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洗濯ばさみが灼熱で溶ける…砂漠国に生きる日本人主婦の過酷な日常

日々休みなく大変な主婦の仕事ですが、中東アラブでの主婦業は大変を通り越して“過酷”のひと言に尽きるようで……。アラブ首長国連邦に在住しているハムダなおこさんのメルマガ『アラブからこんにちは~中東アラブの未知なる主婦生活』では、そんな砂漠の国に生きる主婦の日常が、リアルに描かれています。

試練の時間(2)

朝起きて、私の最初の仕事は娘を学校に送り出すことです。

次女は近くの地元高校に通う高校生で、朝7時のバスに乗るため、6時半に起きます。朝食を用意し、この気候では食中毒が怖いので弁当はつくらず、パンを持たせるだけなので簡単です。

娘が行くと、すぐ庭に水撒きをします。

夏に水道水が熱湯でないのは、早朝だけです。それ以外の時間は、砂漠の中の水道管を通ってくる水はすっかり熱湯に変わっています。そんなのをかけたら草木だって死んでしまうので、水撒きは早朝の仕事です。しかし5月末は異常な暑さで、ホースを握る手にも熱が伝わるほど、水温が高い日もありました。

我が家の庭は広く、長さ30メートルのホースをずりずりと引っ張りながら移動し、庭の端っこに生える草木にうんと高い放射線を描いて、水をやります。朝日は顔がじりじり焼けていくほどの強さで、早朝7時を数分も過ぎていないというのに、汗びっしょりになります。

あまりの熱さで5分以上日向に立っていられないので、家に飛び込んで温度計を見ると、そういう日はいつも40度を超えていました。きっと夜も40度から下がらなかったのでしょう。

毎朝の水撒き作業があまりに辛いので、あるとき私は庭に埋まっている硬いホースを、シャベルで掘り出すことに決めました。

これは3年ほど前、庭師を呼んで草木に合わせてホースを配置させたもので、ホースには穴が開いていて、そこから草木に水が滴るようになっていました。ホースの先は蛇口につながっているので、時間を決めて蛇口を開ければ水撒きが簡単に済んだのです。

しかしここは砂漠の国、あっと気付くと自分の庭は砂漠と同じように地形が変わっています。風の吹き具合で砂はまったく違った場所にデューンをつくり、そのたびホースは地下に埋まったり、地上にそそり出たりします。そのうち水の滴るはずの穴から砂が入り込んで、ホースは詰まって役に立たなくなってしまうのでした。

そのホースを掘り出して、中の砂を出して、再び使えるようにしようと考えたのです。そうしたら、長くて重たいホースを引っ張って自分が水撒きしなくたって、蛇口を捻るだけで水が出てきます。しかし、つるはしとシャベルを振りかざして必死に掘り起こそうとしても、砂漠の地中には、草木が恐ろしく長い根を張りめぐらせていて、ホースをがっしり包み込み、なかなか出てきません。

強制労働者になったようにつるはしを振っていたら、指がナツメヤシの棘に刺さって大怪我をしてしまいました。ナツメヤシに刺されると、毒があるのか、傷口が紫に腫れ上がってじくじくと痛み、長期間治りません。

その痛さと悔しさと怒りのあまり、私は突然、庭を放棄することにしました。庭の草木がみーんな枯れたって、自分が大怪我するよりはマシです。

水撒きをしなくなったら、午前中に使う体力が3分の1くらいになりました。庭は砂漠そのものと化したけれど、それが何だというのでしょう。デイツが成らなくたってスーパーで買えばいいのです。水撒きはたった十分くらいの作業だったのに、それはそれは大変な労働だったのでした。

>>次ページ 洗濯ばさみが溶ける国に生きる

水に関してはまだあります。あるとき昼の12時に炊飯器を使おうと、米を洗いました。

熱湯が出るとわかっている水道でも、冷房の効いたキッチンで、冷えたボールに入った米と混ざれば、触れるほどの温度に下がるだろう、と予測して手を入れたら、あまりの熱さに飛び上がりました。熱湯も熱湯、とても手で触れられるような温度ではなかったのです。

蛇口からは、湯沸かしから出るような湯気がバァーっと上がって、シンクにモヤをつくりました。手が真っ赤に腫れ上がって、冷水をかけようにも水がない。慌てて冷凍庫から氷を出して手を包みました。こうした熱湯のせいで、家中の水道管は十年もすると壊れてしまうのです。

私が次にすることは洗濯です。汗かきの息子や夫は一日に2回くらい服を替えるため、洗濯物はたくさんあります。

このたび、洗濯物を干すたびに私は毎日毎日哲学者のように考えました。この灼熱の気候は「50度」という上っ面な数字だけでは決して理解できません。それは洗濯物を干すだけでよーくわかります。

なにしろ自分は、身体に突き刺さるような熱風の中で洗濯物を干しています。ビニール製の洗濯紐は熱でびよーんと延びきり、そこに重いものをかけると、さらに延びて洗濯物が地面につきそうになります。

5本ある紐のうち2本は電線で、中にワイヤーが入っているので、夏でも延びきることはありません。夫が「これが一番いい」と、洗濯物干しに架けてくれたのです。だから重いものはほとんどその2本に干しています。

さらに驚いたのは、洗濯ばさみが溶けていることです。

我が家の洗濯場は駐車場にあり、屋外と言っても屋根があり、日陰です。だから洗濯ばさみだっていちいち取り込まないのですが、いざ服をはさもうとピンの上部をつまむと、溶けて柔らかいため下部が開かないのでした。硬いプラスチックでできた洗濯カゴも、日陰に置いておくだけで表面が溶け始めていました。

洗濯ばさみが溶ける国に生きる人間は、いったいどれくらい早く消耗するのだろうと、私は毎日考えずにはいられません。

真面目に、1時間の労働は1時間なりの成果がないといけないと考えて、自分を追い込み猛烈に頑張ることは、愚かな行為です。1時間の労働で1分の成果もないことだってあり、頑張った分だけ健康を損ねる場合もあるのです。

賢く怠惰にのんびりと生きていかなければ、とても長生きはできない。誰かと競争して、競り合って押しのけ、自分が勝ったところで、仲間と集団で生きなければこの厳しい自然環境は乗り切れません。

だから、他人を蹴落とす競争社会に生きる生活なんか、まったく向いていない。できるだけ労働を少なくし、しょっちゅう休む癖をつけないといけない。そして、そんなことを自然環境の優しい国の人間にいくら筆舌を尽くして説明しても、わかってもらえないことを、私は理解しています。

>>次ページ ゆとりの時間を奪う“蟻との戦い”

それから、毎日の生活の中で気が変になるほど私を追い詰めているのは、蟻の大群です。

砂漠だから蟻がいるのは当たり前。でも、キッチンやカーペットや家の隅や玄関先だけでなく、食器棚にもテーブルの上にも寝室にも壁や天井にも無数の蟻がいるのです。

黒いフライパンの表面が何か映っているなぁとよく見ると、蟻の大群がひしめいていたり。ぴかぴかに磨いた白い食器に、目に見えないくらいの茶色い蟻がうごめいてベージュ色に変わっていたり、ぞっとするようなことばかりです。

メイドがいなくて掃除が至らないせいでなく、毎年夏になると、蟻が巣をつくるために大群をなして、庭でも屋上でも壁のコンクリートの割れ目でも、何日間も何億匹も群れてくるのです。

ちょっとでもテーブルに甘いものを忘れようものなら、数分後には無数の蟻がたかっています。コーンフレークスをきつくゴムで縛っておいても、ゴムの間から1ミリほどの蟻が入り込みます。ジュースのコップを置いていたら、真っ黒になるくらい蟻が群れています。

私は蟻と闘うために、食後にゆっくりする暇もなく、急いで食器を洗わなければならず、あらゆる食材を冷蔵庫にしまわなければならず、きれいな鍋やコップでも使う前には必ず洗わなければならず、しょっちゅう掃除機をかけなければならず、コンクリの隙間に殺虫剤を撒かねばならず、そんなことに時間をとられて、ゆっくり座ってお茶を飲む暇もないのです。たかが蟻のために!

しかし、砂漠の民である夫は平然としています。「蟻だって、夏前には巣作りしなきゃならないだろ。餌をたくさん集めて、女王様のご機嫌を伺って、卵をたくさん産んで、種の保存に努めなきゃならない。みんな必死で働いているのさ」

この寛容な言葉に私は腹が立って、夫は自然保護主義者なのか、それとも動物愛護主義者なのか、偽博愛主義者なのかといろいろ疑ったことがありますが、どうやら単純に、この灼熱に生きる動物すべてを慈しんでいるようなのでした。要するに同じ仲間という意識です。

こうして日本の普通の主婦であったらまったく感じることのない困難・する必要のない雑事に追われ、先進国だとは信じられないほどの不便さと闘い、地球環境の変化のために想像を絶する灼熱と闘っている間に、もっと大変なことが私の家族を待ち受けていたのでした。

image by: Shutterstock

 

『アラブからこんにちは~中東アラブの未知なる主婦生活』
国際結婚して24年、アラビア湾岸にあるUAEから5人の子育て、地域活動、文化センター設立などを通して、アラブ世界を深く鋭く観察し、エッセイで紹介。
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