記事提供:『三橋貴明の「新」日本経済新聞』2016年10月7日号より
※本記事のタイトル・リード・本文見出し・太字はMONEY VOICE編集部によるものです
政策分裂症の安倍政権。ドイツ事例に見る移民国家化の弊害とは
移民国家化する日本
安倍政権は外国移民について、「働き方改革実現会議」を活用し、技能実習制度から「外国人労働プログラム」制度に移行しようとしています。さらに、国家戦略特区「から」農業分野に外国移民を流入させようとしているのです。国家戦略特区の政策は、最終的には「全国化」されるという仕組みです。
安倍晋三首相は4日開いた国家戦略特区諮問会議で、農業分野で特区への外国人労働者の受け入れを検討する方針を示した。厚生労働省の有識者検討会はインドネシアなどの外国人介護福祉士の就労を、平成29年度にも訪問介護サービスに拡大する方針を決定。人口減少や高齢化で深刻な担い手不足に悩む現場の労働力を確保しやすくする狙いだ。
現行制度では外国人労働者が農業に従事することは認められていない。
安倍首相は諮問会議で農業分野への外国人受け入れは特区の重点課題だと強調。法改正も視野に「実現に向けた議論を加速する」と述べた。特区の場所を含め、制度の詳細は今後検討する。
「技能実習制度」と、土木・建設、介護、農業で推進されている「外国人労働プログラム」の何が違うのか。
技能実習制度は、表向きは数年間(産業によって違います)技能実習生として外国人が労働に従事し、その後は「帰国する」という制度なのです。もちろん、「実習期間」終了後に失踪する外国人が少なくなく、問題になっていますが、「表向き」は実習期間終了後に外国人に帰国してもらう仕組みです。
また、何しろ「実習生」であるため、最低賃金以下で働かせるケースが頻発し、問題化しています。技能実習生は外国人労働者ではなく、あくまで「実習生」なのです。
産経の記事に「外国人労働者が農業に従事することは認められていない」とありますが、技能実習生はOKです。というわけで、現実に農業の現場では「主に中国人を中心とする」外国人が実習生として働いています。技能実習生に中国人が占める割合は、およそ七割です。
さて、上記の「理屈」で外国人労働者を受け入れると、何が起きるのか。雇用者側(実習生受け入れ側)が、「せっかく外国人を雇用し、仕事を覚えてもらったにも関わらず、なぜ帰国させなければならないんだ!政府は何とかしろ!」という声が「必ず」出てくるのです。と言いますか、経営者であれば、この気持ちが分かるはずです。
Next: 高度成長期のドイツでも外国人労働者を受け入れたが…
ドイツでは1950年代以降の高度成長期、西ドイツが超人手不足に陥り、労働力が必要になりました。当初は南欧(イタリア、ギリシャ、スペインなど)から労働者を呼び寄せたのですが、ご存じの通りトルコからの流入も始まります。
当初は、トルコ人男性が単身で来独し、簡易宿舎や寮に寝泊まりし、工場や建設現場で働きました。トルコ人労働者はゲストアルバイター(出稼ぎ労働者)と呼ばれ、1~2年間で入れ替わる「ローテーション制」であるとされていましたし、考えられていました。
ところが、外国人労働者を受け入れた企業側は、仕事を覚えた労働者を手放したくはありませんでした。さらに、外国人労働者側は、人間として当たり前の感覚として「家族」を呼び寄せようとします。
結果的に、外国人労働者はドイツに居残り、家族を呼び寄せ、集住化し、「国の中の国」が次々に作られていきます。第二次世界大戦後にドイツが受けれた外国移民の数は、5千万人を数え、現在は住民の8人に1人は外国生まれです。
ドイツは「経済界」の要望により、移民国家化したのです。
昨年、ドイツに流入した移民・難民の数は110万人。当初、ドイツの財界は移民について「優秀な(安い)労働者」ということで歓迎しました。「ドイツ経済は人手不足に苦しんでいる。優秀なシリア難民の流入は、ドイツの人手不足を解消する」といった、どこかで聞いたようなレトリックが使われていたのです。
とはいえ、現実には難民の雇用は遅々として進みません。15年秋にコンチネンタル(自動車部品大手)が難民を対象に、インターンシッププログラムに参加する50人を募集しました。ところが、1年経ったにも関わらず、募集枠は30人しか埋まりませんでした。
16年6月時点で給与を得られる職に就いている移民・難民は、前年同月比で2万5千人、増えただけでした。6月前の一年間で、ドイツに流入した移民・難民数は73万6千人です。
結局、移民・難民はドイツ財界が望む「安い賃金で働く優秀な労働者」にはならなかったのです。彼ら、彼女らの生活は、ドイツ国民の負担によって支えられることになります。
Next: ドイツの事例を無視して「外国人労働者受け入れ」を推進する日本
このドイツの事例を見ていながら、日本では「外国人労働者で、人手不足を解消を!」と、安倍政権が推進する。同時に、反対側で「生産性向上のための技術投資、設備投資で人手不足を埋める」と、正しい政策もやっています。
完全に、政策分裂症に陥っています。
結局、安倍総理が根本を理解していないか、もしくは「正しい政策(生産性向上)を理解しつつ、構造改革派(竹中氏ら)の意向に沿った政策を推進するため、真逆の政策を推進している」のいずれかだと思います。
わたくしとしては、「いや、安倍総理は外国移民政策の問題点は理解してくれてるよ!」とか、勝手に総理の意向を忖度するのではなく(どうせ「真実」は分かりませんし、分かったところで意味もありません)、後者(構造改革派の言いなり)という前提で批判をしていく必要があると確信しているのです。
『三橋貴明の「新」日本経済新聞』2016/10/7号より
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