米中が関税交渉で一度は合意した裏で、中国の「最後の切り札」であるレアアースをめぐる駆け引きが再び激化している。中国は、希土類の輸出を武器に、軍事的・経済的な優位を維持しようと躍起だ。しかし、レアアースの世界地図は大きく書き換わろうとしている――。日本の南鳥島沖に眠る“超高濃度レアアース泥”が、いよいよ採掘フェーズに突入しつつあるのだ。米中の資源ゲームに割って入る日本、その地政学的なインパクトとは?(『 勝又壽良の経済時評 勝又壽良の経済時評 』勝又壽良)
プロフィール:勝又壽良(かつまた ひさよし)
元『週刊東洋経済』編集長。静岡県出身。横浜市立大学商学部卒。経済学博士。1961年4月、東洋経済新報社編集局入社。週刊東洋経済編集長、取締役編集局長、主幹を経て退社。東海大学教養学部教授、教養学部長を歴任して独立。
米中、「6ヶ月期限」つきの合意へ…
米中両国は、5月にスイスで関税紛争をめぐり合意に達した。それもつかの間、対立が激化する事態を迎えた。中国が、レアアース(希土類)輸出解禁の約束を履行しないからだ。6月10~11日、ロンドンへ舞台を移して再度の「レアアース協議」へ。ようやく、米中はレアアース輸出で合意に達したが、どうやら「6ヶ月期限」つきである。
中国経済を改革開放路線へ牽引した鄧小平は、「中国に原油はないが、レアアースがある」と胸を張った。その通りである。中国は現在、世界のレアアースの約70%を採掘する。精製では、世界の90%を握るのだ。
中国が、レアアース輸出期間を小刻みにしている理由は、世界に占めるレアアースの強みを生かそうとしている結果だ。正直に言えば、米国へ対抗する手段がレアアース輸出規制しかないのだ。中国は、こういう切羽詰まった事情により、レアアースを「最後の砦」にしている。
日本メディアは、米中の関税相互引下げが5月スイスでまとまった背景として、中国のレアアース輸出禁止に米国が「怯えた」結果と報じた。短期的に言えば、中国のレアアースが切り札になっている。ただ、中国はこのレアアースが「一枚看板」であり、代替の切り札がないという根本的な脆弱性も抱えている。他国が、レアアースの量産化に乗り出せば、中国の優位性は崩れる、極めて脆い立場なのだ。
レアアースをめぐる世界地図は塗り替わりつつある
レアアースが、中国の独占物ではない。この認識に立てば、中国が最後の頼みとする経済的・外交的な優位性はいつ、ひっくり返るか分らない「時限的強み」に過ぎない。
中国のレアアース・トップの座を突き崩す先兵役が、日本の南鳥島における深海「レアアース泥」開発である。27年1月に試験操業で1日350トンの生産を目指す段階まできている。単純計算で、年間12万7,750トンにもなる。首位中国の21万トンの6割近くへ達するのだ。
世界のレアアース事情は、こうして激変する可能性を秘めてきた。
今回の米中協議では、中国のレアアース輸出再開に当たり、米国が中国留学生受入れと半導体輸出の緩和で折れ合ったとされる。資源(中国)と知識(米国)の「交換」であり、米中経済の強みを象徴的に見せつけている。この「米中交換」よって、どちらの経済が将来性において優れているか判断すれば、改めて指摘するまでもないであろう。それは、知識に軍配が上がる。
日本に大量レアアース
中国は、レアアース資源を求めて日本領の南鳥島近海の公海へ手を伸してきた。東京大学が2013年、南鳥島のEEZ(排他的経済水域)内の海底(5,000メートル超)で膨大な「レアアース泥」の賦存を発見したことに刺戟されたものだ。中国が、この付近の公海で海底探索を始めている。東大の発見した「レアアース泥」は、中国の陸上鉱山の20倍の品位を持つ(東大発表)、世界最高品位の「超高濃度レアアース泥」である。
日本の動きで始まった中国の海底探索は、いかにも中国らしい模倣行為と言える。南鳥島近海(公海)で「二匹目のドジョウ」を狙ったのだ。中国は海底資源探索において6月、常識外れの行動に出てきた。空母「山東」とミサイル駆逐艦など計5隻を出動させた。
中国は、今年8月にも南鳥島に近い公海でコバルト等を含むマンガン団塊の採掘を始めるだろう。こういう噂が飛び交っていた。中国海軍が、空母などの艦艇を使って詳細データの収集を行うとされていたのだ。それが、いよいよ6月に現実のものとなった。