マネーボイス メニュー

From 首相官邸ホームページ

「テロ対策」の御旗のもとに~共謀罪で得をする人、損をする人=斎藤満

自民党はなぜ今、過去に何度も廃案となった「共謀罪」法案を急いで通そうとしているのでしょうか?現政権への批判を封印したい、という思いもあるでしょうが、それだけではありません。「共謀罪」を通すことで誰が得をし、誰が損をするのか、冷静に考えてみましょう。(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)

※有料メルマガ『マンさんの経済あらかると』好評配信中。ご興味を持たれた方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。今月配信済みバックナンバーもすぐ読めます。

プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。

あなたは得する側?損する側? 安倍内閣が「共謀罪」を急ぐ理由

4度目の正直

自民党は3月14日の総務会で、いわゆる「共謀罪」の趣旨を織り込んだ「組織的犯罪処罰法」の改正案を全員一致で了承、党内手続きを終了しました。公明党も別途準備を進めていて、17日の与党政策責任者会議を経て、21日にも閣議決定に持ち込みたいようです。

この「共謀罪」は、過去に3度も廃案の憂き目にあった「問題法案」ですが、今回は「4度目の正直」で何としても通したいようです。

そのため政府は、国民の反発をかわすための様々な工夫、方便を弄しています。「これは善良な市民には関係のない『テロ』対策だ」との色合いを前面に出しつつ、2020年に東京オリンピック・パラリンピックを控え、この改正案が何としても必要、これがなければ東京五輪も開催できない、とまで言って説得に努めています。

3度も廃案になるほど国民から反発が強い法案を、安倍政権は力ずくでも通そうとしています。その裏に何があるのか、この改正法案の表の顔裏の顔を知っておいた方がよさそうです。

【関連】「ほぼ日」株、買ったらどうなる?“糸井さん流”との賢い付き合い方=栫井駿介

なぜ国民は不安なのか?

これまで3度も廃案になったということは、それだけ国民に評判が悪く、国民が不安を抱く法案だからです。

戦前・戦中を知る世代の間からは、昨今の日本が戦前の「知らないうちに戦争に突き進む」状況とよく似ている、との心配の声が良く聞かれます。

そして彼らは、この「共謀罪」がかつての「治安維持法」と重なり、再び特高警察に監視され、言論をチェックされる恐怖を感じると言います。

実際、通常の罰則は、実際に犯罪を犯した場合に、つまり「実行犯」が処罰の対象となりますが、「共謀罪」では実行しなくとも、その準備をしたり合意をしたりするだけでアウトとなります。つまり、犯罪を目論む2人以上のものが、話し合って合意するだけで、処罰の対象となるわけです。

では、どんな「犯罪」を目論んだ場合に問題となるのか、この「共謀罪」の源を知る必要があります。

健全な政府批判が「政権転覆」を図る犯罪に?

この「共謀罪」は、やはり国民の反発が強い中で強引に通過が図られた「特定秘密保護法」の中に含まれている犯罪の1つだということです。安全保障を脅かす恐れのあるテロやスパイの防止を主眼とし、外交防衛に関する情報を特定、それらを漏洩したものに最長10年の罰を与える、というのが「特定秘密保護法」でした。

この「特定秘密保護法」の法案審議の過程でも問われましたが、対象となる情報の範囲があいまいで、安全保障にかかわる問題、外交防衛に関する情報とは何を指すのかも不明確です。

国の安全を脅かす恐れがある情報、考え、その相談、準備、となると、例えば内乱や外国への戦争につながるもの、さらに通貨偽装なども対象となるようですが、いずれも当局の裁量で都合の悪いものを処罰、となりかねない不安があります。政府批判が「政権転覆」を図る犯罪ともなりかねません

第二次大戦中には、「こんな戦争は勝ち目がないからやめた方が良い」「戦争を止めるよう政府に働きかけよう」と言っただけで治安維持法に引っかかり、捕まりました。本人のみならず相談を受けた者まで捕まっています。

現在も、北朝鮮などでは指導者の悪口、批判は「粛清」の対象になるので、誰も批判しません。今でもすでに言論の自由が脅かされている日本ですが、「共謀罪」が通れば、言論の自由がより一層制限されかねないのです。

Next: 自民党はなぜ今「共謀罪」成立を急ぐのか? 3つの理由



表向きは「テロ対策」でも、すべては解釈次第

政府も法務省も、「共謀罪」で罰せられる対象は「善良な市民」ではなく、その適用対象を「テロ集団その他の組織的犯罪集団」としています。そして277種類の罪に該当するものを「2人以上で計画」し、グループの誰かが物品や金の手配、下見などの準備行為を行った場合に処罰される、ということになっています。

さらに「特定犯罪を実行しようという具体的、現実的な合意をした場合に処罰の対象となるが、漠然と相談しただけでは処罰の対象にならない」と説明しています。

しかし、テロ集団の定義にしても、277種類の罪にしても、それは解釈によってかなり幅があり、関係ないと思われる人々や行為が、これに引っかかる可能性があります。

そもそも「テロ」の意味、解釈を辞典で調べてみると、『大辞林』は、「あらゆる暴力的手段を行使し、またはその脅威に訴えることによって、政治的に対立するものを威嚇すること」と説明しています。

つまり、「テロ」の言葉には、政権を脅かすあらゆる存在が含まれる可能性があります。

また、一旦改正法を通してしまえば、後は国民が知らないうちに少しずつ修正し、処罰の対象が広がる可能性もあります。

自民党はなぜ今「共謀罪」成立を急ぐのか? 3つの理由

国会は今「森友学園」問題関連記事一覧)で大揺れですが、国民の目がそちらに向いている間に、自民党総務会はこの「共謀罪」を了承してしまい、どさくさに紛れて閣議決定にもちこむ可能性があります。

何度もつぶれた法案をなぜしつこく、しかも急いで通そうとしているのか。現政権への批判を封印したい、との思いもあるでしょう。「第2の森友学園」問題とされた今治市の公有地無償譲渡も、一時かん口令が敷かれていたと言います。

しかしそれとともに、もう1つの理由として、米国への配慮がありそうです。「特定秘密保護法」も結局のところ安保関連で米国から強く要請された面がありますが、「共謀罪」も同じ流れにあります。

米国から見ると、日本の情報管理は「ざる」のように甘く、機密はとても保持できない、と心配しています。日米安保を揺るがす事態が日本で発生することは何としても避けたい、との思いが米国にも日本政府にもあると思います。

国の安全保障を米国に100%依存する日本政府としては、この米国の意向には逆らえません。

さらにまた「国際組織犯罪防止条約」ができましたが、共謀罪のない日本の今の法体系では、これに加入できないといいます。これにすぐに加入するためにも、早く「共謀罪」を通す必要があるということのようです。

Next: 多くの国民には利益なし? 共謀罪で本当に「得をする」のは誰か



共謀罪で本当に「得をする」のは誰か?

このようにみると、この「共謀罪」を通すことで、誰が得をし、誰が損をするのか、透けて見えてきます。

建前上は、2020年の東京オリンピック・パラリンピックが無事に開催されれば、国民に利益、ということになるのですが、多くの国民はそれを「共謀罪」のおかげとは思いませんし、「共謀罪」などなくても当然、無事にオリンピックが開催されると期待しているでしょう。

むしろ、日米安保を進め、日本の防衛費を拡大し、F35戦闘機の追加購入、高高度ミサイル防衛システム「THAAD」の日本配備などを進めたい米国政府、米軍事産業に大きな利益がありそうです。

そして、政権批判を封印することで政権交代を回避できる現与党にも利益となります。先日も「森友学園」「第2の森友学園」で安倍政権を厳しく追及する野党に、「もし何もなかった時にあなたは責任をとれるのか」と安倍総理が恫喝していましたが、もしこの改正法が通れば、政権を脅かすグループの言論を封じ込める余地が生じ、政府批判が次第に難しくなる可能性があります。

「治安維持法」があった戦前の日本や、現在の北朝鮮のように、政府の保身に役立つ面があるのです。

その裏返しで損をするのは、新聞、テレビなどのメディアと、言論界が中心ということになります。政府批判や安保批判をする人々もさることながら、彼らから相談を受けたり話しかけられて下手に相槌も打てない、相談にも乗れない、との思いを国民が抱き、社会に不安が広がる懸念もあります。

戦前の治安維持法もドイツのナチスやヒトラーも、当初は国民が支持した面もあるとは言え、次第に国家が国民の自由な発言、行動を縛るようになった歴史があります。

「共謀罪」がなければテロが防げないというわけではありません。むしろこの「共謀罪」によって、国民の言論の自由、基本的人権が脅かされる面があります。

その点、特定秘密保護法の22条には、「これを拡張して解釈して、国民の基本的人権を不当に侵害するようなことがあってはならず、国民の知る権利の保障に資する報道又は取材の自由に十分に配慮しなければならない」と規定してありますが、何をもって「不当に」にあたるのか、正当であれば基本的人権の侵害にはならないのか等、いろいろな問題があり、この程度では国民の不安は解消されません。

こうした法は、一旦通してしまうと、後でどう修正され、国民に不利になるかわからないところがあります。間違っても「どさくさ」に紛れて通してしまう事態は避けねばなりません。国民の厳しい目でチェックする必要がある法案です。
続きはご購読ください。初月無料です

<初月無料購読で今すぐ読める! 3月配信済みバックナンバー>

・安倍永久政権に政治リスク(3/13)
・ジレンマに直面する日銀(3/10)
・「トランプラリー」から「トランプリスク」へ(3/8)
・保有資産の圧縮を急ぐFRB(3/6)
・米国内でも評価が分かれたトランプ政策(3/3)
・債券市場はトランプ政策に懐疑的(3/1)


※有料メルマガ『マンさんの経済あらかると』好評配信中。ご興味を持たれた方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。今月配信済みバックナンバーもすぐ読めます。

【関連】アメリカのシナリオ通りに進む「韓国弱体化」と近づく朝鮮半島有事=斎藤満

【関連】偶然ではない、森友学園問題と「南スーダンPKO撤収」を結ぶ点と線=近藤駿介

本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2017年3月16日)
※太字はMONEY VOICE編集部による

初月無料お試し購読OK!有料メルマガ好評配信中

マンさんの経済あらかると

[月額880円(税込) 毎週月・水・金曜日(祝祭日・年末年始を除く)]
金融・為替市場で40年近いエコノミスト経歴を持つ著者が、日々経済問題と取り組んでいる方々のために、ホットな話題を「あらかると」の形でとりあげます。新聞やTVが取り上げない裏話にもご期待ください。

シェアランキング

編集部のオススメ記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MONEY VOICEの最新情報をお届けします。