アメリカ株式市場を中心とした「AIバブル」は崩壊するのか、しないのか?巷の議論が活発化している。そんな中、10年前にNVIDIA株を購入するなど投資家としての顔も持つ著名エンジニアの中島聡氏が注目しているのは、ソフトウェア開発における「AIネイティブ」の重要性だ。投資バブルがいつ弾けるかは神のみぞ知るところだが、「人間の言葉を理解するAI」を前提としてゼロから設計した、従来とは根本的に異なる“AI-Native”なソフトウェアが世界を席巻するのはこれからだと中島氏は指摘する。(メルマガ『週刊 Life is beautiful』より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです
プロフィール:中島聡(なかじま・さとし)
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。
エンジニアも投資家も必修、「AI-Nativeなソフトウェア」という概念
ChatGPT(もしくは、その前のGPT2、GPT3)を皮切りにスタートした今の「AIブーム」を2000年の「インターネット・ブーム」に例える人が多く、これが「インターネット・バブル」と同様に一度崩壊するのかどうかの議論が活発にされています。
AIバブルの崩壊があるかないかは別として、エンジニア目線から見ると、似ている点が多々あります。AIの誕生により、ソフトウェアやソフトウェア・ビジネスそのものに大きな変化が起ころうとしている点です。
インターネット以前のソフトウェアは、パソコンにインストールするスタイルのパッケージ・ソフトウェアであり、すべてのデータはインストールするソフトウェアそのものに含まれていなければならなかったし、ビジネスモデルも基本的には「一本いくら」という売り切り型のものでした。
インターネットの誕生により、必要なデータをサーバー側に置いたアプリケーション、ブラウザーで動くウェブ・サービス、人と人を繋ぐソーシャル・ネットワークやオンラインゲームなど、それまでのソフトウェアとは根本的に異なる、インターネットを活用したソフトウェアが数多く誕生し、旧来型のソフトウェア・ビジネスを駆逐しました。
それらは、単に、既存のソフトにインターネット機能を追加しただけものではなく、インターネットの存在を前提にゼロから設計し直した“Internet-Native”なソフトウェアやビジネスである点が、とても重要です。
今まさに、「人間の言葉を理解するAI」の誕生により、まったく同様のことが起ころうとしているのです。単に、既存のソフトウェアにAI機能を追加したものではなく、「人間の言葉を理解するAI」を前提としてゼロから設計した、これまでとは根本的に異なる“AI-Native”なソフトウェアやビジネスが世界を席巻する時代が来ようとしているのです。
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AI-Nativeの実例(1)英単語帳・辞書アプリ
分かりやすい例が、私がオープンソースで開発を進めている(参照)、AI-Nativeな英単語帳・辞書です。
旧来型の紙の単語帳・辞書は、ページ数や製造コストの制約上、載せることができる単語の数が限られていました。
インターネットを前提とした単語帳や辞書は、ページ数による制約は受けないものの、コンテンツの制作コストは無視できず、単語の数には制限があるし、例文も限られています。新しいスラングや言葉の変化に対応できない、という弱点がありました。
「人間の言葉を理解するAI」を前提に単語帳・辞書を設計すると、コンテンツの制作コストは限りなくゼロに近いため、単語の数は無制限に増やせるし、例文・類義語・反対語なども豊富に準備することができます。
それどころか、例文をAIに流暢な発音で読んでもらう、医学用語など専門家しか使わない単語のページをユーザーからのリクエストに応じて(=オンデマンドで)作ることも容易にできます。
「辞書をひく」行為そのものをトリガーとして、その人に最適な「単語帳やフラッシュカード」を作って、そこで単語の勉強をしてもらうことも可能だし、その人が不得意な単語が頻出するポッドキャストをその人だけのために作ることも可能になるのです。
AI-Nativeの実例(2)Podcast配信アプリ
私が同じくオープンソースで進めている「AI-Podcaster」もAI-Nativeなソフトウェアの分かりやすい例です。
従来型のPodcastは、自分で台本を書き、自分で読む・話すことが前提で作られていますが、「人間の言葉を理解するAI」を前提に設計すれば、AIに台本を読んでもらうだけでなく、台本をすらAIに書いてもらうことが可能です。
発信者はプロデューサーとして、話すべきトピックを決めるだけです(それすら、AIに任せることが可能ですが、そうなると人間の出番はなくなってしまいます)。AIは翻訳も得意なので、複数の言語で配信するコストも限りなくゼロに近く、世界をターゲットにしたPodcast配信が、どこにいても行えるようになります。
Podcastを聴く体験も、AI-Nativeに設計することにより、根本的に改善することが可能です。これまでのように、「聴きたいPodcasterを探してsubscribeする」という不便な形から、Tiktokのように「ダラダラと聴いているだけで、自然と自分が聴きたいコンテンツが流れるようになる」体験を提供することが可能になります。
それ以外にも、設計段階から「人間の言葉が分かるAI」があることを前提に作ると、今までとは大きく違うものになるソフトウェアやサービスがたくさんあります。
「制作コストがゼロになる時代」を想像せよ
注目すべきなのは、上の両方のケースに登場する「(辞書の項目や音声コンテンツの)制作コストが限りなくゼロに近くなる」という部分です。AIは、単に人の代わりに知識労働をしてくれるだけではなく、そのコストを限りなくゼロに近づけてくれるのです。
無尽蔵の知識労働を限りなくゼロに近いコストで素早く行ってくれるAIの誕生により、これまで不可避だった「コストや時間のために存在していた制約」が外れるのです。その外れた制約のおかげで可能になるのが、AI-Nativeなソフトウェアやビジネスなのです。
セールスフォースは中長期的に市場を奪われる可能性が高い
少し前に、このメルマガでも触れましたが、CRM(Customer Relationship Manager)やERP(Enterprise Resource Planning)もAI-Nativeに根本から設計し直せば、導入も簡単になるし、コストも大幅に下げることが可能になります。
市場のリーダーであるSalesforceやSAPは、既存のソフトウェアにAIの機能を追加して来ますが、決してゼロから作り直すことはしないしできないので、中長期的には、AI-NativeなCRMやERPサービスに市場を奪われることは不可避だと私は見ています。
旧来型のエンタープライズ・ソフトウェアは、それぞれの顧客のビジネス・プロセスに応じた形にカスタマイズするコストが膨大でした。そのため、導入に数ヶ月かかることはザラだったし、ビジネス・プロセスの変化に柔軟に対応することは不可能でした。
「人間の言葉を理解するAI」「コードが書けるAI」の誕生により、必要なコードをその場で生成して実行することが可能になりました。コードの生成コストが限りなくゼロに近づけば、使い捨てのコードを必要に応じて作る柔軟なエンタープライズ・システムを作ることが可能になります。
莫大なコストと時間がかかるカスタマイゼーションは不要になり、ビジネスの変化にも、素早く柔軟に対応できるようになります。導入に数ヶ月かかるようなソフトウェアは、AIの誕生により「時代遅れな存在」になってしまったのです。
私は、1970年代からこの業界で仕事をしていますが、これほどまで大きな変化は3回しか体験していません。
- 1970年代後半:マイクロプロセッサ・パソコンの誕生
- 1990年代後半:インターネットの誕生
- 2020年代前半:自然言語を理解するAIの誕生
2000年代後半のスマホの誕生をここに加えたがる人たちがいるのは分かりますが、本当のイノベーションは携帯電話網による「常時接続インターネット」なので、ソフトウェア・アーキテクチャの面から言えば、1990年後半からスタートしたインターネットがもたらした大変化の一環と見なすべきなのです。
NvidiaやOpenAI、Metaを凌駕する覇者が誕生する可能性は十分
インターネットの黎明期には、Cisco、Yahoo!、Netscapeなどが著しい成長を見せましたが、インターネットの成熟と共に主役交代が起こり、今では、Amazon、Google、Meta、Netflix、(例外的な復活を遂げた)Microsoftが活躍する時代になりました。
AIの世界においては、NvidiaやOpenAIやMetaが大活躍をしていますが、この世界はまだ始まったばかりの黎明期です。今後、様々なソフトウェアやビジネスがAI-Nativeなものに置き換えられる時代になれば――(続きはメルマガでご覧ください)
(本記事は『週刊 Life is beautiful』2024年12月17日号の一部抜粋です。「$420に達したTesla株」「機械学習と人間の学習」「量子コンピュータが桁違いに高性能な理由」など全文(約3万字)はメルマガをご購読のうえお楽しみください。初月無料です)
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