マネーボイス メニュー

忠実義務を果たした貴乃花親方と「隠蔽大国」の象徴としての日本相撲協会=近藤駿介

なぜ横綱が引退に追い込まれるような事件の真相が明らかにされないのか?なぜ事件の被害者である貴ノ岩が十両に陥落しなければならないのか?日馬富士による暴行事件は、貴乃花親方の理事解任で一区切りついた格好になっているが、事件の客観的な事実はまったく解明されていないどころか、このまま闇に葬られようとしていることを忘れてはならない。(『元ファンドマネージャー近藤駿介の現場感覚』近藤駿介)

有料メルマガ『元ファンドマネージャー近藤駿介の現場感覚』好評配信中。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:近藤駿介(こんどうしゅんすけ)
ファンドマネージャー、ストラテジストとして金融市場で20年以上の実戦経験。評論活動の傍ら国会議員政策顧問などを歴任。教科書的な評論・解説ではなく、市場参加者の肌感覚を伝える無料メルマガに加え、有料版『元ファンドマネージャー近藤駿介の現場感覚』を好評配信中。

著しく論理性を失して、貴乃花親方を降格処分にした日本相撲協会

協会の体面を優先した「妥協」の処分

「沈黙は金」

日本の伝統文化を継承する相撲協会では、こうしたことわざは通用しないようだ。

「忠実義務に反し、著しく礼を失していた」

仕事始めの1月4日に開催された評議員会後の記者会見で、池坊保子議長は貴乃花親方の行動についてこのように批判し、日馬富士の貴ノ岩に対する暴行事件は、被害者の師匠である貴乃花親方の理事解任という形でひとまず区切りがついた格好になった。

評議員会が全会一致で貴乃花親方に対して理事解任という史上初の厳しい処分を下した格好になっているが、これは2月に理事候補選挙を控えている相撲協会の威厳と体面を保つための妥協の産物だといえる。

降格は日本相撲協会の懲罰規定上、除名、解雇に次ぐ3番目に重い処分である。以下、出場停止、給与減額、譴責となっている。

仮に降格よりも軽い出場停止にしてしまうと、処分期間の設定の仕方によって貴乃花親方は2月に行われる理事会候補選挙に立候補できなくなる可能性が出てきてしまう。相撲協会が、貴乃花親方が理事候補選挙に立候補できないような出場停止処分を下したら場合によっては貴乃花親方側から地位保全の訴訟が起こされ、騒ぎが一層大きくなってしまう可能性もあった。

一連の問題の幕引きを図りたい相撲協会は、降格よりも厳しい解雇にはできないうえに、降格よりも軽い出場停止にもできない状況にあり、降格以外の選択肢が最初からなかったといえる。

さらに、12月28日の臨時理事会後に記者会見した八角理事長が、貴乃花親方が1月4日に開かれる評議員会で、仮に理事解任となり理事の立場を失ったとしても、2月に予定されている年寄会の役員候補選挙に立候補することは可能だと明言していたことで、相撲協会側は、処分を降格より軽い出場停止にすることによって貴乃花親方を理事候補選挙に出馬できないような状況に追い込むことは不可能だったのである。

貴乃花親方が史上初の理事降格という厳しい処分を「わかりました」と素直に受け入れたのも、貴乃花親方に近い評議委員が史上初の厳しい処分に挙手をして賛成したのも、実質的には理事降格が厳しい処分でなく、両者が妥協できる落としどころだったからに他ならない。

お粗末すぎる貴乃花親方の理事解任

相撲協会側が実質的に厳しい出場停止処分を下せなかったのは、初場所を目前に控え早期にこの問題の幕引きを図る必要性に迫られていたことに加え、貴乃花親方を処分すること自体に「著しく論理性を失している」という弱みがあったからである。

今回の騒動で頑なに無言を貫いた貴乃花親方の行動に対しては批判的な見方も多く、相撲に詳しい多くのコメンテーターは理事解任という処分は当然のことと受け止めている。理事解任という処分の妥当性についてはいろいろな意見があるが、今回の相撲協会の処分決定は「著しく論理性を失している」お粗末なものだと言わざるを得ない。

Next: 日本は隠蔽大国なのか? 貴乃花親方は「忠実義務」に反していない



貴乃花親方は「忠実義務」に反していない

今回、相撲協会が貴乃花親方に対して理事解任という処分を下したのは、貴乃花親方の一連の行動が理事としての「忠実義務」に違反しているという理由からである。

さらに相撲協会が「忠実義務違反」に該当する行為だとして挙げているのは、貴乃花親方が巡業部長でありながら秋巡業中の昨年10月下旬に起きた事件を協会へ報告する義務を怠ったことと、協会の危機管理委員会が要請した被害者で弟子の貴ノ岩への聴取協力を再三拒むなどの一連の言動によって、騒動を長期化、深刻化させたという2点である。

一般的に取締役は会社に対して「忠実義務」を負っているが、それと同様に、一般企業の取締役に相当する相撲協会の理事である貴乃花親方もまた「忠実義務」を負っているとはいえる。

しかし、「忠実義務」を負う前提となるのは法令が遵守されていることである。組織が違法行為に関与しそれを隠蔽する可能性がある場合にまで「忠実義務」が負わせられることはないはずである。役員や理事が「忠実義務」を負っているがために違法行為を黙認せざる得ない状況に陥るとしたら、日本は隠蔽天国になってしまう。

また、理事や取締役が「忠実義務」を負っているのは、理事会や取締役会に対してではなく、株主やステークホルダーに対してである。理事や取締役が株主やステークホルダーに対して「忠実義務」を負うことによって、組織の違法行為等に対する監視力が担保されるのである。

折しも、消費者庁は日本を代表するような大企業でデータ改ざん等の違法行為が頻発したことを受け内部通報制度を強化し、不正を告発しやすい体制を整える方向に動き出している。

その中では通報者が嫌がらせなどの不利益を被らないよう、法律で守る対象を現在の従業員から「役員」「退職者」に広げられることになっている。つまり、取締役や理事は、会社が不都合な真実を隠蔽する場合には「忠実義務」に縛られることはないということである。

内部通報制度は内部告発が原則となっているが、情報通報者が違法行為があると信じるに足る相当な理由があり、かつ、労務提供先に通報すれば不利益な取り扱いがされる可能性がある、証拠隠滅が図られる可能性がある、労務提供先から通報するなと要求されたような場合には外部告発も認められている

今回の日馬富士による暴行事件に照らし合わせてみると、まず暴行という違法行為があったことは紛れもない事実である。

さらに、貴乃花親方が貴ノ岩の怪我の状況などから暴行などの不法行為が行われた可能性を認識するとともに、相撲協会に報告した場合に事実を隠蔽されたり、自らが不利益を被る可能性を感じていたとしたら、法の精神から言って相撲協会に報告するより先に警察に被害届を出すという外部告発に踏み切ったことは「忠実義務」に違反する行為とは言えない

Next: 「貴乃花親方は礼を失している」相撲協会側の主張に正当性なし



「貴乃花親方は礼を失している」協会側の主張に正当性なし

1月4日の評議員会では、年末の理事会でも配られた貴乃花親方の主張が書かれた文書も配られ、協会関係者の話としてその中に「執行部の4人が執拗に『内々で済む話だろう』と被害届の取り下げを要請してきた」などとも書かれていたことが報じられている。

こうした貴乃花親方の主張が事実だとしたら、貴乃花親方には協会に対する報告(内部通報)よりも警察への被害届提出(外部告発)を優先するに足る十分な理由があったことになり、それをもって理事降格といった不利益を受けるのは筋が通らない話になる。

また、相撲協会は貴乃花親方の非協力的な言動が騒動を長期化、深刻化を招いたとしているが、こうした主張も論理性を欠いたものである。それは、貴乃花親方の一連の行動が騒動を長期化、深刻化を招いたという相撲協会の主張には、比較対象となる基準が示されていないからである。

貴乃花親方が警察に被害届を出す前に相撲協会に報告していたら騒動は長期化、深刻化しなかったのだろうか

もし、相撲協会が貴乃花親方から日馬富士の暴行によって貴ノ岩が怪我をしたという報告を受けた場合、積極的にこの問題の解決に当たっただろうか。貴乃花親方が理事会に提出した文書の内容が事実だとしたら、そうした可能性はほぼなかったといえる。

そして何といっても、相撲協会は11月1日に鳥取県警から事実報告を受けながら、12日に初日を迎えた11月場所に日馬富士をそのまま出場させている。暴行事件の加害者である日馬富士を何のお咎めもなく土俵に上がらせていた相撲協会側に報告をしたとしても、客観的な対応がなされる可能性が低いと貴乃花親方が考えたとしても不思議なことではない。

相撲協会の危機管理委員会が公表した事実関係を記した資料には、11月1日に鳥取県警から日本相撲協会に捜査協力要請等の連絡が入ったと記されている。その後11月場所が初日を迎える12日までの間、相撲協会が貴乃花親方に事実確認をしようとしたことは記されているが、加害者である日馬富士や暴行現場にいた白鵬や鶴竜らに事実確認をしたことは記載されていない。

相撲協会が積極的に事実確認をしようとしていたのだとしたら、当然両横綱を含む関係者に事実確認を求めたはずである。その白鵬が相撲協会の事情聴取を受けたのは事件から1ヵ月が経過し、11月場所が終わった11月28日である。こうした事実から推察する限り、相撲協会は積極的にこの問題を解決する意思を持っていなかったと言わざるを得ない。

つまり、貴乃花親方が日本相撲協会に事実を報告していたとしても、協会が積極的に問題解決に当たることで長期化、深刻化に至らなかったとは言えない状況にある。もし相撲協会が積極的に動かないことを確認した後に貴乃花親方が外部告発に動いたら、それこそ協会との対立構造が鮮明になり、世間をより騒がせることになったはずである。

このように考えると貴乃花親方の行動が事態を長期化させ深刻化させたという相撲協会側の主張は説得力の乏しいものである。それは同時に貴乃花親方に下した理事降格という史上初の処分の正当性に疑いを持たせるものである。

Next: 常識的に考えて「著しく論理性を失している」のは日本相撲協会である



「著しく論理性を失している」日本相撲協会

「そのことは話し合っていない。評議員で知恵を出し合って決めたい」

4日の評議員会終了後の記者会見で、2月に予定されている理事候補選挙で貴乃花親方が候補に選ばれた場合の対応について質問を受けた池坊議長はこのように答え、評議委員会が貴乃花理事就任に待ったをかける可能性があることを示唆した。

しかし、こうした考え方も「著しく論理性を失している」ものだ。日本の法制度では「一事不再理」が原則である。「一事不再理」とは、刑事事件の裁判について、確定した判決がある場合には、その事件について再度、実体審理をすることは許さないとする刑事訴訟法上の原則である。

今回相撲協会は、貴乃花親方の一連の行動に対して理事降格という史上初の厳しい処分を下した。その貴乃花親方が2月の理事候補選挙で理事候補になった場合、貴乃花親方が新たな「忠実義務違反」を犯さない限り、今回の一連の行動を理由に理事就任を拒否することは難しい。

もし評議員会が理事候補選挙を経て理事候補となった貴乃花親方の理事就任を拒否した場合、問題はより長期化、深刻化することになる。その場合この問題の長期化、深刻化の責任は誰がとるのだろうか。

「評議員会において全会一致にて解任が決定されたことを踏まえ、今後は再発防止に努め、より一層気を引き締めて内部統制を図りたいと存じます。そして何より、力士が安心して稽古に精進し、本場所で多くのファンを魅了し続けるよう、全力で取り組む次第でございます」

日本相撲協会の八角理事長は評議員会が貴乃花親方の理事降格という史上初の厳しい処分を決めたことを受けこのようなコメントを発表したが、これは一般社会からは全く意味が分からないものである。

問題なのは、「再発防止」「内部統制」が何を指しているのか不明であることだ。

今回のような暴行事件が起きても協会に対する「忠実義務違反」を犯す理事を出さないようにするという意味なのか、それとも、貴乃花親方が提出した報告書に記されたような「『内々で済む話だろう』と被害届の取り下げを要請」するような協会内の隠蔽体質を改善していくという意味なのか、全くはっきりしない。

仮に前者の意味だとしたら、協会がイエスマンで固められることとなり、結果的に「内部統制」は保たれないことになる。「内部統制」とは組織的に違法行為を隠蔽するためのものではない。

反対に後者の意味だとしたら、貴乃花親方に執拗に被害届の取り下げを要求した執行部の人間を明らかにする必要があることになる。

今回の日馬富士による暴行事件では、貴乃花親方の特異な性格と、協会との対立にスポットライトが当てられ過ぎた感が否めない。貴乃花親方の理事降格によってメディアにとって貴乃花問題は一回区切りがついた格好になっている。

しかし、暴行事件の客観的な事実は全く解明されていないどころか、このまま闇に葬られようとしていることを忘れてはならない。

なぜ、横綱が引退に追い込まれるような事件の真相が明らかにされないのか。なぜ、事件の被害者で休場に追い込まれた貴ノ岩が十両に陥落しなければならないのか。貴ノ岩が横綱ではなく通り魔に襲われて怪我をして休場を余儀なくされた場合にも同じように十両に陥落させたのか。

メディアの報道は貴乃花親方の理事降格が決まったことで潮が引くようにおさまる気配を見せている。それとともに世間の注目も薄れていくはずだが、相撲協会に突き付けられた宿題はまだ残ったままであることを忘れてはならない。


有料メルマガ『元ファンドマネージャー近藤駿介の現場感覚』好評配信中。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。1月9日に配信された最新号「2017年の延長線上で始まった2018年 ~ リスクは国内にあり」もすぐ読めます。

【関連】【新春展望】2018年金融市場は「ビットコイン」と「日銀」が波乱要因に=近藤駿介

<初月無料購読で今すぐ読める! 1月のバックナンバー>

※いま初月無料の定期購読手続きを完了すると、以下の号がすぐに届きます
・2017年の延長線上で始まった2018年 ~ リスクは国内にあり(1/9)

<こちらも必読! 月単位で購入できるバックナンバー>

※1月分すべて無料の定期購読手続きを完了後、各月バックナンバーをお求めください。

12月配信分
・ビットコイン急騰を演出した「懐疑の中で育ったトランプ相場」(12/25)
・割高になり過ぎた都心不動産 ~ メザニンで不動産市況は救えない(12/23)
・税制改革に対する過度の期待とFRBが抱えるジレンマ(12/18)
・リスクに備えることを忘れたリスク(12/11)
・2018年は2017年の延長線上にある?(12/4)

11月配信分
・狭まる「長短金利差」と広がる「日米政策格差」(11/27)
・変化した海外投資家動向と、変化しないイールドカーブフラットニング化(11/20)
・トランプラリー1年 ~「期待」から「現実」へ(11/13)
・転換点を迎えた金融政策 ~「出口論」を強いられる異次元の金融緩和(11/9)
・パウエル新FRB議長決定 ~ 消えた不透明感と湧き出た不透明感(11/6)

10月配信分
・「恋は盲目」「あばたもえくぼ」(10/30)
・リスクを忘れた市場に表れる中期的リスク(10/23)
・FRB次期議長問題 ~ 日米で大きく異なる「金融政策の専門家」(10/20)
・リスクが消えた金融市場を演出した「トランプ&シンゾウ」(10/16)
・黄色信号が点滅した?「ゴルディロックス相場」と「アベノミクス相場」(10/9)
・株価史上最高値更新の陰で進められているFRB議長人事(10/5)
・Volatilityの限界水準(10/5)
・FRB利上げ観測によって現れた市場の変化と市場間の乖離(10/2)

【関連】相撲協会がひた隠す「白鵬のウソ」と口裏合わせ。貴乃花はいま何を想う?=山岡俊介

【関連】FRBの最強通貨「Fedコイン」とビットコイン、NSA(米国家安全保障局)を結ぶ点と線

本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2018年1月9日)
※太字はMONEY VOICE編集部による

初月無料お試し購読OK!有料メルマガ好評配信中

元ファンドマネージャー近藤駿介の現場感覚

[月額4,070円(税込) 毎週 月曜日(祝祭日・年末年始を除く)]
時代と共に変化する金融・経済。そのスピードは年々増して来ており、過去の常識では太刀打ちできなくなって来ています。こうした時代を生き抜くためには、金融・経済がかつての理論通りに動くと決め付けるのではなく、固定概念にとらわれない思考の柔軟性が重要です。当メルマガは、20年以上資産運用、投融資業務を通して培った知識と経験に基づく「現場感覚」をお伝えすることで、新聞などのメディアからは得られない金融・経済の仕組や知識、変化に気付く感受性、論理的思考能力の重要性を認識して頂き、不確実性の時代を生き抜く一助になりたいと考えています。

シェアランキング

編集部のオススメ記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MONEY VOICEの最新情報をお届けします。