新人議員への商品券配布問題で突如、活発化しはじめた「石破おろし」の動き。その背景には、もともと自民党の非主流派である「清和会(安倍派)の怨念」がありそうだ。米国在住作家の冷泉彰彦氏は、現在の状況は45年前と極めて似通っている」としたうえで、1980年のような“ハプニング政局”が起きた場合には大まかに3つのシナリオが想定されると指摘する。(メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:「ハプニング政局」の可能性を考える
2025年と1980年の日本は極めて似ている
日本の政局が流動化してきました。私はこのメルマガで「フラッシュバック」という企画を長く続けています。45年前の同月同日を回顧しながら、日本の近現代史における遠近感を確認するのが目的で、今はちょうど1980年3月の動きを調べています。
そこで驚かされたのが、現在と45年前の状況が極めて似通っていることです。(1)~(7)まで順番に列挙してみましょう。
共通点(1)自民党の非主流派「清和会(安倍派)」の怨念
総理大臣は現在は石破茂、当時は大平正芳でした。派閥の系統は異なりますが、石破氏も大平氏も「清和会」と厳しく対立する立場という点ではまったく一緒です。対立の経緯は少し違います。1980年の場合は、福田赳夫が総理になった際に「2年で大平に禅譲する」という約束をしていたのですが、それを無視して再選を目指し、大平は田中+中曽根と組んで福田を打倒。福田は深く怨念を抱いたのでした。
一方で、今回は裏金疑惑が出て、大平と同じ宏池会の岸田が清和会(現在は元安倍派)を徹底的に弾圧、解体に追い込んだことで旧安倍派の面々が、深く怨念を抱いているという構図です。
つまり、自民党内には非主流派として清和会系統のグループがあり、現政権に深く深く怨念を抱いている点がそっくりといえます。
共通点(2)与党全体の勢い鈍化
また、与党全体の勢いが鈍っているという点でも非常に似ています。現在はまず裏金疑惑があり、そんな中で岸田政権では選挙が戦えないということで、24年9月に総理総裁を石破にスイッチ。その上で、できるだけ早くしないと総理の新鮮味が消えるということで24年10月に衆院解散総選挙がありました。ですが、石破でも惨敗して、その結果として自民党内には不安、怒り、怨念が渦巻いています。
1980年の場合は、最初は少し違います。大平は2年で禅譲という密約を福田が破ったにもかかわらず、総裁選で勝って組閣。79年4月の統一地方選では大勝しました。そこで計算ミスを起こして「解散すれば大勝する」と思い込んで79年10月に解散総選挙をしましたが、惨敗。大平は辞任しませんでしたが、党内にはアンチ大平の雰囲気が立ちこめ始め、これが怨念の塊である清和会福田派を軸に渦を巻いていました。
共通点(3)「政治とカネ」に対する有権者の怒り
「政治とカネ」の問題で自民党政権への批判が燃え上がっている点も似ています。1980年の場合は遠景にロッキード事件があり、2025年の場合は、遠景には旧安倍派などの裏金問題があります。近景としては、80年には、浜田幸一のラスベガス豪遊問題に加えて、鉄建公団や国際電電のスキャンダルがありました。25年の近景としては、非常にセコい話ではありますが、石破事務所の「新人議員へのスーツ仕立券問題」があります。
いずれにしても、自民党に対して「有権者がお灸を据えたがっている」という点では、80年も25年もかなり似た状況があるわけです。
共通点(4)結束できない野党
与党の勢いが鈍ったということで、反対に野党が活気づいているのかというと「そうでもない」という点も似ています。80年の場合は、何といっても野党第一党の社会党がガタガタで、内部に「右派=公明/民社と組んで中道左派の結集を目指す」と「左派=あくまでソ連と連携して社会主義を目指す」という2つのグループがあって対立していました。したがって、野党の結集も難しかったのでした。
一方で、現在の野党は全体的には80年と比較すると保守に寄っています。ですが、その中身は「万博失敗と多くのスキャンダルでボロボロの維新」「野党なのに財政規律を目指す勢力とバラマキ優先で割れている立憲」「左のポピュリズムで手段を選ばないれいわ」「年収の壁などシングルイシューの中道ポピュリスト国民民主」などに分裂。その結果、少数与党の自公が政権を担うという変則になっています。
内部に対立を抱える自民党内で「うごめいて」いるのは、45年前も今も旧清和会であり、一方で野党はゴチャゴチャ、というわけです。45年の時空を経て、あらためて似たような状況が永田町に出現しています。
共通点(5)物価高による社会不安
社会のムードも似ているといえば似ています。確かに1980年というタイミングは、日本経済が絶頂期へと駆け上がって行く黄金の10年間の始まりではありました。ですが、ピンポイントの80年3月というタイミングで見てみると、イラン革命を端緒とした第2次石油ショックに翻弄されて、物価高が社会不安を起こしていました。
共通点(6)アメリカとの通商問題
外交の環境も似ています。まず日米関係が大変で、1980年3月という時期は、日米経済摩擦が激化の一途を辿る中で、大平の5月の訪米でカーターとの関係改善ができるかが焦点とされていました。この80年の状況においては、アメリカには日本を非難する理由が十分にあり、その一方で日本側ははるかに優秀な製品を高い生産性で安く提供しているという自負がありました。ですから、通商紛争には十分な理由もあれば、具体的な落とし所も可能性としてはあったのです。
一方で、現在の日米における関税の問題、USスチール買収の問題は、経済合理性としては「ウィンウィンの関係」による国際分業が成立している中で、アメリカ側が勝手にイチャモンをつけているわけです。知的産業には参加できない層が、グローバルな知的産業だけが繁栄しているのはずるいと感じています。そこでまず製造業の国際分業を破壊してみたら「面白い」という無責任な劇場政治が横行しているだけです。
そのような違いはあるのですが、日米関係に緊張があり、特に通商問題では高い交渉力が必要とされているという点は良く似ています。
共通点(7)米ロ(米ソ)関係に翻弄される日本
(7)軍事面の環境についても、まず中東問題に目を向けると、イラン革命の直後であった1980年と現在は日本がアメリカと中東の板挟みになっているという点で非常に似通っています。
トランプが突然に実施したイエメンのフーシ派への攻撃でも、日本船籍の艦船に被害が出ているという報道がありますが、日本は大声で抗議はできていません。日本外交がそれこそ45年前に必死になって支えた、PLOの武闘路線放棄とパレスチナ国家樹立が危機に直面する中で対立の構図は酷似しています。
また、特にロシアの問題では、1980年の場合は、できればロシアと激しく対立はしないで、モスクワ五輪に参加したかった日本と、ソ連のアフガン介入で激怒していたカーター(というよりブレジンスキー)の対立がありました。現在は、ウクライナを必死で支えたにもかかわらず、そのハシゴをトランプが外したことで、日本外交には困惑があるわけですが、アメリカとロシアの関係性に日本外交が翻弄されているという点では似通っています。
「1980年のドラマ再現」で最後に笑うのは誰か
というわけで、今回の石破問題を日本の政局問題として見た場合、現時点(つまり2025年3月時点)では、1980年のドラマ再現という展開が非常に心配されます。というのも80年のときは、5月に実にドラマチックに事態が転換したからです。(次ページに続く)
「1980年5月の再現」は起きるのか?
まず、1980年5月19日に、野党が内閣不信任案を出します。大平は余裕で否決できると思っていたようですが、細かなハプニングが重なった結果、なんと自民党の非主流派、つまり清和会福田派と河本(三木)派が衆院本会議を欠席してしまいます。その結果、内閣不信任案は「可決」となります。大平は翌日になって衆議院を解散、前回からわずかに8ヶ月しか経たない中で、解散総選挙になってしまいます。
面白いのは、ギリギリのところで中曽根康弘は、非主流派を見捨てて大平につき、これが回り回って将来の中曽根政権の実現につながることです。それはともかく、自民党内には激しい怨念が渦巻いていました。大平総裁はなんと、自分を追い詰めた非主流派を最初は公認しなかったのです。ですから、ある種の流れができていたら保守分裂もあり得た状況で、実際に公示後も選挙運動は一緒にできず「分裂選挙」の様相となっていました。
ところが、激しい選挙戦のまっただ中の6月12日に大平総理は心臓疾患で急死してしまいます。ショッキングな訃報に接して、自民党内は「大平総理の死をムダにするな」というスローガンで、なんと「一致団結」してしまいます。しかも、「大平殉職」ということで有権者の感情論は一変、選挙戦は「大平の弔い合戦」というムードになり、結果は衆参同日選での自民党大勝となりました。
大平の後継は同じ宏池会の鈴木善幸で、その2年後には5年間にわたる中曽根政権となります。政策の中身は的外れでしたが、少なくとも大平の死によって、自民党政権はハッキリ延命を実現したのでした。
2025年7月「衆参同日選挙」の可能性
さて、翻って現在、2025年の状況について考えれば、何よりも思い浮かぶのは「ハプニング解散」の可能性です。そして、何よりも今年は参院選の年ですから、まさに1980年のような「衆参同日選」になる可能性があります。
何よりも、衆議院に関しては与野党が逆転して少数与党になっています。ですから、仮に不信任案が出たとすると、「野党の一部が積極的に石破支持に回る」ということが起きない限りは可決されてしまいます。
特に危険なのが予算審議です。45年前の1980年の場合も、ハプニング解散の導火線となったのは予算審議でした。しかも、対立点は大した問題ではなかったのです。そう考えると、年収の壁問題で大ゲンカ状態の今回は、何が起きてもおかしくないとも言えそうです。
政局シナリオ(1)「決められない政治」がさらに悪化
では、仮にそうなった場合のシナリオですが、現状では、
「自民党はさらに議席を減らす。その一方で、野党の側には決定的な求心力となる勝者は出ない。参院も自公が減らして衆院の状態に接近する」
という中で、
「自公は、より厳しい少数与党になる。敗戦責任を問いたいが、こうなると総理の座が罰ゲームになるので、結局は石破続投」
という可能性が出てきます。そこで、石破氏としては何とか寝技を使って政権を延命するのがゲームのルールになります。そうなると、各野党と是々非々の駆け引きが大変になり、決められない政治という状況が続きそうです。
また、野党の構成としても、現在とは構成割合が代わり、国民民主とれいわが主導するかもしれません。そして、この両者は支持票の性格からして「フルタイム与党入りはできない」ということになりそうです。(次ページに続く)
政局シナリオ(2)旧清和会安倍派が復活、各党から合流で過半数超え
では、そのような「現状の構造の延長で、全体が悪化」というシナリオではなく、明確に「政権与党が多数になり、しかも公約が承認された形となって政治が前進する」というシナリオは描けるのでしょうか?
理論上は可能だと思います。その1つ目のシナリオは、
「旧清和会安倍派など、現在の非主流派が自民党を割る。その上で、大阪以外の維新、保守党など俗に言う保守勢力を糾合してグループを作り選挙で善戦する。結果的にこれに自民の残りの部分からの合流、大阪維新の連携、立憲右派の合流、石破を裏切った公明の合流などがあって、過半数超え」
というものです。つまり、保守色を前面に出したグループでまとまるというものです。
政局シナリオ(3)野党・石破の中道左派政権が誕生
また、さらに別のシナリオも想定可能です。
「立憲の左派、国民、れいわなどが意外に善戦し、石破と岸田がこれに乗り、中道左派のグループができて、公明もこれに乗っかる」
という流れです。
ただし、これは実現可能性としてはかなり薄そうです。というのは自民党の場合、党から飛び出すグループというのは「それまで党内非主流派で冷遇されてきた」とか「政治とカネの問題で悪者になっていた」ほうが主で、「飛び出すエネルギーを持っている」からです。
ということは、旧安倍派という怨念エネルギーを抱えたグループの方が、飛び出す勢いを持っているということになります。
というわけで、日本の「政局」が動いた場合、「現状の延長での悪化でズブズブ」「右派の軸でまとまり」「左派の軸でまとまり」という3つのシナリオがあるわけです。ですが、ここから先が大事なのですが、この3ついずれかの選択になったとして、多少の違いが出そうなのは、
「右派が軸になれば、選択制夫婦別姓が先送り」
「左派が軸になれば、原発再稼働が先送り」
ぐらいになると思われることです。でも実は今、政権選択の中で必要なのはそこではありません。そうではなくて、
「世論にある財政規律への敵意を受けて、財政を緩めるのか?あるいは壁の引き上げや子育て支援については何らかの増税で対応するのか?」
「トランプ政権の圧力を受けて、防衛費に関してGDP比で2.5〜3.0%を目指すのか?あるいは2%が精一杯だとしてアメリカに説明する<のか?」
という2つの点、これが重要です。
こうした点に関しては、漠然としてではありますが、財政規律については「右派は緩和、左派は財政健全化」という軸があり、防衛費に関しては「右派はアップ、左派はダウン」という軸がありそうです。(次ページに続く)
石破氏は総理大臣という「罰ゲーム」を攻略できるか?
ですが、実際の問題は深刻に過ぎるわけで、例えばですが、財政に関して国民負担を増やすのなら、国民にそう説明しなくてはなりません。また、国民にこれ以上の負担をさせないのであれば、財源を示さなくてはなりません。どちらもイバラの道が待っています。
防衛費もそうです。増額がイヤなら、総理になった人はトランプを説得しなくてはなりません。反対に、増額を飲むのなら、その財源を示して国民を説得しなくてはなりません。こちらも左右どちらに転んでも罰ゲームという感じです。
そうなると、「イヤな思いをせず、そして自分の政治生命が瞬殺されるリスクを回避して、確実に議席を守る」ためには、総理大臣になるなどというのはまったくのマイナス行為になります。
そうではなくて、野党に回って部分連合などで「いいとこ取り」をするか、完全野党になって「反対の大合唱」に加わっていた方がいいわけです。
政治家になった以上は総理大臣になるのが「夢」だとか「本懐」だという時代もありましたが、どう考えても現在は反対です。総理大臣という椅子は罰ゲームになっています。この点について、石破茂という人がとことんまで理解することができれば、どこかに道が開けてくるのだと思います。
今回の新人議員に対するスーツ仕立券配付未遂事件もそうですが、別に石破氏がカネに汚い訳ではないと思います。また、この件の判断を迫られた際に、
「民主党も含めて歴代政権はみんなやってきたことだが、自分はあえて仕立券を配るのは止める」
と堂々と発言する権利はなかったのだと思います。(次ページに続く)
「石破よりも最低な政治家」と言えば…
かといって、この2025年3月の世論が、「じゃあ、石破さんはかわいそうな立場なんだ」などと物分かりの良い受け止めをするかというと、それは不可能です。
国が沈みつつある中で、誰もが自分の生活を守るのに精一杯だからです。
そうではあるのですが、こんな最悪の状況の中で、依然として
「パーシャル与党でいいとこ取りをすれば、次の選挙も、その次の選挙も安泰」
などと思っている人々。あるいは、
「国民に不満がたまっている中では、野党として思い切りほえるのが有利」
と思っている政治家は、やっぱり最低なのだと思います。
そうではなくて、過酷かつ巨大な現実の中で、少なくとも諸課題を選択可能なオプションに持っていく努力をしている人が、必要なチェックを受けつつも、必要な権限の委任を受けるためには何をどうしていったらいいのか?が重要です。
その重たい解題は、我々にも突きつけられているのだと思います。
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※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2025年3月18日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。今週の論点「役割と関係性、見た目と日本語の問題」や連載コラム「フラッシュバック80」、Q&Aコーナー「抑止力のハードとソフトについて」もすぐ読めます
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