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トランプの「アメリカ第一主義」が日本の政権運営に不都合な理由

繰り返し訴え続けた「アメリカ・ファースト(アメリカ第一主義)」のスローガンが絶大な支持を集め、アメリカ大統領戦を勝ち抜いたトランプ氏。これまで米国が主導してきたグローバリゼーションを真っ向から否定するこの方向転換について、メルマガ『グローバル時代、こんな見方も…』の著者、スティーブ・オーさんは、「日本の政権運営に暗い影を落とす」との見方を示しています。その論拠はどこにあるのでしょうか。

米市民ファースト

これまで、アメリカが先頭を切って主導してきたグローバリゼーションを真っ向から否定するようなトランプ氏の就任演説は、アメリカに、そして世界に新たな時代の到来を予感させる。その就任演説の中で、氏の政治理念を最もストレートに伝えているのが以下の二文(就任演説より)。

The wealth of our middle class has been ripped from their homes and then redistributed across the entire world.

我々の中間層の富は奪われ、全世界にバラ撒かれてしまった。

Every decision on trade, on taxes, on immigration, on foreign affairs, will be made to benefit American workers and American families.

(これからの)交易、税、移民、対外政策における全決定事項は、アメリカ人労働者とその家族を利するものとなる。

トランプ氏のAmerica Firstは、サラッと耳にした範囲ではシンプルで分かりやすい。メディアでもアメリカ第一主義と訳し、何が「できる」のかよく解らなかったオバマ氏のYes, we canよりは明快な印象を受ける(※1)。しかし実際のところ、このアメリカ・ファーストが何を指すのか、大手メディアが議論を深めようとする様子はなさそうである。

90年代初頭、大統領予備選に向かう中、一人の共和党候補によるアメリカファーストが米国市民に大きな支持を得ていた。「米国は世界覇権に奔走するがあまり、国内政治を怠り、市民生活が疲弊している。国際的な干渉は必要最低限に留め、政治はもっと国内に向くべきである」などの主張であった。まだ私が米国で自生活を始めて間もない頃で、当時の日本のメディアに映し出される「世界の強いリーダー」としてのアメリカとはだいぶ異なる印象を受けたのを思い出す。

トランプ・ドクトリン」とされるこのアメリカファーストは、「市民生活がファーストであり、それを実現させるための「国内テコ入れファーストである。その上で「アメリカをまた偉大な国に世界をリードしようということのようである。

これは、規模を小さくして考えると分かりやすい。例えば、日本のとある小さな町、A町へ「地元ファーストのT町長が誕生する。T町長は、過去の法改正や地域外問題の干渉で、町人生活は活気を失っていると主張、シャッターストリートとなった歴史ある地元商店街の復活を誓っている。

T町長は次のような点を特に問題視している。

  1. これまで、大型店に有利な法整備がされ、多くの地元商店は閉店を余儀なくされ、住人は職を失った。
  2. 他の町から入り込んだ大型店が、外で作った商品をA町内で安売りしている。
  3. これまで、大型店から厚い支援を受けてきた町議会は、地域外の小さな町に対し、同様の法律を整備して大型店が進出しやすくなるよう現地議会に強く働きかけている。
  4. 上の地域外干渉に力を入れるがあまり、町内政治がおろそかになり、町の行政サービスが大きく低下し、市民生活が疲弊している。

これら大型店は全国企業でもあり、社長、重役らは町の商店主と比較して100倍もの報酬を得ている。にも関わらず、住民票を他の町に置き、A町には一切の住民税を納めていない。それどころか、同企業自体、本社を租税回避地に置き、企業内取引によって経費を嵩上げし、ほぼ無税の状態が続いている。金融危機時は町から多額の補助金を受け取りつつ、町外製造を維持する一方で、A町内の雇用は大幅に減らし、契約社員らを社宅から追い出してしまった。その冬、突如解雇された契約社員らはホームレスとなり、年末年始を寒空の公園でやり過ごしたのである。

T町長の政策は大型店を撤退に追い込むことではない。ただ今後は、逃れている税を本来の形で収めさせ、町議会への影響力低減を図り、地元企業や商店、住民に活力を吹き込む「地元ファーストを推進したい考えだ。真面目に一生懸命働いてきた町民が、突然解雇されて冬空の公園で正月過ごすようなことは二度とさせないと誓っている。

まず行うのはいわゆる「地産地消と住人雇用」。大型店のように、他の地方から調達した資材を使用し、他の地域で雇用を増やし製造、それをA町に持ち込んで販売することへは高い税を課す。また、別の地方に住む(他へ住民税を払っている)役員・社員を持つ比率の高い企業に対しても高い税率を考えている。

異例なことに、自ら裕福なT町長は特定の業界団体が輩出した政治家ではない。町長を支持する業界はあるが、氏は彼らと協業してきたわけでもなければ、彼らに属しているわけでもない。よって、彼らの代議代弁を行う使命を背負っていないのがT町長の強みであり、そこに大手メディアが伝えないT町長への強い支持がある。大手メディアは膨大な広告料を払う上客大型店の繁栄を支持していて、町政を住人へ取り戻したいT町長を心底嫌っているようである。

実際に、高齢化が進む日本の小さな町でこれが機能するかは疑わしいが、米国全土にいたっては相当の成果が期待できる。米国には資源を始め、優秀な人材、優れた技術力、そして何よりも「質の高い」市場がある。米国はこれまで毎年、非常に多くの移民を全世界中から受け入れていて、一国にして先進国市場と途上国市場が同時に存在する世界の縮図のような活力がある。トランプ氏の「内向きな政策は短・中期的には有益に働きそうである。

日本の政権運営にとって不都合なトランプ政権

米政治の大転換はG7諸国に動揺を与えていて、これは日本にとっても都合が悪い。日本のメディアからは、「トランプ氏は安倍氏の『日本を取り戻す』を追随」との声も聞かれるが、自国グローバル企業の繁栄を国益と位置付けている政治と、グローバル企業に向かった富を「市民へ取り戻す」とする政治に何ら接点はない。グローバル企業や中銀との関係再構築へ向かうトランプ政権と、それらとの関係維持を重視する政権とでは、その政治理念、目的は真逆である。

日米政治の要は経済であり、両国経済の要はやはり、政権とグローバル企業中銀との蜜月な関係にある。それが互いに逆方向にあることは、政治上の重要な接点を持たないことを意味する。それは、両国の覇権ツールである日米安保開銀等のあり方に変化が訪れることを予見させる。トランプ氏の当選以降、日本政府は世界に類を見ない慌ただしさで、その対応に迫られているようである。

ただ最終的に、トランプ氏の狙いとは裏腹に、内向きな政治がどこまで実現可能かは未知数である。また、これまでの女性蔑視、人種差別的な発言も撤回して謝罪し、人々の融和を目指さない限り、米大統領としての役割に限界が訪れる日がくるはずである。イスラエル・パレスチナ問題への対応も含め、世界はこれらを見極める必要がありそうだ。

最後に、強い国家像、トリクルダウンを掲げるアベノミクスは30年前のレーガノミクス踏襲である。そして、そのような全体主義から距離を置くのがトランプ氏のアメリカ(米市民)ファーストであり、日本でも昨年の夏ごろからか、小池氏が都民ファースト」としてカバーし始めている。市民生活第一を掲げ、淡々と目指す方向へ権力を行使する両氏の政治姿勢はよく似ている。「私こそがあなた方の生活を守る」といった押しの強さもさることながら、その先にある「世界・全国リード」を狙う両者の政治には重なる部分が少なくない。

※1

誤解のないように書き添えると、私の中でオバマ氏は最も好印象な米大統領であった。ただそれとは別に、オバマ政権下では史上最悪までに富の格差が拡大し、金融・不動産市場は高騰を続けた。持たざる者はさらなる苦境に陥り、逆に往年のエリート層はこの上ない優位な蓄財環境を謳歌している。また、オバマ政権下で行われた空爆は途方もなく記録的な数に上る。結局、オバマ氏は与えられた権力を行使し切らず、大筋でブッシュ政権の路線を踏襲、拡大させたようである。最終的に、トランプ政権下では米国による空爆戦闘の数は減るだろうと私は見ている。

image by: Michael F. Hiatt / Shutterstock, Inc.

 

『グローバル時代、こんな見方も...』

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グローバル時代、必要なのは広く正しい世界観。そんな視点に立って私なりに見た今の日本の問題点を、日本らしさの復活を願い、滞在先の豪州より発していきたいと思います。

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