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新規上場したセキュリティサービスのHENNGEは、技術革新で競合を凌いでいけるのか

HENNGE<4475>は、10月8日東証マザーズに新規上場しました。同社の株価は、公募価格1,400円に対して初値は+42.93%の2,001円をつけました。(イノベーションの理論でみる業界の変化

本記事は『イノベーションの理論でみる業界の変化』2019年11月6日号の一部抜粋です。全文にご興味をお持ちの方はぜひこの機会に、今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:山ちゃん
東京でシステムエンジニアおよびITコンサルタントとして大企業の情報システム構築に携わったあと、故郷にUターンし、現在はフリーで活動。その後、クリステンセン教授の一連の名著『イノベーションのジレンマ』『イノベーションへの解』『イノベーションの最終解』を読んで衝撃をうけ、イノベーションをライフワークとしている。

初値は公募価格から42.93%上昇し、2,001円でスタート

HENNGEをジョブ理論の視点からみる

HENNGE株式会社<4475>(以下、同社)は、2019年10月8日東証マザーズに新規上場しました。業務内容は、企業向けクラウド型セキュリティサービスの提供です。

同社の株価は、公募価格1,400円に対して初値は2,001円をつけました。差異率は+42.93%と値をあげました。なお、11月5日時点の株価は1,477円です。

クレイトン・M・クリステンセン他『ジョブ理論』(ハーパーコリンズ・ジャパン)によれば、この理論はクリステンセン教授たちが長年の歳月を費やして練り上げたもので、次の新しい機会を見つける方法を示し成長のための筋道を明らかにするだけでなく、イノベーションを予測可能にし、その効果は、アマゾンのジェフ・ベゾスらによっても確認されているといいます。

では、このレンズを通して同社のビジネスモデルを眺めると何がみえてくるのでしょうか。これはまたある意味において、イノベーションを生み出すための「思考実験」だともいえます。

ビジネスモデルの特徴

同社グループは、HENNGE One事業、プロフェッショナル・サービスおよびその他事業を展開しています。HENNGE One事業は、顧客企業が様々なクラウドサービスを利用する際に単一のIDとパスワードでログインを可能とするID統合機能や情報漏洩対策機能等を提供し、その対価として収益を得ます。なお収益モデルは、サービス料を年額で定額課金するサブスクリプション型を採用しています。

プロフェッショナル・サービスおよびその他事業は、顧客企業にメール配信パッケージソフトウエア等を販売し、その対価として収益を得ます。

ビジネスモデル的にみれば、いずれの事業のそれも、未完成または不完全な事物を高付加価値の完成品──セキュリティサービスやメール配信パッケージソフトウエア等──へと変換する価値付加プロセス型事業です。

同社グループは、対処すべき課題の一つとして「技術革新への対応」を、事業等のリスクとして「経営環境の変化について」「技術革新への対応について」「特定の事業者サービスへの依存について」等をあげています。

Next: HENNGEが今後、成長するために取り組むべき課題とは?



思考実験──片づけるべき用事とは

『ジョブ理論』によれば、以下の問いに答えることで用事をより具体化できるようになる、としています。

1.その人がなし遂げようとしている進歩は何か。求めている進歩の機能的、社会的、感情的側面はどのようなものか。

2.苦心している状況は何か。誰がいつどこで何をしているときか。

3.進歩をなし遂げるのを阻む障害物は何か。

4.不完全な解決策で我慢し、埋め合わせの行動をとっていないか。ジョブを完全には片づけてくれない商品やサービスに頼っていないか。複数の商品を継ぎはぎして一時しのぎの解決策をつくっていないか。

5.その人にとって、よりよい解決策をもたらす品質の定義は何か、また、その解決策のために引き換えにしてもいいと思うものは何か。

出典:『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』(第2章 プロダクトではなく、プログレス)

用事の特定

イノベーションを起こすための最初のステップは、ある状況下で顧客がなし遂げようとしている進歩を特定することです。そして、その進歩には機能的、感情的、社会的側面があり、どれが重視されるかは文脈によって異なってきます。また、用事を特定することにより、真の競合相手もみえてきます。では、同社の場合はどうなるのでしょうか。

今回は、同社グループが課題としてあげる「技術革新への対応」を取り上げます。同社グループはそれを、次のように認識しています。

当社グループが属するIT業界はめまぐるしい勢いで進化しており、日々、新技術が世の中に生まれております。このような経営環境の中では、新技術への挑戦を止めてしまうと、サービスの陳腐化などが進み、当社グループが衰退してしまうことを認識しております。そこで、当社グループは、当社代表取締役を中心とした社長室メンバー、各事業部のメンバーが既存サービスの改善改良、新規サービスの研究開発を積極的に進める方針を明確に打ち出し、当社グループ自らが新技術を積極的に取り入れ多くの失敗を糧にすることで、このような経営環境における事業推進に対応できる体制を整えております。

ここで着目したいのは、新技術としてのIoTサービスです。そして、それにつなげるのは少年野球です。なお、日本高野連などは「高校野球200年構想」を発表し、野球人口を増やそうとしています。

こういった状況で顧客、主に少年野球の指導者がなし遂げようとする、進歩の機能的側面は「子どもに野球を教える」ということ。感情的側面として「子どもの成長」、社会的側面として「野球人口の増加」を重視するでしょう。

なお、同社グループは「競合他社の参入について」は次のように認識しています。

当社グループは、複数のクラウドサービスへのセキュアなアクセスとシングルサインオンを実現するIDaaSを中心にサービス提供をしております。IDaaSを提供している企業は現在、多くはありません。このような市場において当社グループは事業活動を行っておりますが、将来において大手資本やネームバリューのある競合他社が参入してきた場合には、当社グループの事業及び業績に影響を及ぼす可能性があります。

Next: HENNGEがすべきは、小さく初めて失敗しながらサービスを改善していくこと



体験の構築

用事が特定できたら、次になすべきことは、顧客がなし遂げようとしている進歩に伴う体験を構築することです。製品・サービスの購入時や使用時におけるすぐれた体験が、顧客がどの製品やサービスを選ぶかの基準になるからです。では、同社はどのような体験を構築すればいいのでしょうか。

顧客である少年野球の指導者が、子どもに野球を教えようとする際に障害となり得るのは、子どもが野球に興味を持ってくれないこと。そんななか、佐賀県伊万里市にある敬徳高等学校では、新たな取り組みをはじめています。

2月末、敬徳の野球部員たちは、同じ佐賀県伊万里市内にある大川保育園にいた。園児たちに「ティーボール教室」を開くためだ。

「ティーボールコーン」と呼ばれる、三角形の頂点の部分にボールをのせられる専用のコーンを使った、野球に似た競技。投手はいなくて、ボールは目の前で止まっているので打ちやすい。怖がらないよう、軟らかいボールとスポンジのバットを使う。

反応は上々。永田恵子園長(57)は「バットで打つので、ボールを直接蹴るサッカーと違い、道具を使って考えて取り組む点でいい」と話す。用具は自由に貸し出され、実際に遊ぶ園児もいるという。

ティーボールコーンで野球に興味をもつ子どもが増えれば、結果的に「野球人口の増加」という顧客にとってのすぐれた体験につながる可能性があります。

プロセスの統合

最後は、顧客がなし遂げようとしている進歩のまわりに社内プロセスを統合し、顧客に対して彼らが求める体験を提供します。そうすることにより、プロセスは摸倣が困難になり競争優位をもたらすのです。

社内プロセスの統合という意味で同社グループの課題となるのは、ティーボールコーンにIoTを組み込んで、より多くの子どもたちに楽しんでもらうことです。たとえば、どの子どもが何回ボールを打ったかをボードなどに表示すれば、負けず嫌いの子どもであれば競うようにして遊んでくれるでしょう。

ただし、問題もあります。IoTを使ってボールを打った回数を測定するだけでは容易に競合に模倣されてしまいます。したがって、いかにして子どもの興味を引きつけるかという「娯楽性」がカギとなるでしょう。

いずれにしても同社は「当社グループ自らが新技術を積極的に取り入れ多くの失敗を糧にする」と謳っているのですから、彼らにとっては、小さくはじめて早めに失敗し、顧客からのフィードバックを得ながらIoTサービスを改善していくことが一番です。

では、同社グループがこうしたIoTサービスを手がけるのであれば、業績の評価基準をどうすればいいのでしょうか。クリステンセン教授たちは次のように指摘しています。

ジョブ理論は、プロセスを何に合わせて最適化するのを変えるだけでなく、成功の尺度も変える。業績の評価基準を、内部の財務実績から、外部的に重要な顧客ベネフィットの測定基準へと移す。

・顧客の行動について集めたデータは、客観的に見えてもじつは偏っていることが多い。データはとくに、ビッグ・ハイア(顧客がなんらかのプロダクトを買うとき)だけを重視し、リトル・ハイア(顧客がなんらかのプロダクトを実際に使うとき)を無視している。ビッグ・ハイアが、顧客のジョブをプロダクトが解決したことを意味する場合もあるが、本当に解決したかどうかは、リトル・ハイアが一貫して繰り返されることによってしか確認できない。

この指摘を踏まえるのであれば、同社グループはリトル・ハイア──子どもたちがボールを打った回数──を業績の評価基準とするのが得策だということになります。

【参考文献】

・クレイトン・M・クリステンセン他[著]、依田光江[訳]『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』(ハーパーコリンズ・ジャパン)
・クレイトン M.クリステンセン『C.クリステンセン経営論』(ダイヤモンド社)
・クレイトン・M・クリステンセン『医療イノベーションの本質─破壊的創造の処方箋』(碩学舎ビジネス双書)
IoTサービス創出へ100社連合 東芝やソフトバンク‐日本経済新聞(2019年11月5日公開)
野球人口増やそう 球児が園児指導「子の成長うれしい」‐朝日新聞(2019年7月5日公開)
・有価証券届出書(新規公開時)


本記事は『イノベーションの理論でみる業界の変化』2019年11月6日号の一部抜粋です。全文にご興味をお持ちの方は、バックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。

image by:PopTika / Shutterstock.com

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イノベーションの理論でみる業界の変化』(2019年11月6日号)より一部抜粋

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クリステンセン教授たちが練り上げた「片づけるべき用事」の理論は、これまで不可能とされてきたイノベーションの予測を可能にし、その効果はアマゾンのベゾスらによっても確認されているといいます。3年目になる2018年からは内容を刷新し、従来のMBAツールとは一線を画すこの優れた理論を使い、各業界におけるイノベーションの可能性を探ります。これはイノベーションを生み出すための「思考実験」にもなります。なお各号はそれぞれ単独で完結(モジュール化)しているので、関心がある業界(企業)を取り上げた号を購読していただけます。

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