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「小池一人で夜も眠れず」安倍総理が民進党“消滅”でも高笑いできぬワケ=近藤駿介

小池都知事率いる「希望の党」という「黒船」が突然現れ、安倍自民党圧勝のシナリオが修正を迫られている。だが、これは有権者にとって必ずしも悪くない話だ。(近藤駿介)

プロフィール:近藤駿介(こんどうしゅんすけ)
ファンドマネージャー、ストラテジストとして金融市場で20年以上の実戦経験。評論活動の傍ら国会議員政策顧問などを歴任し、教科書的な評論・解説ではなく、市場参加者の肌感覚を伝える切り口を得意としている。

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テレビが伝えぬ「小池劇場」本当のみどころと安倍総理最大の不安=近藤駿介

希望の党にやられ放題の安倍総理が見る、まともな争点という悪夢

小池“黒船”百合子、来航

一強の眠りを覚ます衆院選、小池一人で夜も眠れず

といったところだろうか。

安倍総理が衆議院の解散を発表する予定になっていた25日に、突然、小池都知事が「希望の党」の立ち上げを発表したことで、永田町は浮足立ち、メディアも大騒ぎになっている。

国会が閉会中で森友・加計問題がメディアで取り上げられなかったことに加え、北朝鮮の軍事的脅威が高まったこともあり、一時危険水域まで急落していた安倍内閣の支持率も回復傾向を見せていた。何事もなければ、10月22日に行われる総選挙では自民党は圧勝できた。少なくとも現状の野党相手なら負けることない戦いであったはずだ。

安倍総理が会見で、総選挙の争点とは言えない理由を並びたてて臨時国会の冒頭解散に打って出たのも、当然そうした目算があってのこと。

しかし、小池都知事率いる「希望の党」という「黒船」が突然現れたことで、安倍自民党圧勝というシナリオは修正を迫られることになった。それは、安倍政権が描いていたシナリオが、安倍政権が強いのではなく、野党が弱いという構図を前提としたものだったからだ。

武器になる「大義名分」がない安倍総理

子育て世代への投資を拡充するため、これまでお約束していた消費税の使い道を見直すことを、本日、決断しました。国民の皆様とのお約束を変更し、国民生活に関わる重い決断を行う以上、速やかに国民の信を問わねばならない。そう決心いたしました。28日に、衆議院を解散いたします」

野党が弱いことを前提にした解散だったことは、25日に衆議院を解散することを正式に発表した記者会見で、安倍総理が国民が納得できるような大義名分を準備していなかったところに表れている。

小池都知事は安倍総理の会見予定時間の直前に設定した「希望の党」立ち上げ発表記者会見で、「大義なき解散だ。国民も疑問に思っている」と強く批判することで、安倍総理が示す解散理由が「大義なきもの」であることをより強く印象付けることに成功したといえる。

安倍総理が解散の理由として挙げたのが、「消費税の使い道を、財政再建から幼児教育に振り替える」という前原民主党代表の「All to All(みんながみんなのために)」とほぼ同じものだったのは、戦う相手が民進党、もしくは民進党を中心とした野党連合であることを前提にしていたことの表れといえる。

安倍総理は会見の中で、「消費税の使い道」の一部を「借金返済」から「子育て世代への投資拡充」に変更することで「2020年度のプライマリーバランス黒字化目標の達成」が困難になることを「国民の皆様とのお約束を変更し、国民生活に関わる重い決断」であり、「速やかに国民の信を問うべき問題」だと主張した。

国民のなかで「プライマリーバランス」を正確に理解し、そのうえで「プライマリーバランス黒字化目標」を国民と政府の約束事だと意識している人がどのくらいいるのかという素朴な疑問はひとまず横に置くとしても、この総理の主張は幾つかの点で辻褄の合わないものだ。

浮かび上がる解散理由の「矛盾点」

安倍総理が主張する通り、「消費税の使い道を、財政再建から幼児教育に振り替える」ことで、国民と約束した「2020年度のプライマリーバランス黒字化目標の達成」を果たせないことが極めて大きな問題なのであれば、まずそれは国民の代表が集う国会で議論すべき問題である。

そのうえで、国会が「消費税の使い道を、財政再建から幼児教育に振り替える」ことなどせずに「2020年度のプライマリーバランス黒字化目標の達成」を目指せという判断を下し、政府の予算案を否決したのであれば、それは解散に打って出る正当な理由となる。

したがって、今回、安倍総理が決めた臨時国会での冒頭解散というのは、国会の意思を確認するという本来の手続きを省く乱暴なものであり、批判されても仕方のないものである。

さらに、安倍総理は2016年11月に、消費税率10%への引き上げ時期を2017年4月から19年10月に再延期する税制改正関連法を成立させている。もし、「2020年度のプライマリーバランス黒字化目標の達成」が、前回の2014年12月の総選挙における国民との重大な約束であったのであれば、税制改正関連法を成立させる前に解散をして国民に信を問うべきだったことになる。

それに加えて、安倍政権は2017年6月に閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」の中で、「2020年度のプライマリーバランス黒字化目標の達成」に関する表現を微妙に変更し、事実上この目標が達成できないことを暗に認めた格好になっている。

このような事実は、解散の理由が「消費税の使い道を、財政再建から幼児教育に振り替える」ことで「2020年度のプライマリーバランス黒字化目標の達成」という国民との約束を果たせなくなったというものではないことを物語っている。

安倍総理が本当に「2020年度のプライマリーバランス黒字化目標の達成」が不可能になったことを「国民に信を問うべき問題」だと考えていたのであれば、もっと前に解散しておかなければおかしいからだ。

つまり、25日に安倍総理が発表した冒頭解散は、議会制民主主義の趣旨に反したものであるだけでなく、総理のあげた「2020年度のプライマリーバランス黒字化目標の達成」が難しくなったという説明自体に疑念を抱かせる内容だった。

Next: 小池氏の妙手。自民党はなぜ「希望の党」に狼狽するのか?



自民党はなぜ「希望の党」に狼狽するのか?

もし、安倍総理の戦う相手が想定通り民進党、もしくは野党「弱者連合」であれば、こうした筋の通らない解散理由でも通用したはずである。しかし、想定外に小池都知事という「黒船」が襲来したことで、雲行きは一気に変わってしまった可能性がある。

民進党であっても、野党連合であっても、最大の弱点は「候補者や名簿は統一できても政策は統一できない」ところである。

民進党は異なった政治思想の持ち主の集合体であるし、野党連合は党レベルで政治思想が全く異なっている。野党連合を強化するために共産党を加えれば得票数は増えるかもしれないが、政策的不一致は一層激しくなり、「野合」という批判が強まるというジレンマを抱えることになる。

小池都知事が立ち上げた「希望の党」は、こうした弱点を消す「妙手」でもある。

野党連合の目的は、自民党から政権を奪うことであるので、旗印は「反自民」になる。しかし、「反自民」という旗印が必ずしも国民の求めているものであるとは限らない

森友・加計問題や防衛省にまつわる問題等で、安倍政権の支持率は一時危険水域といわれる水準まで下落し、自民党の支持率を下回った。しかし、「総理の人柄が信用できない」という理由で安倍政権の支持率が自民党の支持率を下回ったということは、「反自民」が増えたわけではないということでもある。

実際に、安倍政権の支持率が急落するなかでも、民進党を筆頭に野党の支持率はほとんど上昇しなかった

これは、国民が与党から野党への「政権交代」を望んでいるのではなく、「人柄が信用できない」安倍総理から、信用できる他の人に代わって貰いたいという願望を持っていたことの表れである。

こうした見方が正しいとしたら、「反自民」を旗印とした野党連合のもとに多くの国民が結集するのは難しいということになる。

有権者にとっては必ずしも「悪くない話」

こうした状況の中で有権者の前に突如登場したのが、「寛容な改革保守政党」を掲げる「希望の党」である。「希望の党」に対しては、さっそく「野望の党」だという批判も出てきている。確かに解散総選挙を受けて急ごしらえで作られた政党であり、現実としてこうした面があることは否めない。

しかし、こうした見方は近視眼的な見方かもしれない。現時点では過大な評価かもしれないが、「希望の党」の出現によって、国民は「自民」vs「反自民」、あるいは「保守」vs「リベラル」といった政治思想対立の中で「二大政党制」を迫られるのではなく、広い意味での「保守」勢力の中での「二大政党制」を選択できる機会を得たという見方も可能だからである。

Next: 苦しい立場に置かれた安倍総理、小池氏の登場で「争点」が鮮明に



小池氏の登場で「争点」が鮮明に

それは、安倍総理自身が小池知事について「基本的な理念は同じだろうと思う。政治手法は少し違うかもしれないが」と述べたところにも表れている。自民党と「基本理念が同じで政治手法が異なる政党」が現れたことで、国民が求める政策論争が進む土壌ができたといえる。

「希望の党」の登場と同時に、野党第一党であった民進党が解党、分党状態に追い込まれたのも、有権者が待ち望んでいた広い意味での「保守」のなかで「二大政党制」への道筋が示されたことで、「自民」vs「反自民」、あるいは「保守」vs「リベラル」といった政治思想対立の中で「二大政党制」を目指してきた民進党の役割がなくなったからだといえる。

「希望の党」の小池代表はさっそく「実感の伴う景気回復まで消費増税は立ち止まる」として、なまじ政権与党になった経験があるばかりに「消費税凍結=無責任」という固定観念から脱することができない民進党では提示できない消費増税凍結を表明し、リーマン・ショック級の事態が起こらない限りは消費税を引き上げることを明言した安倍総理との対立軸を打ち出して見せた。

さらに、安倍政権が経済最優先を掲げて「アベノミクスの加速」を打ち出したのに対して、小池代表は「日本経済は下がり続けている」と指摘し、実感を伴う成果を出せないでいるアベノミクスを暗に批判して、経済政策で違いを出すことを示唆して見せた。

苦しい立場に置かれた安倍総理

突然小池都知事が黒船を率いて現れた衝撃が大きかったことを物語るように、安倍総理を支持する人の中からは「政界渡り鳥」などといった小池代表自身に対する批判も出てきている。

しかし、忘れてはいけないことは、安倍総理を支持する理由の一番は「ほかの政権よりよさそう」という漠然としたものだというところ。

小池代表自身が信頼できる政治家であるかは意見の分かれるところであるが、安倍政権が支持されている理由も「安倍総理が信頼できる」という「絶対評価」によるものではなく、「ほかの政権よりよさそう」という印象に基づく「相対評価」でしかない。印象に基づく「相対評価」で支持されている政権の支持者が、対立候補が「信頼できない人物だ」と「絶対評価」を基準に批判するのは論理的におかしなものだといえる。

また、「郵政選挙」「政権交代選挙」などの風任せの選挙に対する反省も根強く、あるいは「小池チルドレン」が誕生してくることに対する警戒感も強い。しかし、それは「魔の2回生」と呼ばれている「安倍チルドレン」が淘汰されることと表裏一体であり、一方的に否定するものでもない。

Next: すぐの「下野」はなくとも、安倍総理にとって最大の脅威



「小池さんはずるい」に垣間見える焦り

安倍政権に近いとされる専門家の中には、「小池さんはずるい。既存の政党はこれまでの実績で評価されるのに、小池さんは期待で評価されている」といったコメントをされる人も出てきているが、これは専門家らしからぬ本末転倒の議論である。

有権者が納得できる「実績」を上げている政党・政治家ならば、「実績」を持たず「期待」しかない政党・政治家に負けることはない。「期待」が「実績」を上回っているとしたら、その「実績」が有権者の期待より低いか裏切ったものだからに他ならない。

こうした発言が出てきているのは、「ステルス小池」が突然目の前の敵として現れたことに、安倍政権側が焦りを感じていることの表れでもある。

「基本的な理念は同じ」という敵に政策論争を仕掛けられることは、安倍政権側も想定していなかったはずである。石破元幹事長が「『小池百合子なにするものぞ』みたいな戦いは、(自民)党にとって極めて危険だ」「小池氏の発信力を侮ってはいけない」と警戒感を強めているのも、小池代表率いる「希望の党」が「基本的な理念」において同じ土俵に乗っており、「こんな人たちには負けるわけにはいかない」と攻撃できる相手ではないからだ。

すぐの「下野」はなくとも、安倍総理にとって最大の脅威

小池都知事率いる「希望の党」は、まだ海のものとも山のものともわからない。しかし、「希望の党」の出現によって、総選挙での対立が「自民」vs「反自民」、「保守」vs「リベラル」といった基本理念の異なった政党同士のものから、「基本的な理念が同じ」政党同士での「政策」の対立に移ったということは歓迎すべき変化だといえる。

常識的に言って、この総選挙で自民党が下野するような敗北を喫するとは考えにくい。しかし、今「内閣支持率が30%を割り込むと1年以内に政権は倒れる」というジンクスを最も気にしているのは、安倍総理自身かもしれない。

※本記事の続編を公開しました、ぜひ併せてご覧ください(2017年9月30日)
テレビが伝えぬ「小池劇場」本当のみどころと安倍総理最大の不安=近藤駿介


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本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2017年9月28日)
※太字はMONEY VOICE編集部による

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