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タイ政権移行の行方【フィスコ・コラム】

先月のタイ総選挙を受け、新政権発足に向けた協議の行方が注目されています。政権交代が実現すれば、極端な格差の是正で成長が期待できます。ただ、現時点で前途は多難で、軍事政権による政策運営で国内経済の先細りは避けられそうもありません。

タイ中央銀行は5月31日の定例会合で政策金利を0.25ポイント引き上げ、8年ぶりの高水準となる2.00%としました。声明では、輸出の改善で景気は勢いを増しており、国内総生産(GDP)は想定を上回るとの可能性を指摘。実際、今年1-3月期の成長率は前年比+2.7%と、想定よりも強い内容でした。インフレ指標はすでに中銀の目標レンジに低下したものの、今後の景気の過熱を見込んだ引き締めのようです。

中銀が警戒するのは、5月14日に行われた4年ぶりの下院選で野党が勝利し、新政権が発足した場合の消費ブームとみられます。王室改革を掲げ若年層から支持を受けた野党・前進党が第1党に躍進し、同じ野党の貢献党とともに6割近くの議席を獲得。貧困撲滅で今も人気のタクシン元首相の政治信条を受け継いだ両党は、プラユット政権を支える軍部中心の与党を上回りました。

現時点では前進党のピタ党首を次期首相の最有力候補に、第2党の貢献党をはじめ計8党による連立協議を進めています。ただ、中核となる前進党と貢献党は同じタクシン派でも王室改革の方針に違いがあります。国外追放されたタクシン氏の帰国を望む貢献党は国王の恩赦を求めるため改革には消極的で、「ピタ政権」が発足できても軍部や王室と対峙するにあたり最大の弱みになるでしょう。

また、「ピタ首相」の選出は下院議員500人と上院議員250人の投票で決めるため、過半数となる376票以上が必要になります。ただ、ピタ氏への投票は下院で8党の300人超にのぼるものの、軍部の意向を重視する上院では今のところ10人程度にとどまっています。野党勢力による上院の切り崩しが不調に終われば政権の移行は実現せず、政治の混迷がさらに深まる見通しです。

タイは1%の富裕層が国富の6割超を持つといわれる超格差社会。国民に深く敬愛されたプミポン国王が2016年に死去後、不人気のワチラロンコン国王が即位したものの、軍事政権下で貧富の差は拡大し続け反政府運動が激化していました。今回の下院選における前進党の勝利は、国民のこうした不満が背景にあります。政権交代が実現できなければ、歪んだタイ経済の正常化が再び遠のくでしょう。
(吉池 威)
※あくまでも筆者の個人的な見解であり、弊社の見解を代表するものではありません。

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