経営統合が白紙となり、ホンダに見捨てられた格好の日産自動車。このドタバタ劇に強い既視感を覚えると語るのは、グーグル日本法人元社長でアレックス株式会社CEOの実業家・辻野晃一郎氏だ。ソニー時代にカルロス・ゴーン氏と個人的に交流があった辻野氏は、今回の破談について「20年以上前に、日本の家電産業を壊滅させた構造変化の大波が、今は自動車産業を襲っている」と分析。本稿で日産の何がダメなのかを分かりやすく解説する。(メルマガ『『グーグル日本法人元社長 辻野晃一郎のアタマの中』~時代の本質を知る力を身につけよう~』より)
※本記事のタイトル・見出し・太字等はMAG2NEWS編集部によるものです/原題:ホンダ・日産の経営統合破談に思うこと
プロフィール:辻野晃一郎(つじの・こういちろう)
福岡県生まれ新潟県育ち。84年に慶応義塾大学大学院工学研究科を修了しソニーに入社。88年にカリフォルニア工科大学大学院電気工学科を修了。VAIO、デジタルTV、ホームビデオ、パーソナルオーディオ等の事業責任者やカンパニープレジデントを歴任した後、2006年3月にソニーを退社。翌年、グーグルに入社し、グーグル日本法人代表取締役社長を務める。2010年4月にグーグルを退社しアレックス株式会社を創業。現在、同社代表取締役社長。また、2022年6月よりSMBC日興証券社外取締役。
なぜ日本の自動車産業は、家電産業の失敗を繰り返すのか?
ホンダと日産の経営統合の話が破談に終わりました。私の感覚では、現在の日本の自動車産業が置かれている状況はまさにデジャブです。すでに20年以上前に、日本の家電産業を壊滅させた構造変化の大波が、今は自動車産業を襲っているのです。
自動車産業が、今でも日本経済を支える基幹産業であることは言うまでもありません。
日本自動車工業会の資料によると、2022年の自動車製造業の製造品出荷額は前年より11.4%増の62兆7942億円、全製造業の製造品出荷額に占める自動車製造業の割合は17.4%、機械工業全体に占める割合は39.3%となっています。
また、2023年の自動車輸出金額は21.6兆円、自動車関連産業の就業人口は558万人で、我が国の全就業人口の8.3%を占めます。なお、これらの数字は国内生産分のみで海外生産分は含みません。
家電産業に続いて自動車産業がこのまま競争力を失っていくことになれば、もろに日本経済の死活問題に直結します。
“島国根性”丸出しで社内抗争に明け暮れた日産
そもそも、ホンダと日産の経営統合の話が浮上したのは、経営危機に陥っている日産に対して、EV事業をポートフォリオに加えたい台湾のホンハイ(鴻海精密工業)が食指を動かしていることに、経産省が危機感を強めて両社に働きかけたからとされています。
ホンダについては、 1月17日に配信した第91号で、ソニーホンダモビリティのAFEELAを取り上げた際に少し触れましたので、今回は日産について思うことを書いてみたいと思います。
日産は、昔から労働争議や社内抗争などが活発で企業ガバナンスに問題があり、労組のトップだった塩路一郎氏が「天皇」や「労働貴族」等と呼ばれて同社の経営や人事に絶大な影響力を持っていたことなどが良く知られています。
その後、1985年のプラザ合意による円高誘導が引き金となって、翌年上場来初の赤字に転落、1990年代には深刻な経営危機を迎えます。
カルロス・ゴーン氏でも正せなかった日産の内輪揉め体質
そして1999年、倒産を回避するために仏ルノーの資本参加を受け入れ、カルロス・ゴーン氏が再建屋として送り込まれました。
ゴーン氏の下で短期間のうちにV字回復を果たしましたが、2008年のリーマンショックあたりから再び業績が悪化し始め、2018年にはゴーン氏が特別背任の疑いで逮捕されてしまいます。
この時にも背後には社内抗争があり、検察に介入させてゴーン氏を失脚させた首謀者とされる西川(さいかわ)廣人氏が実権を握りました。しかし、その西川氏にもほどなく不祥事が発覚して辞任に追い込まれ、その後に社長になったのが現在の内田誠氏です。
ただ、この時にもひと悶着あり、日本電産を経て現在はホンハイに転出している関潤氏が一旦次の社長に決まりかけたものを、ルノーの介入でひっくり返され、なぜかそれまでまったくノーマークだった購買部門出身の内田氏が選ばれたといわれています。
日産の歴史は、かくのごとく社内抗争に明け暮れてきた歴史とも言えますが、驚くべきは、内田氏が社長になった後も内紛は続き、当時の社外取締役で指名委員会委員長だった豊田正和氏(元経済産業審議官、既に退任)と、同じく社外取締役で監査委員会委員長の永井素夫氏(元みずほ信託銀行副社長、現任)なども激しく対立していたとされます。
会社が大きく傾いても内紛が止まらないのですから、まさに救いようがありません。沈みゆくタイタニック号の上で、ああでもないこうでもないといつまでも乗員が入り乱れて内輪揉めをしているようなものです。
ソニー時代の筆者に、ゴーン氏がくれたアドバイス
ところで、日産と私との縁ですが、私はもともと日産車が好きで、若い頃はスカイラインのGT-Rなどに乗っていました。当時はよく「技術の日産」と言われていましたが、無難にまとめている印象だったトヨタ車などに比べて、日産車にはいつもチャレンジしている印象があり、そういうところが自分と相性が合う気がしていたのです。
また、ゴーン氏が日産の立て直しをやっている時期には、同氏と個人的な縁もありました。最初の著作『グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた』で紹介したエピソードですが、ソニーで大赤字のカンパニーの立て直しを命じられた時に、当時東銀座にあった日産本社にゴーン氏を訪ね、彼の執務室で直接アドバイスを受けたのです。
詳細は同著に譲りますが、その時のゴーン氏からのアドバイスはとても有効でした。中でも忘れ難いのが、抵抗勢力の扱いについてでした。
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ゴーン氏の金言「Just ignore them(ただ無視しろ)」
VAIO事業の立ち上げに成功した後、IT系の私に新たに託されたミッションは、「テレビ村」と揶揄されていた伝統的で硬直した赤字AV(Audio/Visual)組織の大改革でした。
改革を強引に進めようとすれば守旧派のオジサンたちからあの手この手の凄まじい抵抗や嫌がらせを受け、かといって彼らの言い分を丁寧に聞き過ぎると、時間ばかり掛かって改革が一向に進まない、というジレンマに苦しんでいました。
ゴーン氏のアドバイスはただ一言「Just ignore them(ただ無視しろ)」というものでしたが、その言葉で吹っ切れて、テレビ村の大改革を推進するエネルギーになりました。
また、日産の第一印象を尋ねたときには、「問題だらけなので、大きなpotential of progress(改善の可能性)を感じた」という返答でしたが、私が担当したカンパニーも問題だらけだったので、このポジティブ思考にも共感してとても励みになりました。
彼と会った後、面会のお礼をメールで入れておいたのですが、その返事が今でも残っていますので、以下に原文をそのまま引用しておきます。
Tsujino-san,
Thank you for your very nice and supportive message. Meeting with you has been a flow of fresh air! It seems you are facing a very challenging situation. But I have no particular worry for you. Your open mindedness, your determination and your innovative thinking should be very valuable assets to help you overcome the difficulties. I wish you great success. Looking forward to see you again.
Regards,
C. Ghosn
以下和訳 by ChatGPT:
辻野さん、
とても素敵で温かいメッセージをありがとうございます。あなたとお会いできたことは、新鮮な風を感じるようでした!とても大変な状況に直面されているようですが、特に心配はしていません。あなたの柔軟な思考、決断力、そして革新的な考え方は、困難を乗り越えるための貴重な資産となるはずです。大きな成功をお祈りしています。またお会いできるのを楽しみにしています。
では。
C. ゴーン
ゴーン氏が逮捕された背景に何があったのか、同氏が会社の金を不正に着服するようなことを本当にしたのか、真相はわかりませんし、彼があのような形で日本からレバノンに逃亡してしまったことは残念に思っています。
もともとevilな面やgreedyな面があったのか、あるいはスター経営者として持て囃されていく過程で変質してしまったのかもわかりません。
しかし、私にとってのゴーン氏が個人的な恩人であることに変わりはなく、この短い文面を今読み返してみても、彼の温かく人を包み込むような人間性を懐かしく思います。
ホンダに見放された日産に残された「唯一の選択肢」とは?
仮にゴーン氏があのような形で日産を去ることなく、今でも日産の経営に関わっていたとしても、日産の状況が現在より好転していたかどうかはわかりません。
しかし、失礼ながら、どこからどう見てもミスター・サラリーマンといった風情の内田氏がこれ以上身の丈に合わない日産の経営を続けたところで、日産が良くなることがないのは確実と思えます。
今回のホンダとの経営統合に関しても、自社の立て直しに向けた数少ないオプションを活かす方向で社内をまとめ切れなかったというリーダーシップの無さや、切迫感の希薄さが伝わってきますし、内外にあらためてこの人の限界を晒したということだと思います。
経営危機を招いた責任を問われる立場にありながら、6億5千万円以上の役員報酬を受け取っていたことにも驚きました。
日本家電産業のその後を思えば、自動車産業もまったく楽観はできません。日産に限らず――(日産とわが国の自動車産業に残された選択肢とは?続きはメルマガでお楽しみください。本記事は『『グーグル日本法人元社長 辻野晃一郎のアタマの中』~時代の本質を知る力を身につけよう~ 』2025年2月21日号の一部抜粋です)
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辻野晃一郎氏の新シリーズ「ドナルド・トランプ氏は何をしようとしているのか?」好評連載中
メルマガ『『グーグル日本法人元社長 辻野晃一郎のアタマの中』~時代の本質を知る力を身につけよう~ 』で1月から、新シリーズ「ドナルド・トランプ氏は何をしようとしているのか?」がスタートしました。
日本のメディア報道はトランプ氏批判に極端に偏っており、その結果「予測不能で危ない男」「唐突に何をしでかすかわからない狂人」といったイメージが広まっているのが現状です。しかし、これはまったく誤った認識であると辻野氏は指摘します。
辻野氏自身、かつてはトランプ氏に嫌悪感を持っていましたが、いろいろと勉強し直した結果、今では考えをすっかり改めたと言います。イーロン・マスク氏と政府効率化省(DOGE)の狙いは何なのか?国際開発局(USAID)はどんな問題を抱えているのか?など、トランプ2.0革命の本質について毎号、信頼性の高い分析を配信中です。
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