に」選択 2016年7月号
(『ジャーナリスト伊東 森の新しい社会をデザインするニュースレター(有料版)』2024年12月7日号より一部抜粋・文中一部敬称略)
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