マネーボイス メニュー

有事の円買いという都市伝説~「世界一の金持ち国」日本のパラドックス=矢口新

日本は世界一の対外純資産を保有していることから、世界一の金持ち国だと言う人がいる。一方、対外負債を見れば明らかだが、世界の富裕層からは見向きもされていない。(『相場はあなたの夢をかなえる ―有料版―』矢口新)

プロフィール:矢口新(やぐちあらた)
1954年和歌山県新宮市生まれ。早稲田大学中退、豪州メルボルン大学卒業。アストリー&ピアス(東京)、野村證券(東京・ニューヨーク)、ソロモン・ブラザーズ(東京)、スイス・ユニオン銀行(東京)、ノムラ・バンク・インターナショナル(ロンドン)にて為替・債券ディーラー、機関投資家セールスとして活躍。現役プロディーラー座右の書として支持され続けるベストセラー『実践・生き残りのディーリング』など著書多数。

※矢口新氏のメルマガ『相場はあなたの夢をかなえる ―有料版―』好評配信中!ご興味を持たれた方はぜひこの機会に初月すべて無料のお試し購読をどうぞ。

対外純資産と対外負債から透けて見える日本国と円の実態

世界一の金持ち国?

財務省の資料によれば、日本政府の債務残高は2016年末時点でGDP比232.4%と、経済規模との比較では、主要国中ギリシャやイタリアを上回る
※参照:債務残高の国際比較(対GDP比)

ところが、日本は世界一の対外純資産を保有しているので、日本は世界で一番の金持ち国だと言う人々がいる。そういった人々からは、日本政府の債務残高など取るに足りないことだと楽観視する声や、そのようなガセネタを元に増税を図る財務省はけしからんと怒る声が聞こえてくる。
※参照:平成27年末現在本邦対外資産負債残高

それでは、日本政府は貧乏だが、日本人は金持ちなので、安心していていいのだろうか? あるいは、国民の懐を当てにして、政府は今後も「年貢と雑巾はよく絞るほど出てくる」とばかり、増税し続けることを懸念すべきなのだろうか?

ここで問題としている対外純資産とは、対外資産残高と対外負債残高の差額だ。上記参照の財務省のページでは、それぞれ以下のように解説している。

<対外資産>

我が国の居住者が非居住者に対して有する、金銭的価値で評価でき、金銭の支払により履行を請求し得る資産。

<対外負債>

我が国の居住者が非居住者に対して有する、金銭的価値で評価でき、金銭の支払により履行し得る負債。

その内訳は以下の5項目だ。

1.直接投資

議決権の割合が10%以上となる投資先法人に対する出資、及び当該投資先法人との間における貸付・借入等。

2.証券投資

資産運用目的の株式及び債券投資。

3.金融派生商品

金融派生商品の受払未済残高額。

4.その他投資

例:貸付・借入、貿易信用の授受、現預金(預け金・預り金)等。

5.外貨準備

通貨当局の管理下にある、直ちに利用可能な対外資産。

(1)の直接投資は、対外資産が152兆円に対し、対外負債が24兆円と、純資産が128兆円ある。純資産のうち、株主資本が89兆円、収益の再投資が29兆円と、日本企業による活発な海外M&Aが主要因だと分かる。

(2)の証券投資は、株式・投資ファンド持分が、対外資産154兆円、対外負債187兆円と33兆円の純負債である一方、債券の対外資産は270兆円、対外負債が134兆円と純資産が136兆円となっている。証券投資の差引は102兆円の純資産だ。つまり、証券投資純資産の主要部分は債券投資だということが分かる。

(3)の金融派生商品はほぼ均衡

(4)のその他投資は39兆円の純負債で、(1)や(2)に比べると少額。

(5)の外貨準備は149兆円の対外資産

これらを合わせて資産合計が949兆円、負債合計が609兆円と、2015年末の純資産合計は339兆円となっている。これが、世界一の金持ち国の内容だ。

そうしてみると、日本は世界一の金持ちなので安心だと言う人の根拠となるはずのものは、参照ページ残高の末尾にある、その他金融機関が保有する対外純資産240兆円(大半は外債投資)と、それに加えて活発な海外M&Aだということになる。

ここで、その他金融機関が外債投資を行う資金は、日本人の保険や年金である。そういった長期資金は、本来、自国の国債で運用するのが最も安全とされる。とはいえ、20年にも及ぶ超低金利で、国内には運用先がない。それで、為替や、様々な政治リスク、地政学的リスクを受け入れて、外債運用で利回りを確保しようとしている。

このことは、今後、仮に日本国債運用で十分な利回りが確保できるようになれば、長期資金運用の国内回帰が始まることを示唆している。また、日本株でパフォーマンスが上がるようになる、あるいは円安で日本株比率が下がれば、海外勢が日本株投資を増やすことも考えられる。

つまり、日本国債や日本企業が魅力的な投資先になれば、対外純資産は目に見えて急減し、純負債になることも考えられるのだ。

日本の資産が安全になり、日本が魅力的になれば、日本は世界一の金持ち国から脱落し、貧乏になっていく。私は仮に、日本が世界一の貧乏国と呼ばれるようになっても、日本人の保険や年金はより安全になり、生活の質も向上すると見ている。

Next: 有事でも平時でも、外国人が円を買っているわけではない



富裕層から素通りされた日本

日本は世界一の金持ち国だと言う人がいる一方で、日本は世界の富裕層からは見向きもされていない。これは、日本の対外負債を見れば明らかだ。
※参照:平成27年末現在本邦対外資産負債残高

外国人は日本企業をほとんど所有せず、収益の再投資も行わない。証券投資でも、市場規模に応じた配分を行う株式ファンドや債券ファンドが、比率に応じてパッシブに保有しているに過ぎない。それも当然で、パフォーマンスが他の諸国と比較にならないくらい見劣りするからだ。

名目GDPが20~30年間増えていない国は、世界中を探してもほとんど見当たらないのだ。

それでも、人口の多さと、過去の積み上げとで、日本の金融資産の大きさは世界有数の規模で、資産額100万ドル以上の富裕層の人数では、世界の9%を占めている。もっとも500万ドル以上になると、米国だけで5万5000人近くいるのに対し、日本には3000人にも届かない人数だ。

対外純資産の大きさはとても自慢できるようなものではないのだ。また、その資産額は時価評価額で、実際の売却時にはどうなるか分からない。東芝が保有していた米原発事業などは、誇れる資産どころか、現時点でも7000億円の負の資産となっている。

日本の対外純資産の大きさは、国内に投資物件がないことの表れだ。そして、有事の円買いとは、日本人の海外投資のリパトリエーション、あるいは為替ヘッジによって起きている。外国人が(一時の材料としてを除いては)、有事でも平時でも、円を買っているわけではないのだ。
続きはご購読ください。初月無料です


<初月無料購読ですぐ読める! メルマガ5月配信済みバックナンバー>

・Q&A:通貨ペアの選び方(5/10)
・Q&A:NISAを利用すべき?(5/9)
・富裕層から素通りされた日本(5/8)
・日本は世界一の金持ち国?(5/8)
・フランス大統領の決選投票は、5月7日(5/1)
・米景気は踊り場に来たか?(5/1)

※矢口新氏のメルマガ『相場はあなたの夢をかなえる ―有料版―』好評配信中!ご興味を持たれた方はぜひこの機会に初月すべて無料のお試し購読をどうぞ。

【関連】「シェアハウス」に例えて理解するフランス大統領選とEU、本当のポイント=矢口新

【関連】未曾有の危機から丸8年。リーマン・ショックの真相(前編)=矢口新

【関連】【FX】1000通貨じゃ眠すぎる?適正ポジションサイズの決め方・考え方=矢口新

相場はあなたの夢をかなえる ―有料版―』(2017年5月8日号)より一部抜粋
※太字はMONEY VOICE編集部による

初月無料お試し購読OK!有料メルマガ好評配信中

相場はあなたの夢をかなえる ―有料版―

[月額880円(税込) 毎週月曜日(祝祭日・年末年始を除く)]
ご好評のメルマガ「相場はあなたの夢をかなえる」に、フォローアップで市場の動きを知る ―有料版― が登場。本文は毎週月曜日の寄り付き前。無料のフォローアップは週3,4回、ホットなトピックについて、より忌憚のない本音を語る。「生き残りのディーリング」の著者の相場解説!

シェアランキング

編集部のオススメ記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MONEY VOICEの最新情報をお届けします。