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イノバセル:便失禁・尿失禁の根治を目指すグローバルバイオテック企業

イノバセルの母体は、2000年にオーストリアのインスブルック医科大学からスピンアウトした細胞治療スタートアップ企業である。失禁領域をターゲットにした自家細胞治療(再生医療等製品)を研究開発しており、2026年2月に東証グロース市場へ上場した。グループは、日本の親会社(イノバセル株式会社、)がグループ統括機能・資金調達機能・上場企業として求められるガバナンス機能と日本国内における事業推進機能(臨床開発機能、商業化準備機能など)を担い、オーストリアの連結子会社(Innovacell GmbH)が研究開発機能(基礎研究機能、欧州における臨床開発機能など)と自社施設を活用したGMP製造機能を担っている。また、同社は自前パイプラインの開発と並行して「細胞治療・再生医療グローバルアグリゲーションモデル」にも取り組んでおり、アンダーバリューされた世界各国の再生医療シーズを探索・発掘し、自社グループで培った商業化プラットフォームに載せて商業化する構想を掲げている。

同社の失禁関連パイプラインの強みの1つは、競合の少ない独自ポジションにある。便失禁を対象とする自家細胞治療では米Cook MyoSite(非上場)などが知られる程度で、直接の競合は限定的である。失禁関連の医療領域には、米アクソニクスやメドトロニック、重症例向けではデンマークのコロプラストといった企業が存在するが、いずれもアプローチが異なる。国内の再生医療ベンチャーとして強いて比較対象を挙げればサンバイオとなるが、対象疾患もモダリティも異なる。また、グローバルアグリゲーションモデルを推進できる経験とスキルも強みとなる。日本のバイオベンチャーは大学の研究者が起業するケースが多いなか、同社のCo-CEO2名は前身のコンサルティング会社時代に再生医療の薬事・戦略の現場で多数のシーズに接してきた経験を持ち、彼らが支援したイノバセルは、海外のシーズを取り込みコーポレート・インバージョンスキームで日本に親会社を設立して資金や人材を調達して開発を着実に推進しているという点で、グローバルアグリゲーションモデル第1号として捉えることが可能である。Pre-IPOラウンド及びIPO(オーバーアロットメントを含む)で合計190億円の資金を調達した実績は、資本市場(特に海外機関投資家)への説明能力の高さによって裏打ちされている。そのほか、オーストリア子会社が長年蓄積してきた製造・規制対応のノウハウも他社との差別化点であり、GMP施設に関する当局査察への対応や日本の厚生労働省から取得した特定細胞加工物製造認定(アジア圏外で初)などの実績がある

同社グループのパイプラインは、ICEF15(切迫性便失禁、第III相)を主力に、ICEF16(漏出性便失禁、第I/II相準備段階)、ICES13(腹圧性尿失禁、第IIb相まで終了)の3本柱で構成され、いずれも共通の自家骨格筋由来細胞の基盤技術に立脚する。(ICEF16については自家骨格筋由来細胞をさらに分化・誘導して作製した骨格筋由来平滑筋細胞を用いる。)主力ICEF15の国際共同第III相試験(Fidelia試験)は、欧州11カ国と日本で計画290例に対し、2026年5月時点で236例(約81%)まで患者組入れが進捗している。加えて米国FDAへの治験開始届の提出も準備中で、開発がスムーズに進めば、日本と欧州でほぼ同時の承認取得も視野に入る。腹圧性尿失禁を対象とするICES13は便失禁を上回る巨大市場が見込まれ、ICEF16についてはICEF15との販売・マーケティング上のシナジーが期待されている。さらに、グローバルアグリゲーションモデルを通じた第2弾・第3弾のシーズ取り込みも検討中としている。

業績面は、製品上市前で研究開発費が先行するため、損失が続く局面にある。2026年12月期の会社計画は、事業収益10億円、営業損失33.37億円を見込む。事業収益10億円は日本における販売・マーケティング提携に伴う一時金収入を想定したもので、第4四半期での計上を計画している。同社はIPOで約117億円を調達しており、これは東証グロース市場バイオ企業IPOとして大型の調達となった。2026年3月末時点の手元現預金は116億円、純資産は101億円と財務基盤は厚く、日本国内にとどまらずグローバルでの開発をスピード感を持って進められる資金余力を確保している。投与・組入れの実績も積み上がるなか、同社はバイオベンチャー企業ではなくグローバルなバイオテック企業としての評価獲得を志向している。

現在の同社の主戦場は便失禁という、潜在患者が多い一方で受診率が低く、社会的に語られにくい疾患領域である。国内の潜在患者は500万人以上ともいわれ、QOL(生活の質)への影響が大きいにもかかわらず、患者が悩みを表に出しにくいという特性がある。主力パイプラインICEF15が対象とする切迫性便失禁の国内対象患者数は約12万人と推定されており、既存の治療には、外肛門括約筋の外科的療法(肛門括約筋形成術、仙骨神経刺激療法)などが存在するが、日本国内での実施は年間数百件程度にとどまるのが実情である。これに対しICEF15は、患者自身の骨格筋から採取した細胞を培養・増殖して外肛門括約筋に注入し、筋肉の再生によって機能の根本的な改善を図る自家細胞治療である。患者自身の細胞を用いるため免疫拒絶のリスクが小さく、注射で投与できて侵襲性が低い点が、外科的な既存治療に対する差別化軸となる。

同社は6月9日に、肛門失禁及び便失禁治療のための筋芽細胞に関する医薬組成物についての日本における特許査定受領を発表し、株価は急騰した。本出願はICEF15 に関するもので、特許査定は ICEF15 の日本における商業化可能性を高めるものとして注目される。ICEF15が上市に至った場合の事業規模感について、同社は国内対象患者約12万人に対しピーク時の年間患者獲得率を1割程度と置く考えを示しており、その場合は国内のみで年間1.2万人規模が当面の到達イメージとなる。注射で投与でき自家細胞を用いる治療には日本大腸肛門病学会の期待も寄せられているという。もっとも、便失禁は受診率が低い疾患であるだけに、患者・医師双方への啓発と診療導線の構築をいかに進めるかが、市場を立ち上げるうえでの鍵となろう。

上場後の株価は公開価格1,350円に対し初値1,248円と初値割れとなり、その後も軟調に推移、6月10日時点の終値で538円と公開価格を5割超下回る水準にある。グロース市場のバイオ全般に対するリスクオフと、IPO吸収金額の大きさが重荷となった構図で、第III相のトップライン公表前ということもあり、現時点での材料の織り込みは限定的である。主要株主には180日のロックアップ(2026年8月22日明け)が設定されており、その後の需給は次の焦点となる。もっとも、IPO参加者は機関投資家が5割程度を占め、長期保有を志向するロングオンリー系も含まれており、需給面で下支えとなり得る要素である。

総じて、イノバセルは、便失禁・尿失禁という未開拓の大型市場で根治治療を目指す希少なポジションを持ち、主力ICEF15の国際共同第III相試験が組入れの大詰めにあり、IPOで得た厚い手元資金を背景に開発を加速できる局面にある。また、中長期的にはICEF15上市後の市場立ち上げと「細胞治療・再生医療グローバルアグリゲーションモデル」を通じたパイプライン拡充に取り組むユニークなグローバルバイオテックとして期待が大きい。パイプラインの進捗状況と、今後のリリースに注目しておきたい。

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