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なぜ全米メディアは「ヒラリー重病説」をこれほど騒ぎ立てるのか?

ヒラリー氏が911の慰霊式典で体調不良を訴え途中退席したことが大きな話題となっています。言うまでもなく大統領候補の健康問題はその後の選挙を大きく左右しますが、今回は「肺炎」と病名まで公表したにも関わらず、この件に関する報道は収まる気配がありません。メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』の著者で作家の冷泉彰彦さんは、そこに「メディアの思惑がある」と鋭く指摘しています。

大統領選と候補の健康問題

911の慰霊式典が行われたのですが、この日は大変な猛暑となりました。実は、その直前の8日(木)から10日(土)の3日間が「戻り残暑」とでも言うべき天候となり、11日(日)は寒冷前線が通って爽やかに晴れるはずだったのです。

ですが、実際のところは前線通過はお昼前後となり、この日の午前中は異様な蒸し暑さでした。私の住むニュージャージーでは、午前8時頃から異常な高温でしたから、お隣のニューヨークでも同様だったと思われます。

そんな中、この慰霊式典には多くの政治家が参列していました。一時は招待しないということになっていた、ヒラリーとトランプも列席していました。もっとも、政治家のスピーチはなしで、スピーチということでは今回は「遺児代表」の25歳の青年が喋ったのがなかなか好評でした。

この青年ですが、父親を亡くした心の傷を背負っていた中で、コネチカットのサンディーフック小学校で乱射事件の被害にあって、友人を大勢亡くした子供たちを激励するボランティアをやったのだそうです。自分より若い人を助けることで、自分も救われたといういい話でした。

ところで、この慰霊式典というのは、この「グラウンドゼロ」がほぼ整備された数年前から慰霊公園の木陰で行われることになっています。木陰といっても、それほど木が密集しているわけではなく、そして椅子は原則的に置かず、ゲストも立ちっぱなしというのが通常で、今回もそうでした。

ですから、恐らく摂氏32度ぐらいの猛暑で高湿度の中黒いスーツを着ていたヒラリーは、大変だったのだと思います。結果的に、気分が悪いということで予定を切り上げて1時間半で退席したのでした。

そのままヒラリーは、マンハッタン島内にある娘チェルシーのアパートで休息し、気分が良くなったということでアパートの前に姿を表して「もう大丈夫」だとして手を振り、支持者の子どもと一緒に写真に写ったりしていました。

ですが、同時にメディアなどでは「大統領候補の健康に関する情報開示が足りないという批判が出たのと、グラウンドゼロを引き上げる際に、SPに両側から支えられて車に乗り込む際に「よろけた映像が出回ったために、最終的には主治医の診断が公表されることになりました。

具体的には 「walking pneumonia」つまり軽症のウィルス性肺炎ということで、数日前から咳も出ていたというのです。また、主治医の強い勧めで12日からの2泊3日のカリフォルニア遊説はキャンセル。数日間は、ニューヨーク郊外の自宅で静養ということになりました。

全くもって、それ以上でも以下でもありません。大統領候補でもカゼはひくだろうし、その診断として慎重を期するのなら、そして抗生剤がヒットしそうなので処方するのであれば、この「軽い肺炎」という診断も全く不自然ではありません。

ところが、恐ろしいのはメディアはこのネタに飛びついて大騒ぎをしているのです。

まず取り上げられたのは、1992年1月に来日したジョージ・H・W・ブッシュ当時の宮沢首相主催の晩餐会で体調を崩して嘔吐したという事件です。この時は、当時は皇太子であった今上天皇とテニスをやって負けたせいだということで、バーバラ夫人が「負けるのに慣れていないので」というジョークを言って、その場を取り繕ったのが有名です。

ですが、この「ブッシュ健康不安説」というのは、正に選挙の年の早々に起きた事件だけに、一部では「影響を引きずった」という見方があります。要するに「ビル・クリントンの若さ(当時45歳)」を際立たせる効果をもたらしたというわけです。

更に調子に乗ったメディアは、「民主党大統領の健康問題の歴史」などといった内容の記事をダラダラと流し続けています。まず、大統領職の末期に何度も脳卒中に襲われながらそれを隠していたウィルソン大統領、そして、ポリオ闘病のため車椅子生活を余儀なくされたことを隠していたFDR(フランクリン・デラノ・ルーズベルト)、更には脊椎や内臓に病気を抱えていたJFKなどの「黒歴史」を、いかにも悪いことのように、そしてヒラリーの今回の事件がいかにも深刻な問題のように報じているのです。

一方で、興味深いのはトランプ陣営の動きでした。トランプという人は、こういう事件に際しては、瞬間的にイヤミなツイートをして喜ぶ趣味があるのですが、今回は「22時間にわたってダンマリ」を続けたのです。最後には「大統領職に健康は重要です」というイヤミはイヤミでもマイルドなものを流しましたが、とにかく「我慢していた」のです。

この点を評して、8月中旬以来の選対「新体制」による「候補の暴走への抑制」が効いていて、良い兆候だという解説も出ていますが、いずれにしても、注目しても良いかもしれません。

それにしても、猛暑の中で多少体調を崩したとか、カゼ気味で念の為に「軽症の肺炎」という診断が出たぐらいで、どうしてメディアはここまで騒ぐのでしょうか?

そこにはメディアの思惑というのが作用していると見るのが妥当であると思います。というのは、仮にこのままヒラリーが圧勝してしまうのは困る人達がいるのです。例えばですが、ヒラリー優位が圧倒的になれば、9月26日から始まるTV討論の視聴率も下がるでしょう。

TV討論の視聴率だけなら大したことはありませんが、選挙戦が低調になると、選挙広告の出稿という巨大なビジネスの売上も低迷してしまう。これは困ります。といかく、メディアとしては、大統領選というのは、巨大なビジネスチャンスであるわけで、そのビジネスを最大化するには「接戦でなければ困るのです。

どう考えても「オーバーリアクション」としか言いようのない、「ヒラリーの健康問題」が大騒ぎになるというのは、そのように考えるしかないように思います。

image by: a katz / Shutterstock.com

 

冷泉彰彦のプリンストン通信』より一部抜粋
著者/冷泉彰彦
東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは毎月第1~第4火曜日配信。
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