世界中を混乱させた米トランプ関税ですが、中国との報復合戦の末、その結末は「勝者なし」というあっけないものでした。メルマガ『j-fashion journal』の著者でファッションビジネスコンサルタントの坂口昌章さんは、この米中貿易戦争が残した「傷跡」を振り返りながら、両大国の暗澹たる未来の行末を予測しています。
米中貿易戦争に勝者なし
1.米中貿易戦争に勝者はいなかった
トランプ大統領による関税政策は、同盟国も含め、全ての国に関税を課す、という宣言で始まった。米国との貿易収支や米国が被った損害により、関税は細かく決められた。
特に中国に対しては、145%という異例の高関税を課した。直ちに中国も125%の報復関税で対抗。両経済大国が互いに刃を突きつけたこの戦いは、果たしてどのような結末を迎えたのか。答えは意外にもシンプルだ。「勝者はいなかった」。
この戦争は両国に深い傷を残し、グローバル経済の枠組みを不可逆的に変えた。本稿では、その全貌と今後の世界の行方を探る。
2.関税戦争の幕開けと曖昧な終結
2018年、トランプ政権下の米国は「貿易不均衡の是正」を掲げ、中国製品に高関税を課した。目的は製造業の国内回帰、雇用の創出、ハイテク技術の保護だった。
一方、中国は報復関税で対抗し、両国は互いの経済に打撃を与えた。結果、中国では対米輸出産業の工場が次々と閉鎖。米国では中国製部品の値上がりによる物価上昇と工場閉鎖が起きた。
そこで、両国は関税を115%ずつ引き下げることで合意した。トランプ氏は「中国市場を開放させた」と勝利を宣言したが、現実はそう単純ではない。この合意は解決というより、一時的な休戦に過ぎなかった。
3.サプライチェーンの崩壊と「脱・中国」の定着
関税が下がっても、壊れた経済構造は元に戻らない。中国は米国産大豆の輸入を減らし、ブラジル産を主要な調達先に切り替えた。米国企業は中国での生産を縮小し、ベトナム、インド、メキシコなどへ拠点を移した。ASEAN諸国への工場や雇用のシフトも進み、「脱・中国」は一過性の動きではなく、新たな常態となった。
サプライチェーンとは、信頼と安定性に支えられたインフラだ。一度壊れると、修復は極めて困難である。この戦争は、両国間の経済的相互依存を切り裂き、グローバルな生産ネットワークを再編した。
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4.米国の皮肉な誤算
米国が高関税を課した目的は、国内製造業の復活と雇用の回復だった。しかし、結果は予想外のものとなった。高関税によるコスト増を避けるため、米国企業は中国から第三国へ生産を移したが、米国本土には戻らなかった。人件費や規制の厳しさから、米国は製造業にとって魅力的な立地とは言えなかったのだ。
さらに、国内の雇用は増えず、消費者物価の上昇が生活を圧迫。「工場を戻す」という公約は、逆に自国企業を海外に追い出す皮肉な結果を招いた。米国が目指した「中国封じ」は、国内経済にも跳ね返る刃となった。
5.中国市場の「開放」という幻想
米国は「中国市場を開かせた」と主張したが、多くの外資企業にとって、それは幻想に過ぎなかった。中国市場には、政策の不安定さ、技術移転の圧力、共産党との関係構築という「三つの壁」が立ちはだかる。
外資企業は戦略を立てづらく、利益を持ち帰ることも難しい。香港やシンガポールの企業でさえ慎重になる中、米国企業が成功する可能性は低い。
日本企業が過去に直面した苦い経験が、それを物語っている。
6.痛みを分かち合った両国
この貿易戦争は、どちらの国も相手を屈服させることなく、痛みの共有を生んだ。中国では工場閉鎖と失業が広がり、外資の流出が加速。
米国では輸入コストの上昇とサプライチェーンの混乱が経済を圧迫した。中国は不動産バブルの処理に苦しみ、米国は物価上昇と財政赤字に直面。政治的には、中国はグローバルな孤立を深め、米国は内政の分断が顕在化した。
結局、両国は相互依存の「損切り」を進めたに過ぎなかった。貿易戦争は、経済的代償を払いながら、世界の枠組みを再構築するきっかけとなったのだ。
7.新しい世界の輪郭
米中の対立は、単なる貿易問題を超え、経済、軍事、技術をめぐる覇権争いへと発展している。今後、以下のトレンドが加速するだろう。
まず、サプライチェーンの「ブロック化」が進む。米国はNAFTAやインド太平洋経済枠組み(IPEF)を軸に、中国はRCEPやBRICSを基盤に、独自の経済圏を構築しつつある。
次に、半導体やレアメタルなど戦略資源の国産化を進める経済安全保障政策が各国で強化される。さらに、ASEANや南アジアが新たな生産拠点として台頭し、中国依存からの脱却が加速する。
企業には、政治リスクを考慮したバランス感覚が求められる。どの国で生産し、どの市場を狙うかは、経済的判断と政治的判断が絡み合う複雑な課題だ。
8.リスク分散と共存の時代へ
米中貿易戦争に勝者は存在しなかった。両国は経済的代償を払い、信頼とサプライチェーンの構造を失った。
グローバル経済は今、リスクの分散と現実的な共存を模索する新たな段階に入っている。この戦争が残した教訓は明確だ。経済的対立は、勝利よりも破壊を多く生む。世界は、より複雑で分断された未来に向かって歩みを進めているのである。
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■編集後記「締めの都々逸」
「大きな声より 静かに動き サプライチェーンは変わってく」
中国と米国、習近平とトランプは似てますね。どちらも、金で何でもできると思ってる。二人とも。モノづくりの心が全く分かっていない。
中国が世界の工場になれたのは、日本やドイツの指導があっての話。日本人が工場から消えたら、すぐに品質は下がります。弛まぬ努力がモノづくりには必要です。
中国も米国も製造業は向いていない。どちらもディールが大好き。ギャンブルも大好き。
日本は世界と付き合うのではなく、少数の親日国と共存共栄を考えた方がいいんじゃないかな。(坂口昌章)
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