相互関税を巡り、中国に対して強気一辺倒だったトランプ大統領。しかしここに来てそのトーンは急速に弱まり、習近平政権に対して歩み寄りの姿勢を見せるに至っています。今回のメルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』では著者の富坂聰さんが、トランプ氏が態度を変化させた背景を解説。さらにさまざまなシーンで想像を超えるスピードで進む、「中国のアメリカ離れ」の現状を詳しく紹介しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:トランプ関税で予想以上に加速される「中国のアメリカ離れ」を象徴する上海モーターショー
予想以上に加速する中国のアメリカ離れ。上海モーターショーでも露見した逆らえぬ流れ
ゴールデンウィークを先取りして日本にやってきた中国人と話をして驚かされた。彼らの対米感情が急速に悪化していることが手に取るように分かったからだ。
どんな強烈なチャイナ・バッシングを浴びても、政治的逆風にさらされても揺るがなかったアメリカへの憧れ。それが、まるで憑き物でも落ちたように失われてしまったのだ。
何が起きているのだろうか。
確かに、トランプ関税は中国人民を共産党の下に団結させた。これが習近平政権にとって大きな追い風となったことは、このメルマガでも指摘したとおりだ。
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だが、冒頭の話題は、それとは区別して考えなければならない。
前者がアメリカへの「反発」だとすれば、後者はアメリカに対する「見切り」と呼ぶべき感情に近いからだ。
「若い人はとくにそうです。留学先で差別されたり嫌われるだけならまだしも、もはや安全も確保できなくなってしまった。そうなると、あんな高額な学費を払ってまで行く価値が本当にあるのかと、根本的な問いが広がってしまったのです」
そう語るのは上海出身の30代の女性だ。
別の男性は、「現実問題として、もうアメリカがなくても困らないことが分かってしまった。スマートフォンもパソコンもアプリもAIも自動車も、すべて中国製で間に合うのです。逆に、『これがないと困るアメリカ製品』は何かと問われても思いつかない。中国人はトランプ2.0の関税攻勢によって、そのことを改めて知ってしまった」
トランプ政権が中国に打ち出した145%という相互関税は、スコット・ベッセント財務長官も「実質的な禁輸措置」(非公開の会合で語ったと複数の米テレビが報じた)と認めたように実質的な米中貿易の断絶であり、世界経済を混乱させた。
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中国に歩み寄らざるを得なくなったトランプ
その揺り戻しか、4月22日にはトランプ自身も「145%の関税は高すぎる」との認識を示し、その後「そこまで高くはならないだろう。大幅に下がるだろうが、ゼロにはならない」(CNNなど)という見通しを語りと中国の関係の修正を試みた。
トランプ関税は、ほぼ全世界を対象とした相互関税が株価の乱高下や債券市場の動揺を招き、調整を余儀なくされた。その後、ベッセントが「『同盟国と貿易協定を結び、その基盤を築いてから、中国に対して不均衡な貿易構造を是正するよう集団でアプローチする』との構想を示し」(Bloomberg 4月9日)、関税政策の意図が、あたかも対中包囲網であったかのように軌道修正されたが、それも束の間、今度はその対中関税での歩み寄りが示された形だ。
トランプ政権内部からは「トランプ大統領は中国に対するスタンスを軟化させたわけではない」(キャロリン・レビット報道官)とか、「トランプ大統領から一方的に対中関税引き下げ案を提示することはない」(ベッセント)と、あくまで強気な姿勢を崩していないとの情報が発信され続けているが、態度の変化は明らかだ。
なぜトランプは変わったのか。
米メディアの多くが指摘するのは、発言の前日(21日)に行われた企業トップらとの会合の影響だ。
集ったのはウォルマート、ターゲット、ホームデポといった巨大小売りチェーンのトップである。3人がトランプに伝えたのは、「(中国との貿易戦争のような状況が続けば)数週間で店の棚から商品がなくなってしまう」という彼らの危機感だった。
実際、先行き不透明感が漂うなか、中国の製造現場からは「アメリカからの注文がキャンセルされた」という嘆きの声が多く伝えられている。
これが中国へのダメージとなっているのは言うまでもないが、その一方でウォルマート、ターゲット、ホームデポのトップが懸念したように、巨大小売りチェーンの棚から商品が消え、値段が一気に吊り上がるような事態に陥れば、アメリカ社会に大きな不安が広がることは避けられない。
GDPの70%以上が個人消費というアメリカ経済にとれば、中国が被る以上のダメージとなりかねないのだ。
一方の中国は、対米貿易で行き場を失った商品を国内でさばくための支援策に政府が力を入れてきた。現在、6つの電子商取引のプラットフォームが国内販売の窓口を開き、6,000を超える商社とつながり、対米貿易のマイナスを補おうとしている。
中国が今回の米中関税戦争にあまり慌てていないように見えるのは、実はこうした体制を8年間かけて整えてきたことがある。
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上海モーターショーでもうかがい知れる米中分離の進行
また現実に米中の分離が進んでいる実態は同時期に開催された上海モーターショーからもうかがうことができるのだ。
以前から話題の「5分の充電で400キロメートル走行できる」技術や、1,000キロメートル走行可能な電池などが注目を浴びたモーターショーでさらに大きな話題を呼んだのは、日中、中独の技術の融合だった。
例えばトヨタ自動車は車の頭脳である基本ソフト(OS)に中国の通信機器大手の華為(ファーウェイ)を採用。ドイツのBMWと日本のホンダは、車内の機能をサポートする人工知能(AI)にDeepSeekを選んだというニュースである。
新エネルギー車の生産のためには中国のIT、AI技術の活用が不可欠であることを世界に知らしめたのである。
かつてこのメルマガでも触れたように、ドイツの企業は早い段階から中国の技術を抜きにEV(電気自動車)生産は成り立たないと見切り、中国シフトを強めてきていた。
日本のメディアの一部には、そうしたドイツを「危うい選択」とネガティブに報じる傾向があった。しかし最終的には日本もその戦列に加わらざるを得なくなったのである。
自動車産業という視点からも、中国にとってアメリカは決して不可欠な存在ではない。
米ABCテレビは25日、中国からロサンゼルス港とロングビーチ港に届くコンテナが来週から29%も減少すると嘆いた。中国CCTVによれば今年3月、従来アメリカから大量に輸入していた小麦と天然ガスがついにゼロとなり、綿花の輸入は90%も減ったという。街中のレストランで出される牛肉もアメリカ産からオーストラリア産へと急速に切り替わっている。
こうして加速されてゆく「アメリカ離れ」は、米中対立が緩んだ後に簡単に回復することができるのだろうか。
(『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』2025年4月27日号より。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をご登録ください)
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