「JTC(Japanese Traditional Company)」という言葉を聞くことが増えてきた。直訳すると「伝統的な日本企業」。あたかも昭和のごとき奇妙な文化、慣習、非効率性をあわせもつ本邦大企業を揶揄した略語だ。ただ、巷のJTC批判の多くは「JTCあるある」にとどまり、あるあるネタの羅列と無言の共感に終始してしまっている。それではいけない、と憂慮するのは米国在住作家の冷泉彰彦氏だ。(メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:JTCの謎、しっかり解けば問題が見えてくる
恐怖の日本型組織「JTC(Japanese Traditional Company)」を徹底解剖!ムリだと思ったら早めに脱出しよう
日本の多くの企業では新年度に入って1ヶ月が経過したと思います。この間にはGWもあり、新しい環境について冷静に確認する時間があった方もいるかもしれません。組織としても、少なくとも1年分の新旧が交代していることと思います。
そんな中では、組織が少なくとも改善の方向にあるのかという問題について確認が必要です。また、新しく職場に入った方、移った方の中には、その環境に対する違和感の「正体」について疑問を感じている場合もあるでしょう。
反対に、同じ組織に在籍し続けている方で、新しいメンバーを迎えた場合には、その組織の保守性と新メンバーがフリクション(摩擦)を起こしている場合もあると思います。
いずれにしても、日本型組織の問題を考え直すのには良いタイミングだと思います。そうした日本型組織について、民間企業を対象とした「JTC」という呼び名があり、Japanese Traditional Companyの略だそうです。
英語的には JTC より TJC のほうがしっくりくる語順のようには思いますが、それはともかく、ある種の日本型伝統企業を示す用語として「JTC」は定着しています。
もちろんこのJTCに対しては、ポジティブな視点ではなくネガティブな視点からの批判のほうが多いわけで、「JTCあるある」というような指摘なら、それこそネット上に溢れているわけです。
ただ、この「JTCあるある」ですが、非常に良くないのが「指摘」で終わっていることです。「あるあるだよね」「そうだよね」というネタの羅列と無言の共感が主となっています。その結果として、その「JTCあるある」空間からは、気づいたら優秀な人材は静かに消えていた、というオチが多く、それ自体が「あるある」だ――などということになっています。
これはマズいです。JTCに問題があるのは明らかだとして、現象がダメだと指摘するだけではまったく足りません。現象の背景には必ず原因や構造があり、それこそが「バカバカしい現象」を生み出しているのですから。今回は、そうしたJTCに特有の現象について、原因や背景にある構造をふまえて分析していきたいと思います。
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なぜJTCで働く人たちは「資料作り」に忙殺されるのか?
最初は資料作りの問題です。若手の多くが資料作りに忙殺されるとか、作っても作ってもダメ出しされて、いつまでも終わらないなどという話をよく聞きます。また、意味のない様式、たとえばフォントの指定とか2段組とか、絶対に1案件は1枚でとかいう「謎の縛り」があるというのもよく聞きます。
単なる社内会議の資料なのに、やたらにカラーを使ったり、見た目の派手さを狙わなくてはならないとか、別の会社では様式が決まっていて派手にすると怒られたりと、理不尽なルールも多いようです。
とにかく資料作りの手間は膨大であり、ストレスも多いのが現実で、そのストレスの多くが「資料作りにおける謎ルール」への違和感を抱えながらの作業に起因するものだと思います。
ということは、この「ルールの謎」を解明すればいいわけです。(次ページに続く)
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JTCで資料へのダメ出しが繰り返されるのは「上司も正解を知らないから」
まず、何度も繰り返されるダメ出しの原因は、上司の側が「自分が期待する資料の要件定義」を持たないまま作成を発注している点にあります。
つまり、上司の側に「資料のビジュアルや表現に関する要件」もしくは「資料でアピールしたい内容の具体化」について、あるいはその両方についての定義がないということです。
この「ない」というのにもいろいろな側面があり、慌てていて考えずに発注したという場合も、そもそも無能なので発注方法が分からないとか、作成側の作業が見えていないという場合もあります。
もっといけないのは、内容に関する関連知識がなく、何をアピールしたらいいのか良くわかっていないという場合です。
こうした場合には、自分に資料作成を発注(命令)している上司のスキルに大きな問題があるわけです。直属の上司に問題があるのですから、対応は基本的にそれほど難しくありません。人柄は良いのだが着任早々で関連知識がなさすぎるという相手なら、こちらがどんどん提案していけば着地点に行けると思います。
ただ問題は、スキルがないのに権力だけは付与されていると勘違いしている上司、つまり面倒な上司の場合です。
その場合は、あまり提案を強めにすると心理的にダークな方へ追い詰めてしまい、お互いに不幸になるので、一つの解決策はテンプレートにしても内容にしても、複数オプションとして提示して、相手に選ばせるというテクニックです。
後からダメ出しされて成果がムダになるよりは、こちらのほうがはるかに効率的です。自分で立案できないダメ上司でも、複数案を見せられて「選ぶのは自分」ということになると、そこで権限行使ができたように思って、メンタル的に問題を起こさずに素直に従ってくれるからです。(次ページに続く)
直属上司がまともなのに資料作りが大変なのは「経営陣が無能だから」
もう1つ別の問題として、資料を発注してくる上司は一定の理解もスキルもあるのだが、その資料を見せる相手に問題があるケースがあります。
たとえば、営業部長はいい人だが、担当役員が面倒な人なので、営業キャンペーンの企画を大げさにプレゼンしないといけない、しかもその資料のビジュアルとかに難癖をつけられやすいので要注意――というような場合です。
畑違いの分野から移ってきた担当役員とか経営トップ、例えばオーナーのダメ2世とかが、よくこういう問題を起こします。
では彼らは、どうしてプレゼンのビジュアルに難癖をつけてくるのかというと、内容そのものについて背景知識や判断スキルが「ない」ので、ビジュアルに難癖をつけるという権力行使を通して権威を誇示したがるのです。
本当はこの種の権力行使は権威を傷つけるのですが、それはともかく、スキルがないことによるダメ出しということになります。
この種の状況は本当に面倒です。多くのJTCでは、部長は部下に資料を作らせながら、役員やオーナーの悪口をタラタラ本音ベースで語って、妙な連帯感を醸し出してバカバカしい作業を一緒にやるというのが、「あるある」になっています。
ところが本当に厳しいのは、部長が役員とかオーナーに病的な忠誠心を持っていて、作業をさせる若手との間で「ホンネの上層部批判」ができず、ひたすら作業を一本調子で強いる場合です。
これを下手に受け止めたり我慢するとこちらが消耗してバカバカしいので、心の中で経営陣と部長をまとめて罵り続けてバランスを取るしかなくなります。この種の構図は、かなり悪質なので、会社脱出を考えたほうが良いかもしれません。(次ページに続く)
無駄な会議が大好きなのは「その会議が実は儀式だから」
次によく聞くのが「ムダな会議」という問題です。これには2種類あって、まずよく聞くのが「会議のための会議」というやつです。会議のための会議というと、ダジャレみたいに聞こえますが、実際にJTCでは、本当によくあるわけです。
例えば「年次経営計画発表大会」なんていうのが計画されているとします。普通なら期日と会場を決めて、人数に応じてセッティングを決めればいいだけですが、どっこい「経営計画発表」などということになると、まず事務局(総務とか経営計画室とかいう部門が多いです)が「一体どのようなフォーマットで、どこまで参加させるのか」という基本計画だけでなく、弁当がどうだとか、お茶はどうするというロジに至るまで、延々と会議をして検討を重ねることになります。
一方で、参加する方の各部門でも「来月の経営計画発表大会では、どのように発表するか」という問題について、部長以下で集まって延々と「あーでもない、こーでもない」と会議をするわけです。
この「会議のための会議」というのは、本当にムダな感じがしますし、そんなことに時間を取られるくらいなら「仕事をさせろ」という心の声が現場に充満することになるわけです。
では、どうしてこのような「会議のための会議」が生まれるのかというと、理由は簡単です。議論が目的ではなく儀式が目的だからです。
企業業績に直結する討議ではなく、その会議そのものが儀式であり、主催者の自己満足プラス権力誇示のために行われるのです。だからこそ、主催者は細部にこだわり、各部門は発表内容に頭を悩ませるのです。
非常に簡単なことです。「会議のための会議」があればあるほど、その会議は儀式性が強く、生産性は度外視されるということです。(次ページに続く)
誰も発言しない会議が存在するのは「黙っている人がキーマンだから」
もう1つのムダな会議として、参加者の多くが発言しない会議というものがあります。その場の中で、一番偉い人が延々と喋るだけで、その他も数名しか発言せず、その他大勢は話を聞いてメモを取っているだけ、そんな会議です。
例えば、外資系の企業からスカウトされて入ってきた「ばかり」の人が、その会議の中で「2番目か3番目ぐらいに偉い」ポジションを与えられて参加していたとします。すると「何だこの会議は、黙って聞いている奴がゾロゾロいる。ムダだから、連中は次回から出席させるな」などと言うことがあるのですが、実はこれは間違いです。JTCの法則をまったく知らないと言えます。
JTCの会議では、ベラベラ喋っている人には権力はあってもノウハウも情報も持っていないのが普通です。管理スキルもありません。管理スキルがあったら、まず現場や最前線から喋らせますが、そんな発想はないのです。そんな部長さんが、仮に1時間の部会を仕切るとします。そこで自分は10分だけ喋って、残りの時間は質疑応答とか現場からの問題提起などをさせたら、自分の無知無能をさらけ出して破綻してしまいます。
ですから、一方的に喋って終わりにするのです。もちろん、それでは実際の仕事は回りませんから、会議が終わってから古株を呼んで「この案件はまったく経緯が分かってないのでブリーフィングよろしく」とかヒソヒソやるわけです。また、現場も異議があっても、その場で言う権利はなく、会議後に根回ししつつジワジワ進めるという感じになります。
これにも簡単な公式があります。それは「黙っている人が多い会議では、その黙っている人にノウハウと情報がある」という法則です。(次ページに続く)
独自の企業風土に頼るのは「実態が違法スレスレだから」
次の問題は、JTCによくある「企業風土が強すぎてスキルが他社では応用が効かない」ということです。これも本当にJTCあるあるで、この問題については「ノウハウが各社で独自に進化しすぎている」ので、他社では応用が効かないと思っている人が多いようですが、まったく違います。
この独自の企業文化については、用語という問題もあります。例えば、製品をより高性能にしたり、製造方法を革新することを、昔のトヨタでは「カイゼン」と言い、松下(後のパナ)では「良化(りょうか)」と言っていました。1980年代ぐらいまでは、トヨタで良化といったり、松下で改善とか言うと、こっぴどく怒られたらしいです。
独自の略語も多く、第2倉庫を「ニソウ」と呼んだり、関東研究所を「カンケン」と呼ぶとかいう内部ルールがあって、「にそう」って何ですか、とか尋ねると「お前は外様かバーカ」などと言われる、そんな文化もありました。
ちなみに、今でも一部の会社ではそうかもしれませんが、独自の社内用語があるということは、企業文化が強いので良いことだ、などという勘違い経営者がいることも、一種のJTCあるあるです。
まあ、この種のバカげたこだわりというのは、単に頭が悪いし効率が悪いというだけで、それ以上の弊害はないのかもしれません。弊害ということでは、多くの企業の「自己流経営」には、もっと深刻な問題があるのです。単にそこで獲得した経験知が他社では通用しないだけではない、深刻な問題です。
それは、その企業が違法ないし違法スレスレのグレーゾーンにある、ということです。特に、総務、経理、人事などの管理部門、いわゆるアドミの分野で「自己流経営」をやっている場合はほぼ9割がこれだと思います。
例えば、総務と経理が一緒に作る株主総会向けとか、株主向けの文書ですが、通常は会計事務所やコンサルの手を借りて、フォーマットに合わせていけば各社同じような作業になるはずです。
ですが、多くのJTCの場合はコソコソ、そしてコツコツと社内でやり、しかも独自の自己流プロセスでやっていたりします。おかしいのは、3月末に締め切った決算を、ちょうど今頃になっても必死になって残業しながらやっていて、株主総会のピークは6月だったりする、この異様な遅さです。その裏には、あの手この手で決算をよく見せたいとか、反対に悪く見せて節税したいなどの動機があります。
そこまでは企業ですから目的にかなっているとは言え、その方法論で限りなくグレーなことをやり、しかもやり続けるために「その企業でしか通用しない方法論」に仕立てるということがあります。経理部門の場合は、粉飾スレスレの会計処理の作業もそうですし、人事部門の場合は労基法違反を承知でコソコソ「ケチる」給与計算などは外注できないし、密告が怖いので社内で、しかも正社員だけで手作業でやっていたりするわけです。
とにかく、合法的にガラス張りの処理をするのなら、現在なら会計にしても、給与計算や労務管理にしても、出来合いのソフトがたくさんあります。日本でも外注処理を請け負う会社もたくさんあります。ですが、違法スレスレのゾーン、あるいは完全に違法なゾーンで仕事をして、チマチマと金をケチったり、経営陣の不正を隠し続ける必要がある場合は、まったく別です。透明な処理はできないし、そもそも合法的な定型処理には馴染みません。そこで企業独自の進め方ということになるのです。(次ページに続く)
JTCで働き苦しんでいる人には「3つの選択肢」がある
第三者の目からみれば、悪事は全部ゲロして当局に怒られて、しかるべき罰金を払ってでも、そうした「勝手な進め方」を清算して、標準化と自動化もしくは外注化をしたほうが結局はずっと安くつくケースは多いと思います。
ですが、それをやってしまうと、先輩たちの罪状を暴き、名誉を奪うことになるので無理――これもJTCあるあるだと思います。
ちなみに、IT部門の場合などは、脱法的な勝手路線でケチるというよりも、大人の事情で効率化できないという事情もありそうです。合併したら、顧客データベースも商品データベースも統合して、新システムでスッキリなどという「合理的な」経営はできないので、2つの会社のメインフレームを維持するなどの場合です。その場合は、だましだましデータのコンバートをかけてつなぐわけで、いつまでたっても効率化はできないし、例外的な処理を延々と続けることになります。
さて、今回はこのあたりにしておきますが、最後にもう一度整理してみましょう。
Q:「JTCでの資料作成にはどうして何度もダメ出しがされるのか?」
A:「読む人、つまり上司や経営陣に前提となるスキルが不足しているから」Q:「JTCでは、どうして会議のための会議が多いのか?」
A:「会議がガチンコの決定機関ではなく、儀式だから」Q:「JTCではどうして大勢が黙っている会議が多いのか?」
A:「スキルと知識のある人には発言権がなく、無能な上司だけが喋って権力を誇示する場だから」Q:「JTCでは、どうして他社で通用しない企業独自のスキルしか身につかないのか?」
A:「JTCの多くは違法スレスレ、または違法な業務、あるいは大人の事情で切れない部分を抱えており、これを変革できないから」
単純化しすぎの印象もあるかもしれませんが、多くの場合はこれらの法則に当てはまると思います。
では、このようなJTCあるあるの「恐ろしい原因と構造」に自分が直面した場合にはどうしたら良いのでしょうか?多分、その先は3択なのだと思います。
- 「一刻も早く逃げる」
- 「戦略戦術を練り、同志を集めて権力を奪取して企業を改革する」
- 「専門分野のキャリアに徹して、ヤバい部分には関与しないようにする」
この3点からの選択になるのではないでしょうか?
※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2025年5月13日号「JTCの謎、しっかり解けば問題が見えてくる」の抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。今週の論点「何とかならないのか絶望的な鉄道の工期」もすぐに読めます。
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