中国はEV世界販売の6割を占めますが、その強みは安価なLFP電池にあり、次世代の全固体電池では事情が一変します。トヨタと出光の電解質量産発表に驚いた中国政府は2024年に開発の大号令を掛けましたが、出光が研究に着手したのは1994年で、20年もの差があります。CATL会長ですら開発は9段階中のレベル4と認めており、高純度硫化物の安定量産という壁は容易に越えられません。メルマガ『 勝又壽良の経済時評 勝又壽良の経済時評 』では、著者で元『週刊東洋経済』編集長の勝又壽良さんが、中国の電池戦略と日本の技術的優位を解説しています。
プロフィール:勝又壽良(かつまた ひさよし)
元『週刊東洋経済』編集長。静岡県出身。横浜市立大学商学部卒。経済学博士。1961年4月、東洋経済新報社編集局入社。週刊東洋経済編集長、取締役編集局長、主幹を経て退社。東海大学教養学部教授、教養学部長を歴任して独立。
日本「絶対優位」、中国を全固体電池で最大10年引き離す
中国政府は、EV(電気自動車)で世界販売シェアの6割(25年、IEA調べ)を占めている。その秘訣は、安価なLFP電池(後述)だ。日本など西側諸国が、リチウムイオン電池という正統派技術に拘っている間に、中国は亜流技術の「近道」を選んで成功した。EVコストの3~4割見当が、電池とされている。中国は、この電池コストで優位に立って、瞬く間に世界市場で不動の地位を占めるにいたった。
問題は、LFP(鉄・リン)電池やリチウムイオン(三元系:ニッケル・マンガン・コバルト)電池が火災事故を頻発させ、航続距離が500キロ程度と短いことだ。その上、給電設備が不可欠といういくつかの難点を抱えている。現在、世界的にEV需要が「溝」(キャズム)に落込んで、需要が伸び悩んでいるのは、ひとえに現行の電池性能の限界が抱える欠陥によるものだ。
EVが、この溝を跳び越えるには、次世代電池である「全固体電池」の登場を待つほかない。全固体電池は、電解質が現在の液体から固体に変るという「革命的変化」である。だが、極めて難しい極限技術とされている。
中国はこれまで、LFP電池の競争力に安住して全固体電池の時代が来るのは「遠い先」とみてきた。この結果、本格的な全固体電池開発に取組まなかったのだ。ところが、トヨタ自動車と出光興産が提携して、全固体電池の電解質の生産開始という発表に度肝を抜かれた。それまでの日本の全固体電池開発情報に対して、「偽情報」として信じなかったほどである。それが「真実」と知った2024年、中国政府が大慌てで全固体電池開発の大号令を掛けることになった。
中国が、トヨタ・出光による全固体電池開発情報を無視した背景は、LFP電池と比較して全固体電池が余りにもかけ離れた高度の技術であることだった。「いくら日本といえども、開発できるはずがない」と高をくくっていたのである。この挿話から分かることは、中国の電池開発がLFPに偏りすぎていたことだ。中国は、この状態から一斉に全固体電池開発に取組んだが、日本と比べて開発着手の時間差が余りにも開きすぎているのだ。出光が、固体電解質開発に着手したのは1994年。中国とは、実に20年もの差がある。
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中国全固体電池へ目標設定
中国産業政策を所管する工業情報化省、経済計画を担う国家発展改革委員会、交通運輸省、商務省、市場監督管理総局、国家能源局、国家鉄路局の政府7部門は9月、共同で「新型電池産業発展に関する第15次5カ年計画」を発表した。2030年をメドに、全固体電池で初歩的に規模化応用を実現する、としている。
政府発表文書では、2030年の目標が「初歩的に規模化応用」である。これは、何を意味するのか。文書では、次のような具体的な項目を挙げている。新型電解質技術の突破、全固体電池量産技術、コスト最適化、高性能固体電解質の量産である。これら項目から分かることは、「全固体電池の産業化技術を早期突破」である。2030年の段階で産業化技術は、まだ完成していないのだ。政府自身が、30年時点で産業化技術、新型電解質、コスト低減の諸点が完成すると見ていないことは明らか。慎重に構えているのだ。
全固体電池は、中国にとって単なる電池でなく、不動産に代わる国家戦略産業候補である。「世界的な競争優位性を全面的に強化する戦略的機会」との言葉を使っている。これは、かつての鉄鋼、太陽光パネル、EVと同じ言葉である。中国政府は、「全固体電池を次の国家戦略産業に指定した」という意味だ。中国が、高度の技術国家へ移行できるかを賭けた実験ともいえる。
中国における全固体電池の技術基盤は、極めて脆弱なものだ。全固体電池は、三元系の研究の延長にある。日本EVが中国EVの後塵を拝したのは、割高な原料である三元系電池に拘った結果である。中国EVは、割安なLFP電池を搭載して価格競争力を付けたのだ。皮肉なことに、中国はこのLFP技術依存によって、全固体電池技術に繋がらない技術系譜へ紛れ込んでしまったのである。
こうして、中国は三元系研究から再出発しなければ、全固体電池に辿り付けないという「悲運」に見舞われている。中国電池業界トップのCATLの曾会長は、次の点を明らかにしている(26年6月)。現在の「全固体電池開発はレベル4」である。「レベル9が量産可能段階」である。ここから分かることは、CATLですら開発9段階のうち、現状は4段階にあるという意味だ。レベル4とは、「研究室レベル」というのであろう。
CATL会長自身が、「性能とコストの両立が難しい」と明言している。これは、高い電池性能を維持しながら、量産化してコストの引下げを図ることの両立が困難という意味だ。出光は、既に30年間も試行錯誤を繰り返して、後述のように量産化を実現するまでになった。中国が、この気の遠くなるような過程を、研究着手してわずか数年で実現できると見るのは、余りにも楽観論過ぎるであろう。
全固体電池の電解質製法理解には、「化学的精錬法」の視点が必要であろう。半導体でも、砂からシリコンを超高純度精製して結晶へ成長させることが参入障壁とされている。全固体電池でも、硫黄・硫化リチウム・固体電解質・セルという工程がある。出光の場合、1990年代から硫化リチウム技術を蓄積してきたと公表している。競争の本質が、「高純度硫化物の安定量産」にあるなら、巨額資金を投下して一気に製品化へ「攻め上がる」中国方式と異質であろう。これまでの中国開発方式では、不可能な分野になる。
高純度硫化物の安定量産は、日本の化学的精錬法と同じ手法が当てはまる。一見、職人芸に見える「暗黙知」をデータ化して生産管理する方式は、日本の特技とされている。実は、半導体のラピダスも「暗黙知」をデータ化している。前工程+後工程を自動化して、歩留まり率を90%台という驚異的レベルに押上げている。これらは、日本の伝統的な製法をデータ化している結果だ。
出光が開発した電解質は、手触りが固くもなく柔らか過ぎることもない「絶妙の湿度」を保っているという。トヨタ自動車の当時の佐藤社長が、その湿り具合を絶賛している。トヨタも電解質を独自に開発していたが、全て出光に委託する決め手は、この「湿り具合」とされる。まさに、職人芸の暗黙知をデータ化したものである。日本の誇る「化学的精錬法」は、中国が絶対に真似できないものとされている。それは、暗黙知をデータ化するという「日本技法」が貫かれているのだ。
中国では、出光のような30年以上も硫黄化学研究蓄積を持つ企業が存在したか確認できない。この点が、化学的精錬法技術において日本が優位という裏づけにもなろう。全固体電池の電解質製法は、化学的精錬法に類似したものとすれば、中国がこれを乗切るのは極めて困難という予測がつく。化学的精錬法でも日本へ追い付けないからだ。中国は、日本が全固体電池開発で実績を上げていることを「偽情報」と断じたこと自体、すでに中国技術の「劣勢」が見て取れるのである。研究のスタート次元が、全く異なるからだ。
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経済記者30年と大学教授17年の経験を生かして、内外の経済問題について取り上げる。2010年からブログを毎日、書き続けてきた。この間、著書も数冊出版している。今後も、この姿勢を続ける。