マネーボイス メニュー

【書評】『新聞の正しい読み方』=柴山桂太・京都大学准教授

最近、読んで面白かった本『新聞の正しい読み方』で印象に残ったのは、紙の新聞が購読されなくなっているにも関わらず、新聞は実は影響力を失っていないという指摘です。

記事提供:『三橋貴明の「新」日本経済新聞』2016年3月31日号より
※本記事のタイトル・リード文・本文見出し・太字はMONEY VOICE編集部によるものです

いまだに「新聞」が世論形成に強い影響力を持つ理由

もっとも重要な機能「ニュースの生産」を担い続ける新聞

最近、読んで面白かった本を紹介します。

松林薫『新聞の正しい読み方』NTT出版、2016年

著者は日経新聞の元記者で、記者時代の経験から、新聞情報の読み方を指南しています。記者がどんなやり方で取材し、ニュースがどうつくられているのか。新聞に固有の表記ルール、例えば「政府高官」の発言とは誰の発言なのか、といった具体的なエピソードが盛りだくさんで読ませます。

印象に残ったのは、新聞は実は影響力を失っていないという指摘。若者を中心に新聞無講読層が増え、新聞社の経営が苦しくなっているのは確かですが、ではわれわれが新聞の情報に触れていないかというとそんなことはない。ネットのニュースは新聞社が提供しているものがほとんどですし、テレビの朝昼の情報番組も、朝刊や夕刊の記事をそのまま読み上げたり、新聞社の解説委員が解説したりしています。

つまり紙の新聞は購読されなくなっているのに、新聞の持つ情報発信力は減るどころか、むしろ増えているとも言えるわけで、だから新聞を取っていない若者も、新聞についてもっと興味を持った方がいい、というのが本書の問題意識です。

新聞の影響力は減るどころか増えている、という指摘は重要だと思います。テレビやネットがこれほど普及した現在では、紙の新聞など風前の灯火で、いずれ終わるメディアというのが一般的な見解だと思います。その割には、新聞の持つ影響力はいまも衰え知らずで、特に世論形成という面では、新聞の持つ力は他を圧しています

その理由は、ニュースの生産というもっとも重要な機能を、今も新聞が担っているからです。

本書にもあるように、記事ができるまでに取材から裏取りから校正から何から、新聞社は膨大なコスト(人手とお金)をかけています。ニュースの解説はテレビやネットもできますが、ニュースの生産となると限界があります。以前、別の本でニュースの八五%は新聞社が発信しているというアメリカの研究を読んだことがありますが、日本も似たようなものでしょう(CNNのようなニュース専門チャンネルがない分、もっと多いかもしれません)。ニュースの生産は、いぜん新聞が独占しているのです。

もちろん、新聞社の経営が悪化すれば、ニュース生産にかかるコストも削減せざるをえません。新聞社のビジネスモデルが限界に来ているのは間違いないところでしょう。しかし、それに変わる新しい仕組みはまだ生まれていない。すでに役割を終えたように見える紙の新聞が、いまなお社会に隠然たる影響力を発揮しているのはそのためです。

Next: 新聞という「権力」とどう付き合い、いかに読みこなすべきか



新聞が権力だということになれば、当然、その権力を利用しようとする力も働きます。政治家や役人、大企業は都合のいい情報を書いてもらおうとしますし、市民団体は新聞の力を使って自分たちの主張を拡大しようとするでしょう。新聞は、そうした力がせめぎ合う場です。一つ一つの記事について「誰が」「どのような意図」をもって情報を発信しているのか、読者が見分ける力をもたなければなりません。

現代社会は、世論が決定的な力を持ちます。行政も司法も、世論には逆らえませんし、企業も世論を敵に回してまで商売はできません。世論を左右できる新聞は、非常に大きな権力を持っていると言っていいでしょう。それほどの力を持っているにもかかわらず、新聞の社会における位置づけはあいまいで、政府のように公法に縛られていませんし、企業のように市場競争によって律せられているわけでもありません。だからこそ、読者が新聞を批判的に読む必要があるわけです。

今後、新聞業界の再編が進み、新聞社の数も新聞記者の数も減ることでしょう。軽減税率を適用したところで、この流れが変わるとは思えません。だからといって新聞のもつ権力がなくなるとは限らない。ここに、新聞という社会装置の不思議さがあります。ニュースの生産を新聞社が担うという構図が変わらない限り、媒体が紙から電子に変わっても、世論形成への新聞の影響力がなくなることはないでしょう。報道の適切さを評価する姿勢を、読者が身につけなければならないゆえんです。

新聞リテラシー(批判的な読解)について書かれた本はたくさんありますが、新聞リテラシーをなぜ持たなければならないのか、その理由にまで踏み込んだ深い分析が行われているという点で、本書は類書にない説得力を備えています。新聞に興味があるという読者だけでなく、新聞なんか大嫌いという読者にもオススメできる良書です。

【関連】「悔しさ」を感じない戦後日本=施光恒・九州大学准教授

無料メルマガ好評配信中

三橋貴明の「新」日本経済新聞

[無料 ほぼ日刊]
●テレビ、雜誌、ネットで話題沸騰!日本中の専門家の注目を集める経済評論家・三橋貴明が責任編集長を務める日刊メルマガ。三橋貴明、藤井聡(京都大学大学院教授)、柴山桂太(京都大学准教授)、施光恒(九州大学准教授)、浅野久美(チャンネル桜キャスター)、青木泰樹(経世論研究所 客員研究員)、平松禎史(アニメーター・演出家)、宍戸駿太郎(國際大学・筑波大学名誉教授)、佐藤健志(作家・評論家)、島倉原(評論家)、上島嘉郎(ジャーナリスト/元「正論」編集長)などの執筆陣たちが、日本経済、世界経済の真相をメッタ斬り! 日本と世界の「今」と「裏」を知り、明日をつかむスーパー日刊経済新聞!

シェアランキング

編集部のオススメ記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MONEY VOICEの最新情報をお届けします。