オーディオメーカーの名門として知られるオンキヨーが、その柱とも言える音響事業の外資への売却を発表、波紋が広がっています。これまでも多くの日本企業がオーディオ業界からの撤退を余儀なくされていますが、そんな状況を「無条件降伏」とするのは、米国在住の作家・冷泉彰彦さん。冷泉さんは今回、自身のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』でなぜこのような事態に陥ったのかを分析するとともに、その「敗北の本質」を理解しなければ国内の他の業種も同じ運命を辿る危険性があるとしています。
※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2019年5月28日号を一部抜粋・再構成したものです。興味を持たれた方は、ぜひこの機会に『今月すべて無料のお試し購読』をどうぞ。
プロフィール:冷泉彰彦(れいぜい あきひこ)
東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒業。福武書店(現、ベネッセ・コーポレーション)、ベルリッツ・インターナショナル社、米国ニュージャージー州立ラトガース大学講師を経て、現在はプリンストン日本語学校高等部主任。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。
日本のオーディオ産業を「無条件降伏」に追いやった4つの敗因
日本のオーディオ産業、無条件降伏の原因
5月16日に一斉に報じられたようですが、歴史の長い音響機器(オーディオ)メーカーの、オンキヨーは主力の家庭用AV事業の売却に向けアメリカのサウンド・ユナイテッドなどと協議するという「基本合意」を発表しました。
では、家庭用AV機器のビジネスを売却した後はどうするのかというと、今後はヘッドホンなどのモバイル・アクセサリーや家電・自動車メーカー向けの製品供給に力を入れるとしています。
これまでも、マランツ、DENONなど多くのメーカーが買収されて日本企業ではなくなっていますし、ナカミチ、アカイ、アイワなど消えていったブランドも多くあります。また、日立や東芝など大規模な家電メーカーの多くも、オーディオのビジネスからは撤退しています。
別にオーディオなどという「モノづくり」は、一過性の「モノ売り」であり、技術的にもローテクなので、21世紀のエコノミーの中では、そんなに重要ではないという考え方も可能です。そうではあるのですが、では日本は、オーディオ関連のアプリや、ストリーミング配信の会員ビジネスなどで先駆的にやっているのかというと、モノづくり以上にダメダメである中では、何も威張れるものはないわけです。
とにかく70年代から90年代までは世界の市場を制覇していた、一つの産業について、別に産業が消滅したわけでもないのに、日本勢は総崩れ、つまり無条件降伏ということになったわけです。
一体何が問題だったのでしょうか?今回は皆さまに幅広く議論をお願いするために、箇条書き的な整理をしておきたいと思います。
Next: 衰退のきっかけとなった騒動とは?
1)衰退のきっかけは「MP3」騒動でした。1995年に「ウィンドウズ95」が登場すると、世界的にコンピュータの普及が進みました。これを受けて、当時は音楽ビジネスの巨大メディアであったCDというディスクから「簡単にオーディオのファイルが取り出せる」ことが明らかとなり、違法アップロード、ダウンロードが横行、CDという「物理ディスク」の販売というビジネスモデルは揺らぎ始めました。
その際に、アップルの動きは戦略的でした。2001年というタイミングで、「iPod」を発売、これは違法ダウンロードが横行しているという環境に、高機能な再生用のデバイスを投入することで「音楽のファイル販売」というビジネスを立ち上げようというものでした。
アップルは、結局は2010年代の後半になって、「Spotify」による音楽ストリーミングサービスの挑戦を受けることで、音楽について「ファイルの販売」から「定額ストリーミング」に移行しますが、いずれにしても物理的なディスクを販売するというビジネスモデルを破壊して、再生用プレーヤを普及させ、のちにはこれを携帯電話と統合させる中で、音楽業界をディスクのない世界に変えていきました。
日本勢は、これに対して、完全に受身となり当初は「違法ダウンロード反対」の警察的な活動に熱心になる中で、やがてアップルの覇権が確立すると、ソニーなどは、完全にこれに追随するということになったのです。
2)一方で、そのCDですが、その規格が「低すぎる」という問題もあります。このフォーマットは、ソニーが主導して決定したものですが、サンプリング周波数はともかく、16ビットというのは低すぎます。このプアな仕様が採用され、その後、長く続いたことで、世界中の音楽ファンの耳がダメになり、高音質のオーディオ機器のニーズも生まれないということになったのです。
3)そのCDがプアという問題ですが、これに対するアップデートとして、1999年にソニーとフィリップスが「スーパー・オーディオCD(SACD)」というディスクフォーマットを出しました。このSACD、今でも細々と続いていますが、完全に失敗でした。
まず、今度はフォーマットが高すぎたのです。また、違法アップロードへの被害感情が強かったために、このSACDはセキュリティが高すぎて、ディスクの汎用性も損なわれていました。結果的に、高音質の音楽ファイルについては、「ハイレゾ」のダウンロード販売ということに落ち着きつつありますが、SACDなどというフォーマットにこだわったのも迷走であったと思います。
4)そうであっても、今でもオーディオ産業というのはあります。英国やアメリカ、北欧などでは高級なスピーカーやアンプのメーカーが生き残ったり、新創業したりしていて、市場もちゃんとあります。また、スマホの普及に伴って、ヘッドホンやイヤホンの市場というのは、むしろ爆発的に拡大しています。
にも関わらず、業界で日本勢は無条件降伏に近いのは何故なのでしょう?一つは、世界の若者のニーズをつかめないということがあります。若い人が入ってこない、海外駐在しても現地のディープな若者カルチャーにリーチできないなどの要因が重なっていると思います。
Next: 日本勢が束縛されるオカルトな迷信
また高級なスピーカーの部門では、日本勢は「測定結果にこだわる」とか「重ければいい音」だというオカルトな迷信に束縛されているという面があります。測定結果というのは、スピーカーから出た音をわざわざ再びマイクで拾って、その「周波数特性」をグラフにしたものです。
つまり、低い音から高い音までが「フラット」、要するにある高さの音が特に大きく再生されたり、小さくなったりするのではなく、全体的にまっすぐに満遍なく再生できるのが「特上」だとされます。これが日本式の信仰です。
実は、この発想法は全く無意味なのです。というのは、人間の耳の「周波数特性」というのは決してフラットではなく、凸凹になっていて、聞き取りやすい音域というのには偏りがあるのです。
ですから、カメラの世界では「印象色」とか「記憶色」というのがあるように、人間の大脳に届いた時点での音のイメージというところから判断しなくてはならないわけで、例えば英国のスピーカー産業などは、徹底的にそれをやっています。つまり、本当に音楽の好きな技術者が自分の耳で判断してチューニングしているのです。
ですが、日本のオーディオ産業は、基本サラリーマン集団であって、クラフトマンシップの集団ではありませんから、「検査結果が良ければ高級」というオカルト信仰でやってきたのです。ですが、それは世界に通用しないので、日本のオーディオマニアが高齢化すると、もう市場は消滅ということになりました。
例えばですが、せめてオーディオ産業の各企業が、日本の「ニコン、キャノン」という2大カメラメーカーのように(あるいは、そこにフジを加えてもいいですが)、しっかり世界中の写真家との対話を続けて、厳しい要求を満たすように製品のクオリティを正しい方向に向けていれば、こんなことにはならなかったと思います。
今でも、世界にはジャズやクラシックなど、アコースティックな音楽を「いい音で聴きたい」という消費者は大勢います。そのためには、数千ドルから数万ドルは投じてもいいというお客もまだまだたくさん存在しています。こうした市場を、結局のところ日本勢は押さえることができませんでした。
また、スマホのアクセサリとしてのイヤホン、ヘッドホン市場は高級化と拡大の一途を進んでいますが、一部日本勢で健闘している部分もありますが、こちらは中国勢の躍進が目立ちます。これも「測定室での優等生」的な商品ばかりの日本勢と、「印象音を派手にする」ためには思い切ったチューニングのできる中国勢の差、そして後はマーケティング能力ということだと思います。
とにかく、日本のオーディオ産業は、ほぼ消滅という寸前まで来ています。その「敗北の本質」をしっかり理解して、例えば自動車産業などが同じ運命をたどることにないように、しっかり反省することが重要と思います。
※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2019年5月28日号を一部抜粋・再構成したものです。興味を持たれた方は、ぜひこの機会に『今月すべて無料のお試し購読』をどうぞ。
『冷泉彰彦のプリンストン通信』(2019年5月28日号)より一部抜粋
※太字はMONEY VOICE編集部による
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