マネーボイス メニュー

日本人の賃金はなぜ「バブル期以来の人手不足」でも伸びないのか?=斎藤満

政府が雇用賃金の改善を宣伝するのと裏腹に、賃金の低迷が続いています。この奇妙な現象は日米共通のものですが、日本の場合は数字以上に実態が悪いという「おまけ」つきです。なぜバブル期以来の人手不足の中でも、一向に賃金が伸びないのでしょうか?(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)

※本記事は、『マンさんの経済あらかると』2017年5月10日号の抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。

人手不足が最も深刻な運輸業ですら賃金が上がらないのはなぜか

「超完全雇用」下で低迷する賃金

人手不足でもなぜか賃金が増えません。この奇妙な現象が日米で共通してみられます。

4月の米国雇用統計では失業率が4.4%と、この10年に見られなかった超完全雇用と言われる中でも、平均時給の伸びは前年比2.5%増とまた減速してしまいました。

従来、雇用が改善する状況では賃金が最低でも3%ないし4%増えていたことから、この弱さに当局も首をかしげています。

そして日本も、政府が雇用賃金の改善を宣伝するのとは裏腹に、賃金の低迷が続いています。

【関連】年収400万円層が知らない本当のルール。富裕層になるたった1つの方法とは=鈴木傾城

厚生労働省が9日に発表した3月の「毎月勤労統計」によると、名目賃金の総計を示す現金給与総額が前年より0.4%減少しました。この間の物価上昇分を差し引くと、実質賃金は0.8%もの減少となり、実質賃金のマイナスが続いています。

しかも、日本の場合は「全体」の数字以上に実態が悪いという「おまけ」つきです。

例えば、現金給与総額は0.4%の減少となっていますが、正規雇用(一般労働者)の現金給与は0.6%減少し、非正規(パート)のそれは1.9%も減少しています。両者のウェイトから平均をとると、1.1%程度の減少というのが実態です。これは名目ですが、実質賃金の実態は1.5%程度の減少と見られます。

ところが、全体で名目0.4%、実質0.8%の減少と、実態より高めの数字になった理由は、給与水準の高い「正規雇用」の割合が昨年より高まり、それだけ「平均値」が高めになったことによります。

パートが正規雇用に転換して給与が増えたなら意味がありますが、1人ひとりの労働者からすれば、賃金は名目で1.1%、実質で1.5%減少した、というのが実態です。

日本では失業率が2.8%と米国よりさらに低く、企業の人手不足感もバブル期以来の高まりとなっているのですが、なぜ賃金が上がらないのでしょうか。

人手不足が深刻な運輸業ですら減少

ここで、象徴的な人手不足業界ともいえる「運輸・郵便」業の賃金について見てみましょう。

運輸・郵便業での所定内給与は、人手不足と言われる割に0.1%の増加に留まり、一方で所定外給与(残業代)はさすがに9.1%も上昇しています。ところが、業界の利益が高まらないからか、期末ボーナスなど、特別に支払われた給与は28.5%も減少しています。

この結果、この業界での名目現金給与総額は0.1%の増加に留まり、物価を差し引いた実質賃金は0.3%の減少となりました。

最も人手不足が深刻な業界でもこのような状況になっているのは、なぜでしょうか?

Next: 今のままでは「2%の賃上げ」など望むべくもない意外な理由



「生産性上昇率」の低さがネックに

賃金が上昇しない理由として、1つ考えられるのが、「生産性上昇率」の低さです。賃金上昇の源は生産性の上昇です。労働生産性が1%上昇すれば、賃金を1%引き上げることが可能になります。そこでは賃金を引き上げても収益を圧迫しません。逆に言えば、生産性が上がらなければ賃上げもできません

この労働生産性が、米国でも日本でも上昇率が低くなっています。米国ではこの1年の生産性が0.5%しか上がっていません。日本の場合、日本生産性本部調べの生産性は近年マイナスも見られますが、単位労働時間当たりの生産で見ると、年率1%程度の上昇となっています。日米ともに、これでは2%の賃上げなど望めません。

より深刻な日本の現状

しかし、ここから日米で対応が異なります。米国は0.5%の生産性上昇の中で、人手不足から平均時給が2.5%増加しています。この結果、企業の「単位労働コスト(ULC)」は2%の上昇となります。ULCが上昇した場合、企業がこれを製品やサービス価格に転嫁すると、物価上昇、インフレが生じ、価格転嫁できないと企業収益が悪化します。米国では価格転嫁企業が多く、2%弱のインフレになり、収益は堅調です。

一方の日本ですが、3月の現金給与が0.4%減少すると同時に、労働時間が1.9%減少しているので、時間当たり給与は1.5%程度の増加となります。単位労働時間当たりの生産を生産性とすると、これが最近1%程度上昇しているので、企業の単位労働コスト(ULC)は0.5%程度の上昇となります。米国の2%よりは低いのですが、その分インフレ圧力も低くなります。

日本も米国も、生産性の低い伸びが制約となって賃金が上げられないのですが、米国の場合はまだ価格転嫁が可能なほど、市場に力があるので、ULCを高めるほどの賃上げをしてもある程度価格転嫁で吸収できます。しかし日本の場合は、イオンの岡田社長が言うように、値上げによる業績悪化の経験をしているだけに価格転嫁に慎重になり、その分ULCを上げられません。

日本の場合、人件費が固定費の面が大きいところへ労働時間が減っているために、ゼロ賃上げでも「時給」が上がってしまい、それを生産性でカバーできないと単位労働コスト(ULC)が上がってしまう形になっています。

したがって、労働時間が減らない程度に需要や生産が拡大すれば、結果的に「時給」が低下し、生産性は逆に上昇の可能性があり、企業に賃上げの余地が生まれます。

目先ではなく長期の対策が必要に

もっとも、一時的な需要追加では企業も賃上げに踏み切れないでしょうから、より長期ビジョンで需要拡大が見込めるようなプランの提示が必要になります。

今からでも企業が納得するような人口対策(結婚、出産を奨励するもの)に手をつけるか、年金改革で将来不安を払しょくさせるか、何かしらの長期プランが必要です。
続きはご購読ください。初月無料です

<初月無料購読ですぐ読める! 5月配信済みバックナンバー>

・米利上げとトランプ政権の対応(5/8)
・北朝鮮問題を考える(5/1)


※本記事は、『マンさんの経済あらかると』2017年5月10日号の抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。

【関連】「影の支配者」D・ロックフェラーの死にほくそ笑むゴールドマンの戦略=斎藤満

【関連】アメリカのシナリオ通りに進む「韓国弱体化」と近づく朝鮮半島有事=斎藤満

【関連】額に汗して到達する「日本のトップ5%」年収1000万円を実現する思考法=俣野成敏

マンさんの経済あらかると』(2017年5月10日号)より抜粋
※太字はMONEY VOICE編集部による

初月無料お試し購読OK!有料メルマガ好評配信中

マンさんの経済あらかると

[月額880円(税込) 毎週月・水・金曜日(祝祭日・年末年始を除く)]
金融・為替市場で40年近いエコノミスト経歴を持つ著者が、日々経済問題と取り組んでいる方々のために、ホットな話題を「あらかると」の形でとりあげます。新聞やTVが取り上げない裏話にもご期待ください。

シェアランキング

編集部のオススメ記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MONEY VOICEの最新情報をお届けします。