フランス大統領選挙が4月23日に行われる。世論調査で支持率トップのル・ペン候補はEU離脱(フレグジット)を主張しているが、ではなぜEUはここまで嫌われたのだろうか?日本人がこの問題の本質を理解するには、EUを「28世帯が共同生活をしているシェアハウス」だと考えると分かりやすい。(『相場はあなたの夢をかなえる ―有料版―』矢口新)
プロフィール:矢口新(やぐちあらた)
1954年和歌山県新宮市生まれ。早稲田大学中退、豪州メルボルン大学卒業。アストリー&ピアス(東京)、野村證券(東京・ニューヨーク)、ソロモン・ブラザーズ(東京)、スイス・ユニオン銀行(東京)、ノムラ・バンク・インターナショナル(ロンドン)にて為替・債券ディーラー、機関投資家セールスとして活躍。現役プロディーラー座右の書として支持され続けるベストセラー『実践・生き残りのディーリング』など著書多数。
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仏大統領選でどの候補が勝とうとも、EUは瓦解に向かっている
最新の世論調査
フランス大統領選挙の第1回投票は、次の日曜日4月23日に行われる。
世論調査における先週13日時点での各候補者の支持率は、極右国民戦線党首のル・ペン候補(Marine Le Pen:48歳)が23.5%で、中道系独立候補の前経済相マクロン候補(Emmanuel Macron:39歳)の22.5%と均衡。両氏に続く共産主義急進左派のメランション候補(Jean-Luc Melenchon:65歳)が19%、保守系共和党の元首相フィヨン候補(Francois Fillon:63歳)が18.5%だった。
有権者の40%がまだ誰に投票するか決めていないことは、4人の主要候補の誰もが決選投票の2人に選ばれる可能性があることを示している。仏ルモンド紙は「前代未聞の不確実性」と表現した。
ル・ペン候補とフィヨン候補は、政治資金の不正使用疑惑を抱えている。そうした対立候補の失策と、自身の討論のうまさから、メランション候補が3位に急浮上した。
先日行われた全候補揃ってのテレビ討論会後の「誰が最もアピールしたか」との調査では、メランション候補が25%、マクロン候補が21%、フィヨン候補が15%の支持を得、ル・ペン候補は11%に留まった。
メランション候補は、富裕層への大幅課税やNATO離脱、EUとの関係再交渉などを公約に掲げている。EUやグローバリゼーションに懐疑的なところはル・ペン候補と近いが、移民政策ではル・ペン候補を激しく批判している。
一方、直近の別の調査では、第1回投票の支持率は、ル・ペン候補23.5%、マクロン候補23.1%、フィヨン候補18.8%、メランション候補18%となっている。
前代未聞の不確実性とはいえ、大勢のコンセンサスとしては、4月23日の第1回投票こそル・ペン候補が優勢だが、5月7日の決選投票ではマクロン候補が優勢で、国民の大勢がEU離脱を望んでいないことから、最終的にはマクロン候補が圧勝する可能性があるとされる。
本当のポイント
最終的にフランス大統領になるのはやはりマクロン候補か?それともル・ペン勝利のサプライズがあるのか?それぞれのケースにおける短期的な市場の動きはもちろん気になるところだが、それは後述するとして、ここではまず、より根源的な問題である「EUはなぜ嫌われるのか?」について整理してみたい。
なぜなら、今回の大統領選挙でどの候補が勝ったとしても、フランスはもちろん、ドイツやイタリア、他のユーロ圏の国々の火種が消えるわけではないからだ。
どうして、EUは嫌われる?
英国はEUからの離脱を公式に通知した。イタリアや他のEU諸国でも、EU離脱を掲げる政党が勢力を伸ばしている。
フランスの世論調査では、国民の3分2以上がEU残留を望んでいるとされるが、大統領4候補の支持率で見ると、離脱派あるいは関係再交渉派が半分を占めている。
1950年のシューマン宣言(Robert Schuman:フランスの首相・外相)に始まり、戦争のない友愛に満ちた欧州、平等な発展を旗印に、長い年月をかけて拡大、深化させてきた欧州の共同体が、ここにきて、どうしてここまで嫌われるようになったのだろうか?
ここで、問題をより身近に捉えるために、EUを28世帯が共同生活をしているシェアハウスに例えてみよう。
「シェアハウス」に例えて理解するEU問題の本質
<所得が違う者同士の共同生活>
今、EUというシェアハウスで共に暮らしている各世帯は、大所帯から核家族まで、それぞれサイズが大きく違い、所得や生活費もそれぞれ違う。
とはいえ、1つ屋根の下に住んでいるので、生活ではシェアハウスのルールが優先される。そして、そのルールの設定や監督を行う管理組合では、大所帯が大きな発言権を持っている。
特に2000年のユーロ導入以降、管理組合の会計(ECBの金融政策)を実質的に握った、ドイツ家の発言権が突出した。
英国を除く27世帯もの管理組合の会計を握ったドイツ家のメリットは、多くの経済指標に明白に表れている。
<財布を握るとこんなに有利>
ここでは最も生活に密着した、失業率の推移だけをご紹介する。2005年末の時点で、ドイツの失業率はグラフに挙げた英独仏PIIGS8カ国中トップの11.2%だが、2015年末には高失業率に苦しむ他のユーロ6カ国を尻目に、ユーロ圏平均の半分以下である4.6%に低下する。失業者数も半分以下となった。
転機は2007年に起きた米国発の住宅バブルの崩壊と、続く2008年のリーマンショック後の大金融危機だった。この時の金融政策が各世帯の明暗を分けた。
1つのシェアハウスに、言葉も人種も違う人たちが集まって住むのだから、その暮らしにはメリットもあればデメリットもある。このうち、メリットは共同生活維持のために公に喧伝されているが、デメリットはあまり公言されない。なぜなら、デメリットは不公平や差別など、本来はあってはならない事柄だからだ。
これは、日本でも会社や学校など、人が集まるところでは普通に見られることだ。管理者は建前を強調し、不都合を訴えるものを異端として排斥する。
<賢かったイギリスと、働きたくても働けないギリシャ>
シェアハウスの中で、英国家は特殊で、ユーロに加わらないことで財布(経済政策)は共有しなかった。それが上記の失業率において、英国だけがドイツ並みの低水準となっている理由だ。
一方、財布をハウスの管理組合に預けたギリシャ家は、家族が病気の時の出費で、管理組合から大借金をした。所得増のために働こうとしたが、職探しや交通費の工面もできず、とにかく切り詰めて早く借金を返せと迫られた。
同じく病人を出したアイルランド家は、禁止されている副業で乗り切った。
<ホームレスの受け入れ義務が発生>
加えて、博愛を唱えるハウスの取り決めで、各世帯はホームレスの受け入れを義務付けられた。ホームレスには優秀な者も多く、概ねは各世帯に溶け込んだが、なかには問題を起こす者もいた。
また受け入れ世帯の中では、親の愛情を盗られたと、ひがむ子供も現れた。親の中には、博愛と自分の子供への愛情との葛藤に悩む者も出てきた。
本来であれば、人としての在り方、親としての在り方、労働や消費における性向、生活態度、それぞれがそれぞれの考え方であっていいはずだ。ところが、シェアハウス内では、個々の多様性が否定され、共同生活のメリットのために、同じように振る舞うことを要求されるようになった。そして、各家庭はドアに鍵をかけることを禁じられた。
<「理想の住処」から「居心地の悪い場所」へ>
一方で、共同生活のメリットとして縮小するはずだったシェアハウス内の貧富格差は、逆に拡大。ドイツ家が豊かになる反面、ギリシャ家などは持ち物を売り払い、食費を切り詰めても、いつまで生きられるか分からないまでに困窮した。
当然、ハウス内の人間関係はギクシャクし、シェアハウスは理想の住処どころか、居心地の悪い場所に成り下がった。そして、それぞれの家族内でポピュリズムという名の反抗も始まった。
<ドイツの身勝手な内輪揉め>
実は、ユーロによるメリットを享受してきたドイツ家でも反抗が起きている。移民問題に加え、これまでの経緯はともかく、現状ではドイツ家がギリシャ家を養っている形となるので、割に合わないと不満を持つ家族が増えているのだ。
英国家は、EUの拡大・深化と共に強権を振るうようになった管理組合の下にいてはもはや家族を守れないと、離脱を決めた。とはいえ、決めたのは家長ではなく、家族会議での多数決だった。家長はそれを事務的に実行に移すだけ。同じ釜の飯を食っていたシェアハウスの連中とは争わず、お互いの利益になるような形でと進めているが、ハウス側は多額の慰謝料を求めている。
英メイ首相は、6月8日に下院選挙を前倒しで行うと発表した。ブレグジットの話し合いに向けて、首相自身への委任と、議会の支援の強化を狙っている。メイ首相は、ブレグジットの国民投票まではEU残留派で、ブレグジットに関する信任を受けていない。また、2015年の下院選挙で保守党が僅差で多数派になったことで首相になったものの、議会の基盤が弱い。そんな中、最近の世論調査では保守党が労働党に21ポイントの大差をつけたため、2020年に予定されていた下院選挙の前倒しを決めた。
一方、ギリシャ家などは、もはやハウスを出れば路頭に迷うことは明白だ。フランス家を含む他の家族も財布を管理組合に預けた状態では、ハウスを離れるのに、どれだけのコストがかかるか分からない。
もし日本の財布を中国が握るとしたら?
日本人にとって、このたとえ話は、アジア諸国連合というシェアハウスができ、管理組合の実権を大所帯である中国が握ることを想定すると分かりやすいかもしれない。
その際、「中国はゴリ押しするが、でもドイツは常に公正のはずだ」と安易に考えない方がいい。もしそうならば、フランス人が国民戦線ル・ペン候補の主張にこれだけの支持を与えるはずがないからだ。