オバマ政権時代、アメリカは何度もイギリスに裏切られ、長年続いた両国間の「特別な関係」が「最悪な関係」となってしまったのは周知の事実。しかし、無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』の著者で世界情勢に詳しい北野幸伯さんは、トランプ新大統領にとって、EU離脱でナショナリズムに転じ始めたイギリスは「同志」でもあり、米英関係は改善されていくと見ているようです。さらにその流れは、日本にとっても喜ばしいことだ、とも。一体どういうことなのでしょうか。
米英の「特別な関係」は、なぜ復活するのか???
オバマ大統領の時代、アメリカと伝統的な親米国家、同盟国の関係が破壊されました。たとえば、アメリカとイスラエル、アメリカとサウジアラビア。これらの関係は、主にオバマがイランと「核合意」し、和解したことで悪化したのです。
しかし、もっとも衝撃的だったのは、「特別な関係」といわれるアメリカとイギリスの関係が、「最悪」になったことでしょう。
イギリスは、3度アメリカを裏切る
原因は、主にイギリスにありました。イギリスは、少なくとも3回、アメリカを裏切っています。
1回目の裏切り。2013年8月、オバマは、「アサド軍が化学兵器を使った」とし、「シリアを攻撃する!」と戦争開始宣言をしました。イギリスとフランスもこれに同調していた。しかし、イギリス議会がこの戦争に反対した。アメリカは孤立し、「シリア戦争」を開始することができなくなりました。2013年9月、オバマは戦争を「ドタキャン」。結果、「史上最弱の大統領」と呼ばれることになります。
2回目の裏切り。イギリスが2回目に裏切ったのは、2015年3月のこと。そう、先頭を切って、中国主導「AIIB」への参加を決めた。この時アメリカは、イギリスに「入るなよ!」と要求していた。ところが、イギリスは、オバマの制止を完全に無視したのです。
イギリスが「AIIB参加」を表明すると、他の親米国家もこれに続きました。フランス、ドイツ、イタリア、オーストラリア、イスラエル、韓国などなど。これらの国は、「アメリカを無視して」「中国の言うことを聞いた」。
「AIIB事件」は、「アメリカの弱体化」と「中国の影響力の強さ」を示す「歴史的大事件」でした。そして、イギリスの裏切りが、「歴史的大事件」を引き起こしたのです。
3回目の裏切り。2015年11月、人民元が、IMF・SDR構成通貨に採用された件。これも、イギリスが積極的に支持したのです。
こうして、アメリカとイギリスの「特別な関係」は破壊されました。
ところで、なぜイギリスは、アメリカを裏切ったのでしょうか?
2回目(AIIB事件)、3回目(人民元SDR構成通貨入り)を見ると、イギリスは、中国の国益を後押ししていることがはっきりわかります。そう、イギリスは、「チャイナマネー」でアメリカを裏切った。米英関係が最悪になる中、英中関係は2015年10月の習近平訪英以後、「黄金時代」と呼ばれていたのです。イギリスは、アメリカを裏切り、中国についた。
冷める英中関係
ところが、英中の「黄金時代」は、長く続きませんでした。まず、中国経済が急激に失速したので、「チャイナマネー」の魅力が薄れてきた。
一方で、中国がイギリスを見捨てる大きな理由が出てきました。イギリスが「EU離脱」を決めたこと。ブルームバーグ、2016年6月28日付を見てみましょう。
習主席とキャメロン首相の友情、無駄に-中国が失った最良パートナー
Bloomberg 6月28日(火)11時2分配信
中国の習近平国家主席が英サッカークラブ「マンチェスター・シティ」のスター選手と自撮りに興じ、バッキンガム宮殿での晩さん会に招かれ、イングリッシュパブでビールを楽しんだのは、わずか8カ月前のことだった。
エリザベス女王は習主席の訪英を高く評価。習主席とキャメロン英首相は両国関係の「黄金時代」の到来を示し、英国は中国の「欧米における最良のパートナー」としての地位を築いた。習主席はシェークスピアを引用し、中国が欧州連合(EU)との関係を深める上での英国の「積極的な役割」を力説した。
イギリスと中国は、「黄金時代」だそうです。そして、最後の一文
習主席はシェークスピアを引用し、中国が欧州連合(EU)との関係を深める上での英国の「積極的な役割」を力説した。
がとても大事ですね。中国にとってイギリスの「役割」は、「中国とEUの関係を深めること」。イギリスがEUから離脱したら、その役割を果たせなくなります。これから、イギリスと中国の関係はどうなっていくのでしょうか?
北京外国語大学の謝韜教授(政治学)は「中国が英国との関係を非常に重視してきた大きな理由は、英国を通してEUの政策に影響を与えることにあった」と指摘。欧州への「橋頭堡(ほ)」としての英国の価値はEU離脱で失われたとし、中国は今後ドイツとの関係に集中することになろうと予想した。
(同上)
短いコメントですが、非常に重要な点が三つあります。
- 「中国が英国との関係を非常に重視してきた大きな理由は、英国を通してEUの政策に影響を与えることにあった」
- 欧州への「橋頭堡(ほ)」としての英国の価値はEU離脱で失われた
- 中国は今後ドイツとの関係に集中することになる
要するに、中国はイギリスを捨て、欧州ではドイツを最重要視するようになると。こうして、英中の短い「黄金時代」は終わったのです。
トランプは、米英の「特別な関係」を復活させる
ブレグジットは、中国を落胆させ、中英関係を破壊する。しかし、トランプ・アメリカにとって、イギリスがEUと切れることは、とても良いことです。なぜか?
EUは、エマニュエル・トッドさんがいうように事実上の「ドイツ帝国」になっている。EUを「ドイツ帝国」と見ると、アメリカと「ドイツ帝国」の経済規模はほぼ同じで、人口は「ドイツ帝国」の方が多い。だから、「EU(=ドイツ帝国)弱体化」は、トランプ・アメリカの国益にかなっています。(EU内でGDP2位のイギリスが抜けることで、EUの経済規模は、かなり縮小します)。
そして、「ブレグジット」は、「グローバリズムからナショナリズムへ」という時流に沿っている。世界的に見ると、「ブレグジット」と「トランプ大統領誕生」は、同じ時流の中で起こったのです。だから、トランプにとって、イギリスは「同志」である。
さて、トランプは1月27日、イギリスのメイ首相と会談しました。毎日新聞1月28日を見てみましょう。
トランプ米大統領とメイ英首相は27日、ホワイトハウスで会談し、英国の欧州連合(EUは)離脱をにらみ、2国間の貿易協定締結に向けて協議することで一致した。大統領就任後、トランプ氏が外国首脳と会談したのは初めて。
大統領就任後、トランプ氏が外国首脳と会談したのは初めて。
ここ、大事ですね。やはり、「重視している国の首脳」とは「早く会いたい」と思います。
会談後の記者会見で、トランプ氏は「英国との深いつながりを新たにする日だ」と指摘し、メイ氏も「(就任直後の)招待は特別な両国関係の証拠だ」と強調。両首脳とも米英の「特別な関係」を内外にアピールした。トランプ氏はエリザベス英女王からの年内訪英招請も承諾した。
(同上)
メイさんは、壊れていた「特別な関係」が健在であることを、世界に示した。EUから離れたので、アメリカに擦り寄らなればならない事情もありますが。
トランプ氏は、英国のEU離脱について「素晴らしい出来事になる」と改めて称賛。両首脳は英国への最大の投資国が米国であることを念頭に、通商関係の強化を確認した。
(同上)
「EU離脱は、素晴らしい出来事」だそうです。確かにアメリカにとっては、「素晴らしい出来事」ですね。なんといってもイギリスが、EUや中国から離れてアメリカに戻ってきたのですから。
またメイ氏は、トランプ氏が北大西洋条約機構(NATO、加盟28カ国)を「100%支持する」と会談で述べたことを明らかにした。
(同上)
これは、何でしょうか? 欧州は、二重支配構造になっています。つまり、ドイツは、EUを通して、欧州を「経済」支配する。アメリカは、NATOを通して、欧州を「軍事」的に支配する。だから、イギリスをEUから切り離し、ドイツを弱体化させる。そして、NATOを通して軍事的支配を強化する。これが、トランプ・アメリカの国益です。
というわけで、再びアメリカとイギリスが接近しています。結果、イギリスと中国をさらに遠ざけるでしょうから、日本にとっては良いことなのです。