もはやその任が果たせなくなったと言われ始めて久しい国連安保理。事実、ウクライナ戦争やガザでのジェノサイドを前に無力さを晒しているのが現状です。果たして国連は、存在意義を完全に失ってしまったのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の「無敵の交渉・コミュニケーション術」』では元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、国連が抱える限界と可能性について分析・解説。さらに最新の国際情勢を踏まえ、日本を含む世界各国に求められる現実的な対応を考察しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:紛争調停役としての国連は役目を終えたのか?
不要論さえ囁かれる現実。紛争調停役としての国連は役目を終えたのか?
「国連は現在、果たすべき役割を果たしているか?」
石破総理が演説の冒頭で問うた内容です。
今年もまたNYの国連本部で国連総会ウィークが始まりました。
国連事務総長による演説に始まり、ホスト国であるアメリカ合衆国のトランプ大統領も演説を行いましたが、「国連は機能不全に陥った」と痛烈に批判し、アメリカ合衆国が音頭を取り、“第2次世界大戦のような戦争が二度と起こらないように、国際的な協調と法の支配に基づく国際秩序が必要”として創立された国連と国連主導の多国間主義に対して背を向ける姿勢を鮮明にしました。
国連創設から80年の節目を迎える今年の総会は、初めから協調よりも対立が目立ち、まさに複数の国際秩序が乱立するマルチ・オーダー時代(multiple orders)の世界へと変わっていく様子を鮮明にしたように見えます。
国連総会と並行して、気候変動問題を首脳級で話し合うClimate Weekも同時に開催され、今年ブラジルで開催されるCOP30を前に、気候変動問題に対する世界の協調の必要性と、各国による削減努力の強化、および激しさを増す気候変動による悪影響に対する適応の必要性が喫緊の課題として挙げられました。
ここ数年、気候変動対策、特に適応に対する資金の著しい拡大の必要性と、先進国の責任を問う声の高まりが、交渉をハイジャックしており、今後、国際協調枠組みの下で気候変動問題と言う世界的な課題を解決できるのか、運命を決める瀬戸際に差し掛かっているように思われます。
まさに国連を中心とした国際的な枠組みは限界を迎えているのかもしれません。
安全保障問題、特に紛争の調停という観点からは、イスラエルによるガザ侵攻と人道危機の深化を受けて、各国がガザにおける即時停戦と人道支援の再開、そして人質の解放を強く求める決議案を安全保障理事会に提出していますが、今年に入ってすでに安全保障理事会常任理事国であるアメリカが6度にわたって拒否権を発動し、トランプ大統領が非難する機能不全を他ならぬアメリカが招いていると言っても過言ではありません。
アメリカがイスラエル絡みの決議を悉く葬り去るのは、何も新しいトレンドではなく、イスラエル建国以来ずっと続く姿勢ですが、明らかな人道危機の発生と紛争の激化を目の当たりにしながらも、伝家の宝刀とも言える拒否権を連発するのは、国連を生み出した功労者たるアメリカが行うべきではないと感じています。
この記事の著者・島田久仁彦さんのメルマガ
アメリカの国連軽視が招いた中ロによる安保理の利用
ただ、拒否権を武器に自国の行いに対する非難を葬り去るのは、何もアメリカだけでなく、もう開戦から3年半が経過しているロシアによるウクライナ侵攻に対するいかなる決議案も、ロシアが必ず拒否権を発動しますし、一方的な非難を行う内容については、盟友である中国が拒否権を発動するか、または棄権するかという選択をするため、実質的にここ3年半ほどの間、国連安全保障理事会は、本来託された責任を果たせず、政治・外交的な紛争の場と化し、相互に非難合戦を繰り返すだけの場になってしまっている感が強いのですが、かつて安保理のお仕事も担当させていただいた身としては、議論が空転している間に、ガザやウクライナ、スーダン、ミャンマー(ビルマ)、中央アフリカ、そしてアフガニスタンなどで無辜の人たちが生命を奪われ、生活の安寧を脅かされている現状を前に、言葉では言い表すことができないほど危機感と無力感、そして虚しさを感じています。
トランプ大統領は演説の中でいみじくも「国連は私たちのために存在していないことに気付いた」と発言していますが、彼が意図している内容とは違うでしょうが、まさに現在の国連、特に平和と国際安全保障、そして紛争解決の番人であるべき安全保障理事会が機能不全に陥っている惨状は、“もう私たちのために存在する・働く国連ではない”と言えるかもしれません。
では国連はもう無用で解体されるべきなのでしょうか?
非常に複雑な心境を招く問いですが、YesとNoが混在する答えになるのではないかと考えます。
第2次世界大戦後、国連が平和維持への国際ルール作りで果たしてきた役割は否定できないでしょう。
戦後すぐに勃発した朝鮮戦争時には安保理が国連軍の創設を決議して“休戦”に寄与していますし、旧ユーゴスラビアの崩壊時にもThird Party Neutral(中立な第3者)として紛争の調停に乗り出しました(残念ながら共和国間の紛争の板挟みになり、物理的にも動けなかったというジレンマを露呈しましたが)。
そして今、アメリカが否定する国連安保理は、湾岸戦争時には米国主導の多国籍軍の結成に法的なお墨付きを与えました。
アメリカの対国連姿勢に変化が現れだしたのは、2003年くらいからでしょうか。2003年のイラクへの攻撃については、常任理事国が真二つに割れ、アメリカのブッシュ政権が国連を見限ってCoalition of the Willing(有志国連合)という形式を選択して、イラクへの爆撃およびフセイン政権の終焉に乗り出したのを境に、アメリカの国連軽視が鮮明化し、その後は国連にアメリカのリーダーシップが戻ってくることは無いように見えます。
その結果、ロシアと中国による安保理の利用が始まり、国連安保理の形骸化が叫ばれるようになっています。
とはいえ、人権や女性の権利向上、気候変動問題や持続可能な開発に向けた連帯、WHOのような国際保健衛生行政のような分野では、国連の枠組みは間違いなく加盟国間の議論と協議の場を提供し、最新の科学的知見の共有と、単独では対応できない世界的な課題に対する国際的なムーブメントを可能にしてきたことは評価できると考えます。
しかし、これらのThe UNと言われるような取り組みも、各国の利害がぶつかり、主張が先鋭化し始めるにつれ、WTO体制も、気候変動を話し合うUNFCCC体制も対立構造が目立ち、それはまた世界的な課題でもある海洋プラスチック問題への対応と協力を非常に困難にし始めています。
その背後には、自国第一主義を追求する各国の動きが存在し、それが同時に、国際的に物事を解決していく国連中心のシステムを弱体化させ、形骸化させ始めているのだと考えられます。
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UAEの「反イスラエル化」で起こり得る中東での全面戦争
そのような中でも、私としては国連中心の国際協調の最後の砦がGeneve Conventions(総称される国際人道法や、戦時に学校や病院などの施設に対する攻撃を禁じる条約)だと考えているのですが、このGeneva Conventionも今、国際社会によるイスラエルへの対応の前に、その意義が危険にさらされています。
これはイスラエルによるガザへの攻撃と人道支援の停止という兵糧攻めに対して、サウジアラビア王国やトルコ、ブラジルをはじめとする多くの国々と、人権理事会の独立調査委員会の報告書の結論にもあるように、イスラエルの行動をジェノサイドと認定し、イスラエルに即時対応を求める声が上がっていますが、イスラエルはそれを完全に無視し、アメリカもスルーするという暴挙に出ていることから、その体制が崩壊の危機に瀕しています。
イスラエルは2023年10月7日のハマスによる同時テロと人質事件をイスラエル国家に対する安全保障上の挑戦と捉え、自衛権の行使としてその後の苛烈な攻撃と人道支援の停止・妨害を正当化し、おまけに学校や病院などへの攻撃も「それらの施設がハマスの秘密基地として利用され、ハマスが一般市民を人間の盾として用い、イスラエルに対する攻撃の拠点として用いていることが明白であることと、そこにいる“一般市民”も恐らくハマスの構成員と言う証拠があることから、それらの施設への攻撃は、イスラエルの安全保障のためには不可欠であり、今後もやめる予定はない。ハマスの壊滅という任務をイスラエルは完結させる」として、Geneva Conventionの精神も法の支配によるルールも全面否定しています。
本来、法の支配の重要性を強調するアメリカ政府もイスラエルの肩を持ち、国連および国際司法裁判所、そしてGeneva Conventionを軽視する立場をとっているため、今、中東における悲劇はエスカレーション傾向にあると同時に、そろそろ堪忍袋の緒が切れるアラブ諸国の反イスラエル感情が高まってきているという、大変危険な状況が鮮明化しています。
そんな中、ついにアラブ首長国連邦(UAE)が激しいイスラエル非難を行い、「このまま我々からの要望に耳を貸さず、ガザにおける蛮行を継続し、さらにはヨルダン川西岸地区(West Bank)での入植を強行するのであれば、それは2020年のアブラハム合意の理念に反することになり、UAEとしては合意からの離脱も視野に対応する必要がある」として、イスラエルに圧力をかけ始めました(また9月25日には「イスラエルがガザにおける恒久停戦を成し遂げるまでは、ネタニエフ首相のUAEへの渡航は拒否する」との声明を出しています)。
アブラハム合意の存在がアラブ諸国からのイスラエル攻撃の抑止力として作用し、今、アラブ諸国を完全に敵に回すことができない(そしてトランプ大統領のレガシーを崩壊させかねない)イスラエルのネタニエフ首相は、極右の過激な姿勢を制して、入植計画の再凍結を宣言し、何とかアラブとの全面戦争を避けたいという動きを見せています。
ただミソはUAEの非難が王室でもなく、政策の責任を負う外務大臣でもなく、外務副大臣に国際的な場でさせたという点で、イスラエルに「まだ首の皮一枚残っている。今のうちにヨルダン川西岸の占拠と入植地拡大という国際法違反の行いを再考せよ」という最後通牒を送ったと見ることが出来ます。
これがいずれ首長や外務大臣による発言に代わった場合には、UAEはアブラハム合意を破棄し、GCC(湾岸諸国協力機構)の国々と共に反イスラエルの先頭に立つことになるかもしれません。
すでに盟友のサウジアラビア王国は、皇太子のモハメド・ビン・サルマン氏自ら「イスラエルの行いは疑いの余地なくジェノサイドだ」と対立姿勢を示していますので、UAEが反イスラエルに代わると、イスラエルとの本格的な対峙を止める存在がいなくなるため、中東地域での全面戦争も起こり得ます。
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悲惨な結果を招いたゼレンスキーの「中ロ非難演説」
その際、UAEは“隣国”イランを取り込んでおく必要がありますし、ワイルドカードであるトルコも引き込んでおく必要がありますが、その協議が今、ニューヨークの国連総会の裏で行われているようです。
本来はこのような議論は安保理で行うべきだと考えますが、もう安保理の地位と意味づけは形骸化し、いろいろな国々が、安保理を回避して、総会での決議(たとえ法的拘束力は生じなくても、圧倒的多数の意見と要請として示すことができる)にかける傾向が鮮明化していますので、そのための働きかけが昼夜問わず行われているようです。
この“安全保障理事会回避”の動きは、近年、どの分野でも鮮明化しており、主に途上国のグループ、グローバルサウスの国々から「我々の地球レベルでの運命を15か国の手に委ねるわけにはいかないし、15か国、特に常任理事国のP5に、私たちの今後を決めさせるわけにはいかない。国際的な広い総意と言う意味合いを持たせるために、あらゆる議論は総会で行われなくてはならない」という主張をよく耳にするようになりました。
今年の総会の委員会での協議の重要性は非常に高く、国連ならではのいろいろな案件が並行して協議され、総会の閉会時に採択されることになりますが、それに向けて、今季議長のドイツのベアボック元外相の手腕が問われています(ゆえに今回、イスラエル問題のみならず、ウクライナ問題でも、ドイツは表立って尖った主張は控えているようです)。
あと今回の総会に際して大きな変化が起きたのが、これもイスラエル関連のものですが、フランス、カナダ、オーストラリア、ポルトガル、そして英国がパレスチナ国家の承認に踏み切り、日本は今期での承認はしなかったものの、石破総理が「承認の可否ではなく、いつ承認するかの問題」と踏み込んだ発言を行い、イスラエルへの強い不快感と抗議の意思を鮮明にしたことでしょうか。
アメリカはこの動きを非難し、「国家承認が紛争の終結に繋がることは無い」と発言したり、新任の国連大使であるウォルツ氏も「国家承認と言うが、承認する主体がないのに、この動きは無意味だ」と発言したりしています。ただ世界の趨勢はpro-Palestineであり、イスラエルへの強い非難に傾いています。
ではウクライナ問題はどうでしょうか?
こちらもロシアの侵攻から早くも3年半たちますが、一向に解決の兆しは見えてきません。
トランプ大統領による仲介の労は高く評価できますが、平和構築の場であるはずの国連本部は、「欧州がウクライナに追加で軍事支援を行う」とか「NATOが支援を強化すれば、ウクライナが領土を回復できる(トランプ大統領)」といった内容の話が飛び交い、和平に向けた話し合いと言う本来の機能が全く働いていません。
ただ、ゼレンスキー大統領は相変わらずニューヨークにきて欧米の首脳にbeggingしていますが、総会の場ではかつてのようなゼレンスキーフィーバーは起こらず、彼の演説に対しても、また言い分に対しても大多数の国々は冷淡か関心を示さないという姿勢を取っています。
「ウクライナの問題は解決できないだろう」
「ウクライナよりも、今はガザだ」
「紛争には関わりたくないし、ウクライナ問題に注がれるリソース(人とお金)を途上国の開発問題や災害支援、気候変動などのグローバルな危機に振り向けるべき」
このような声が強く、一応、事務総長主催での首脳級特別会合は開催されたものの、各国の反応は薄く、ウクライナが窮状を訴え、同時にロシアと中国を強く非難することで、中国の激しい反応を招き、議論が紛糾して、結局非難合戦に終始し、何ら具体的な解決に結びつくような内容がなかったという、悲惨な結果に終わったようです。
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石破首相が堂々と語った民主主義と国際秩序維持の重要性
国連の場が、本当にトランプ大統領が言うように、形骸化し機能不全に陥っているのであれば、どんどん紛争調停の場は国連の外に移り、そこでは各国の利害が複雑に絡み合うため、決してニュートラルとは言えず、それが紛争当事国の安全を本当に保証するものにできるかは未知数と言わざるを得ません(一応、Multilateral Mediation Initiativeはニュートラルであるように努力していますが…)。
そのような中、観客は少なったようですが、石破総理の演説内容は的を射ていたという印象でした。
例えば「全体主義や無責任なポピュリズムを排し、偏狭なナショナリズムに陥らず、差別や排外主義を許さない健全で強じんな民主主義こそが、自由で開かれた国際秩序の維持強化に資する」という発言は、現在の混乱の国際秩序に対する警鐘であると思われますし、堕ち行く国連の存在意義に対して発破をかけているようにも聞こえました。
国際協調に基づく国際秩序をいかに守り、法の支配による安定を保証し、多極化が加速する国際社会において、日本がどのような働き・役割を果たしていくべきかという覚悟が見えた内容であったように感じました。
これから約1か月半の間、総会の下、いろいろなグローバルアジェンダが協議され、混乱する国際社会の中、いかに各国が手を取り合って困難な課題の解決に取り組むことができるかが試されます。創立から80周年を迎えた今年の総会において、国連はどのような姿を見せ、そしてその必要性を世界にアピールすることができるかが問われています。
石破総理は演説の中で「広島が最初の被爆地である事は歴史的事実であります。これは変わることがありません。しかし、長崎が最後の被爆地になるかどうかは人類のたゆまぬ努力と賢慮にかかっています」と述べました。
戦後かつてないほど対立構造が鮮明化し、国際協調体制が崩壊の危機にある中、核兵器がもたらす人類壊滅の危機が高まっています。
私は国連ファンとして、ぜひ国連に再度、紛争調停役の責任を果たし、国際協調のための話し合いの場としての役割を取り戻し、そしてより高い正当性をもって、再度、平和と安全保障の番人として機能してほしいと切に願っています。
以上、今週の国際情勢の裏側のコラムでした。
(メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』2025年9月26日号より一部抜粋。全文をお読みになりたい方は初月無料のお試し購読をご登録下さい)
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