昨年の衆院選に続き、先日の参院選でも大敗を喫した自民党。常識的に考えれば責を負い辞任の道を選ぶはずの石破首相ですが、続投姿勢を崩していません。その裏側にはどのような事情があるのでしょうか。今回のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』では元全国紙社会部記者の新 恭さんが、石破氏の「居座り」を許している与野党の思惑を考察。そのあまりに奇妙と言いうべき「パワーバランス」を解説しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:石破首相が“続投”宣言できた奇妙なパワーバランス
裏に透ける与野党の本音。石破首相が“続投”宣言できた奇妙なパワーバランス
予想されていたとはいえ、石破首相にとって衝撃的な結果となった参院選。「与党で50議席」という自ら設定した目標に及ばず、衆院に続いて参院でも自民・公明の議席が過半数を割ってしまった。
当然、石破首相は責任をとって辞任するべきところだが、開票当日のうちに早々と「続投」の意思を示し、翌日には記者会見を開いて正式に宣言した。
石破首相が語った続投理由はこうだ。
「国難といえる状況にあって、政治を停滞させないよう、比較第一党としての責任を果していきたい」
キーワードは「国難」「停滞」「比較第一党」である。トランプ関税をめぐる米国との協議など、国難といえる状況において政治空白(停滞)をつくるのは、参院選で39議席を獲得し、依然として議席が最も多い比較第一党を率いる身として、責任を放棄することになる。そのような“大義名分”を構築したわけだ。
ただし、それはあくまで表向きの発言にすぎない。石破首相にしてみれば、希望的な“読み”があった。
党内外の政治状況からみて、激烈な倒閣運動が起こるとは考えにくい。参院選後に決着を持ち越している米国との「トランプ関税」交渉をうまく乗り切り、一定の成果をあげれば政権を維持できるはずという、いわば“裏シナリオ”だ。
そのためには、いち早く「続投」を宣言し、米側が気にする「政権崩壊」がないことを“保証”したうえで、詰めの日米協議にのぞむ必要があった。
もちろん、「続投宣言」に対する党内の反発はかなり強い。メディアにコメントを求められた政治家たちは、責任をとろうとしない石破首相を次々と批判し、反主流派国会議員らの会合が活発化、地方組織からも退陣要求が続出している。
麻生太郎氏が周囲に「続投は認めない」と話したこともあって、メディアには「石破おろし」という言葉が躍っている。
党内からの圧力に耐えかねて、石破首相が「続投」をあきらめ、8月までには退陣表明をするという某新聞の観測記事も飛び出した。
しかし、石破首相は23日、自民党の総理経験者である麻生太郎氏、菅義偉氏、岸田文雄氏と会談した後、記者団に「私の出処進退は一切、話は出ていない」と述べ、報道を否定した。あくまで「続投」の意思は変わらないというわけだ。
石破首相が政権にしがみつこうとする本音の部分には、衆参で少数与党というこの異常事態に、ポスト石破を狙っていた実力者たちは尻込みするだろうという思惑があるはずだ。
もはや野党の同意なしでは一歩も動けない。法案を提出しても議院運営委員会で審議を拒否されたら「棚ざらし」や「廃案」になったりするだろう。予算案やその関連法案の可決ができなければ、政権は事実上の「統治不能」に陥り、総辞職に追い込まれる。内閣不信任決議など野党の「倒閣カード」はさらに威力を増し、政策決定の“自由度”は皆無に等しくなる。
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「今は政権をとりたくない」という野党の本音
このような事態に、あえて「石破降ろし」を仕掛けて火中の栗を拾おうとする自民党の実力者がいるかどうか。高市早苗氏が新総理になって、多数を占める野党とうまくやっていけるだろうか。安倍元首相の後継者を自任する高市氏は、立憲、共産、社民はもちろん、維新や国民民主とも距離がある。
小泉進次郎氏はどうか。改革派イメージはあるものの、実務経験が乏しく、党内基盤が脆弱。調整力にも疑問符がつく。古い政府備蓄米を安く売るパフォーマンスで“進次郎劇場”を盛り上げたとはいえ、一時的なものだった。
それなら、むしろ今の政権がマシ。退陣するほうが無責任。というのが石破首相の身勝手な考え方ではないだろうか。
衆院で少数与党になった昨年の衆院選後、石破政権は独自政策を突きつける各野党との個別の駆け引きをこなし、予算案も通し、内閣不信任決議案を出されることもなく、難しい局面を乗り切ってきた。
石破首相は維新の前原共同代表とツーカーの仲だし、立憲の野田代表とも財務省寄りの姿勢で波長が合う。森山幹事長は立憲の安住・衆院予算委員長ら野党幹部と良好な人間関係を築いている。石破首相を支えているのは、そんな“自負心”に違いない。
石破首相の“シナリオ”通り、日米の関税交渉は23日、合意に達した。トランプ大統領が「25%」としていた相互関税、自動車関税ともに「15%」という内容だ。莫大な対米投資を前提としているが、当然、石破首相は成果を強調する。
「関税より投資と、ことし2月のホワイトハウスでの首脳会談で私がトランプ大統領に提案して以来、一貫してアメリカに対して主張し、働きかけを強力に続けてきた結果だ。守るべきものは守った上で日米両国の国益に一致する形での合意を目指してきた。トランプ大統領との間でまさにそのような合意が実現することになった」
もちろんトランプ氏が勝手に数字をつりあげた「25%」に比べると、低くはなった。関係者はひとまずほっとしただろう。しかし、もともと日本車に対する関税は2.5%だったのだから、喜んではいられない。
これを経済界やメディアはどう評価するのかが、石破首相の最大関心事だ。内閣支持率を好転させ、「続投」の拠り所としたいからだ。しかし、強気一辺倒でもない。「交渉の成果を踏まえ進退をどう考えるか」と記者に問われると、石破首相はこう答えた。
「赤澤大臣が帰国し、詳細な報告を受ける。実行にあたっては、アメリカ政府の中で、必要な措置を取っていくことになる。そのあたりも含め、よく精査をしていきたいと考えている」
「精査をする」とはどういうことなのか。合意内容を精査するのは当然だが、合意に対する今後の世論の動向もみて、進退を考えたいという意味が含まれているのではないか。となると、「続投」といってもかなり短期になる可能性もあるわけだ。
そもそも、国民に「ノー」を突きつけられた政権がこれからも長く命脈を保ちうるとは思えない。衆参両院とも与党が「少数」というのは、政権崩壊寸前と言ってもいい状況だ。
1993年の総選挙後、瞬間的に自民党が両院で「少数」となったが、小沢一郎氏の画策で非自民の細川連立政権が成立し、政権交代した。だが今回は、野党側にまとまる気配がない。だからこそ、石破首相は21日に党の臨時役員会を開いて了承を求めただけで、たやすく居座りを決め込むことができた。
野党は野党で、今は政権をとりたくないのが本音ではないか。自民党から連立入りを持ちかけられても、支持者の反発を覚悟で自公の泥船に乗るとは思えない。むしろ野党としては、責任を自公に押しつけたまま、少数与党のもとでの政策実現をはかり、自公のさらなる弱体化につなげていく方が得策だ。
何かコトが起きて条件が変われば直ちに瓦解する石破政権
石破政権は与野党の奇妙なパワーバランスによって、かろうじて生きながらえているに過ぎない。何かコトが起きて条件が変われば、直ちに瓦解するだろう。
保守言論人の一部からは、いまも高市早苗氏の登場を待望する声が聞こえてくる。高市氏は参院選の応援演説で「私なりに腹をくくった。もう一回、自民党の背骨を入れ直す。そのために戦う」と述べ、メディアは“ポスト石破”への意欲を示したものと報じている。
だが、先述した通り、高市氏のタカ派的な政治手法や理念から考えて、野党の顔色をうかがうほかない弱体政権を担っていくのはかなり難しい。何もかもが思うに任せず、下手をすれば政治生命にもかかわりかねないのだ。
高市氏を支援するとみられる萩生田光一氏が自民党の佐藤勉経理局長と会談し、野党に政権を明け渡すべきだとの認識で一致したというのも、そのような事情があるからに違いない。これ以上、自民党が政権を担っても思うようにいかず批判がさらに強まるのは必定。ならば、野党に任せて失敗を誘うほうが賢明ということだろう。
与党も野党も、政権に及び腰なのだ。そんなことでは、石破政権という泥船をいつまでも浮かべているほかなくなってしまう。この国はどうなっていくのやら。
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