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尖閣のトラブルごときで米軍は出ない…「中国脅威論」のウソを暴く

先日掲載の記事「中国の領海侵犯は本当か? 海保も認める『暗黙のルール』を徹底検証」で、中国脅威論の嘘を暴いたジャーナリストの高野孟さん。今回のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』ではその続編として、産経・日経両紙の記事を引用し、その誤りを正す形で、どのような意図を持って「中国の脅威」が醸成されたのかを検証しています。

続・徹底検証!「中国脅威論」の嘘 ──世界友愛フォーラムでの講演録(中)

前回「中国の領海侵犯は本当か? 海保も認める『暗黙のルール』を徹底検証」で、

  1. 尖閣で中国公船が頻々と領海侵犯しているではないか?
  2. 昨年8月には中国漁船数百隻が殺到したではないか?

について論じた。その続きを語ろう。

3.「海上民兵」が尖閣に上陸しようとしている?

まずは「海上民兵」とは何かを知る必要がある。海上自衛隊幹部学校のサイト内に「戦略研究会」というコラム欄があり、その14年12月8日付に山本勝也(自衛艦隊司令部付、元在中国日本大使館防衛駐在官)の「海上民兵と中国の漁民」と題した一文が載っている。余計な誤解が生じにくいようにするために、敢えてその前半部分を丸々引用する。

◆海上民兵という虚像

 

最近、小笠原、伊豆諸島周辺にサンゴを求めて大量に押し寄せてくる中国漁船に関する話題を見聞きしていると、日本人の多くが中国の海上民兵について誤解しているのではないかと思えてくる。そこで今回はあらためて中国の海上民兵について筆者の見立てを述べてみたい。

 

海上民兵という単語が独り歩きし、あたかも彼らが、中東情勢の文脈で出てくるような、宗教団体や政治団体等の「民兵」と同様に非政府組織の武装グループとみている人がいる。或いは一般の将兵を超える特別な戦闘力を持った特殊部隊、例えば、映画「ランボー」に出てくるコマンドゥのような怪しい戦闘集団の兵士が「漁民を装って」潜入し、秘密の作戦により敵をかく乱するといったストーリーを思い描いている人もいるようだ。

 

しかし実際の海上民兵はそのようなものではない。端的に言えば、海上民兵は漁民や港湾労働者等海事関係者そのものであり、彼らの大半は中国の沿岸部で生活している普通のおじさんやお兄さんたちである。「海上民兵が漁民を装う」というのは大きな誤解であり、漁船に乗った「海上民兵は漁民そのもの」である。さらに付け加えると、海上民兵はれっきとした中華人民共和国の正規軍人であり素性の怪しい戦闘集団というのも大きな間違いである。

 

海上民兵とは、主として沿岸部や港湾、海上等を活動の舞台とする民兵の通称である。中国における民兵の位置づけは、中国の官製ネット等を通じて概要を把握することができる。

 

中国の国防や兵役に関する法律では、「中国の武装力量は、中国人民解放軍現役部隊及び予備役部隊 、人民武装警察部隊、民兵組織からなる」とされている。「武装力量」の英訳はarmed forcesであり、国際法におけるarmed force(s)の日本語訳は「軍隊」である。民兵は人民解放軍や武装警察と同様に「中国軍」の一部として、中国における軍事の最高意思決定機関である中央軍事委員会のコントロールの下に活動する。換言すれば民兵としての行為(公務)は中国という国家の行為と同視しうる。

 

民兵が人民解放軍と大きく異なる点は、組織の構成員が現役将兵であるか否かである。兵役法には、「民兵は生産活動から離れることのできない民衆の武装組織であり、人民解放軍の助手的後備兵力である」と記述されている。端的に言うと普段は他に職業を有し、必要に応じて軍人として活動するいわゆる「パートタイム将兵」である。24時間、365日軍人として訓練し任務に従事している人民解放軍現役部隊の将兵とはこの点が異なっている。

 

民兵組織は、村や町といった自治体、民族、又は企業を単位として設けられている。またその構成員たる民兵は、主として人民解放軍現役部隊に所属していない28歳から35歳の男性市民(一部必要に応じて女性市民を含む)であり、彼らの任務は、

 

  1. 社会主義近代化建設に積極的に参加し、先頭に立って生産と任務を完遂す
  2. 戦備勤務を担任し、辺境を防衛し、社会治安を維持する。随時に軍に参加し戦争に参加し、侵略に抵抗し、祖国を防衛する

 

こととされている。

 

海上民兵と呼ばれる民兵組織の多くは、漁民や離島住民のほか、海運業者、港湾等海事関係者により組織されており、一般的に、平素の職業に応じた任務が付与されているようである。たとえば沿岸・近海部で活動する商船や貨物船は前線に展開する海軍艦艇等への補給物資の輸送支援、地方政府海事局等は沿岸部における法執行活動支援、離島の住民等には島嶼部における警戒・監視支援といった類である。民兵のこのような活動は、国防部のHPや「解放軍報」、CCTV-7を通じてかなり頻繁に報じられている。

 

◆「民兵」身分を明示

 

漁民の場合、自らの漁船を使って沿岸部に停泊中の海軍艦艇や陸軍部隊輸送船団へ食糧、弾薬、燃料等を輸送するといったことが多いようである。時には武器の操作やいわゆる戦闘訓練等も行われている。

 

在勤中に筆者は中国版海兵隊と言われる海軍陸戦隊や特殊部隊を含む現役部隊を訪問する機会があった。一方、民兵の多くは人民解放軍現役部隊を退役して帰郷した予備役将兵である。民兵も中国軍の一部である以上、その実力を過小評価するべきではないものの、最強・最精鋭を自負している海軍陸戦隊や特殊部隊将兵はもちろん、日々訓練に明け暮れている現役部隊将兵と比べれば、その戦闘能力を現役部隊以上と見るのは合理的とは言えない。

 

民兵が民兵として、つまり軍隊として行動する場合、国際法に則り、定められた軍服(階級章などに「民兵(MingBing)」を示す「MB」が付加されているほか人民解放軍現役部隊に類似)等所要の標章を着用して活動する。

 

戦闘員である民兵が「自己と文民たる住民とを区別する義務を負う」ことは中国を含む国際社会の約束である。 仮に、人民解放軍現役部隊の将兵や民兵が、戦闘員としての身分を明らかにせず、「一般の(民兵として活動していない、非戦闘員である)漁民」に紛れ込んだり、一般の漁民を盾にして活動することがあるとすれば、中国は国際社会から強い批判を浴びることになるだろう。

産経の激情的な社説

このような専門家の意見を踏まえれば、産経新聞16年8月18日付「主張」が「尖閣奪取に海上民兵/中国は本気だ!/『軍事力』への警戒強めよ」と煽り立てているのは正気の沙汰ではない

尖閣諸島の周辺海域へ今月、中国公船とともに押し寄せた中国漁船に、100人以上の海上民兵が乗り組んでいたことが産経新聞社の調べで分かった。

 

海上民兵とは、一般の漁民に紛れ込み、漁船団を利用する海のゲリラ戦部隊だ。そうした特殊な軍事力を中国は投入してきた。尖閣奪取の事前演習をしているつもりなのか。このような敵対的行動を放置しておくことは許されない。

 

中国の民兵組織は、共産党中央軍事委員会の傘下にある。つまり、軍の構成単位であることを中国国防法が定めている。

 

これは、極めて深刻な事態である。現在、尖閣周辺で警戒にあたる海上保安庁は警察機関の一部であり、外国の軍事組織を取り締まる権限や能力はないからだ。多数の偽装漁船が突然、軍の所属だと名乗り、海保の巡視船を取り囲んだ場合、なすすべもない。偽装漁船から海上民兵や特殊部隊が尖閣上陸を企てようとしても、手出しはできない。

まるで「開戦前夜という切迫感で海上自衛隊が出動すべきであると煽り立てているのだが、その海自の艦隊司令は上述のように「特別な戦闘力を持った特殊部隊、例えば、映画『ランボー』に出てくるコマンドゥのような怪しい戦闘集団の兵士が『漁民を装って』潜入し、秘密の作戦により敵をかく乱するといったストーリー」に溺れることを戒めているではないか。

日経新聞の巧妙な歪曲記事

産経は「右翼のアジビラ」と言われるほどでマトモな新聞ではないから、こういうことがあっても驚かないが、日本経済新聞でも、もっと上品というか、洗練されたやり方で同じような捏造による心理操作は日常的に行われている

16年10月22日付同紙に載った連載記事「習近平の支配/闘争再び・5」は、特に嘘をついている訳ではないのだが、本当のことを抜かすことによって文章全体としては巨大な嘘になっているという、まことに巧妙な仕掛けである。これはちょっと、「作文教室」風に一字一句、一行ごとに検討してみるだけの価値がある。

1.8月上旬、200隻を超す中国漁船が沖縄県・尖閣諸島周辺に押し寄せた。

→これはその通りの事実の記述でノー・プロブレム。

2.漁船には軍が指揮する「海上民兵」がいたとされ、一部は中国公船と日本の領海に侵入した。

→この文章には3つの問題があって、

一、漁船には「海上民兵」がいたのかどうか
二、いたとして彼らは軍の指揮下で作戦任務に就いていたのかどうか
三、「中国公船と」というその「と」は、「一緒に」とか「相携えて」とか「庇護のもとに」とか「共謀して」とかを意味するのか、

──である。

一、上述の山本艦隊司令が言うように「海上民兵は漁民や港湾労働者等海事関係者そのものであり、彼らの大半は中国の沿岸部で生活している普通のおじさんやお兄さんたち」であるから、特に調査するまでもなく200隻以上の漁船に乗った漁民の中に海上民兵資格を持った者が多数混じっていたとしても何の不思議もない

二、その海上民兵が一般論として軍の指揮下にあるのは当然として、8月のこの時に軍から組織的に何らかの作戦任務を与えられて尖閣に殺到したのかどうかということである。産経主張はあたかもそうであるかのように言い立てているが、この日経記事はそこを極めないまま「軍が指揮する海上民兵がいた」とサラリと流し、そのあとに「とされ」と伝聞調で逃げてしまっている

この「がなかなか問題で、上述のように「共謀して」といった強い意味のようにも取れるような書き方ではあるけれども、そうなのかと問い詰められれば、「いや『同時に』という意味で『と』と言っているだけで他意ない」と言い逃れられる言葉遣いになっている。

GPS端末は軍事用?

3.福建省泉州を母港とする漁船の船長、周敏(44)も日中衝突の危機漂う現場にいた一人だ。「たくさんの魚が獲れるからだ」。尖閣近海に出向いた理由を無愛想に語る周の船にも、軍事につながる仕掛けがある。中国が独自開発した人工衛星測位システム「北斗」の端末だ。

→これはまた恐ろしくトリッキーな文章である。

一、これに先立つ(2)の文章との繋がりから見て、この記者は、漁船に海上民兵が紛れていたかを確かめるために殊勝にも福建省泉州の漁港まで取材に行った。にもかかわらず、そんな怪しい話の裏付けは取ることができず、この周さんも(他の誰も)「たくさんの魚が獲れるからだ」という以外の出漁目的を語ってくれず、つまり海上民兵が任務を帯びて乗船していたかの産経的デマを裏付ける根拠は掴めなかった。だったら、そう正直に書けばいいんですね。

二、しかし、そこでめげないこの記者は、一転、その周の漁船に「軍事の臭い」を嗅ぎつけて、そこへ矛先を転じる。それが「北斗の端末である。こんな怪しいものを搭載しているのだから、この漁船も軍事任務を帯びているに違いないという印象を生み出そうとする筆の運びである。

4.衛星からの位置情報はミサイルの誘導など現代戦を左右する。「有事」のカギを握る技術だけに、米国の全地球測位システム(GPS )には頼れない。2012年、北斗をアジア太平洋地域で稼働させた。周が「昨年、載せろと命令された」という北斗端末は、すでに4万隻の中国漁船に装備された。

→ここには何も嘘はないのだが、しかしほとんど錯乱的な文章である。

一、「衛星からの位置情報はミサイルの誘導など現代戦を左右する」というのはその通りで、この限りでは何も嘘はない。しかし衛星位置情報システムはミサイルだけでなくカーナビなど民用にも使われている軍民両用技術で、漁船にその端末が備わっていたからといって軍事目的であるかに言い立てるのはおかしい。中国漁船が中国製のGPS を使っていなければその方が不自然である。

二、米国仕様の「GPSには頼れない」というのは、衛星の位置から生じる誤差問題を含めて、中国だけではなく世界中がそうで、そのため欧州も日本も独自のシステムを開発しているのであって、中国だけが米国中心の秩序に従うことを拒否して独自のGPS開発に走っているかのように印象づけようとするのは悪意に満ちている。

尖閣は安保の適用範囲

さて、そういうわけで、中国が今にも尖閣を奪取しようとしているという「危機シナリオそのものがかなり怪しいのだが、まさにそれを起点として日本の防衛戦略を組み立ててきたのが安倍政権である。

中国が尖閣を盗りに来て、そこから南西諸島を島伝いに日本を占領しようとするに決まっているという、劇画『空母いぶき』と同程度の幼稚な危機認識に立って、それに対抗するため与那国島、石垣島、宮古島、奄美大島に陸上自衛隊の島嶼防衛部隊を配備することに血道をあげてきた。しかしそれでは対抗できそうもないので、中国が尖閣を攻めた場合に米軍が出動して共に戦ってくれるのかどうかということが、安倍首相にとっての最大関心事となってきた。

それで、去る2月の安倍・トランプの日米首脳会談でも「尖閣は日米安保の適用範囲という日米共同声明を出させ、しかもそれが最大の成果であるかのごとき報道で溢れ返えらせたのである。

しかし、米大統領がそう口にしたのは初めてではない。14年4月にオバマ前大統領が来日した時には、安倍首相が銀座の寿司屋にまで連れて行って口説き落として、これを達成した。ところがオバマはこれについては全くシラケ切っていて、共同記者会見で「尖閣に関して『中国がここまでやったら許さないという』レッドラインを引いたのか」と問われて、「この条約は私が生まれる前に結ばれたと答えている。抄録から引用しよう。

いくつかの予断に基づいた質問で、私はそれに同意できない。米国と日本の条約は私が生まれる前に結ばれたものだ。だから、私が超えてはならない一線を引いたわけではない。この同盟に関しては、日本の施政下にある領土は全て安全保障条約の適用範囲に含まれているという標準的な解釈を、いくつもの米政権が行ってきた。そしてレッドライン、超えてはならない一線は引かれていない。同時に私が首相に申し上げたのは、この問題に関して事態がエスカレートし続けるのは正しくないということだ。日本と中国は信頼醸成措置をとるべきだ。

 

外交的にできる限りのことを我々も協力していきたい。米国の立場は、どの国も国際法に従わなければならないというにあるが、国際法や規範に違反した国が出てくるたびに、米国が戦争をしなければならない、武力を行使しなければならないというわけではない。

 

私が会談で強調したのは、平和的に解決することの重要性だ。言葉による挑発を避け、どのように日中がお互いに協力していけるかを決めるべきだ。米国は中国とも非常に緊密な関係を保っており、中国が平和的に台頭することは米国も支持している。

私が大新聞の編集局長なら、後段の方を見出しに採って「米大統領、尖閣の平和的解決を強く要求」というニュースにするだろう。しかし日本のほとんどのマスコミは、安倍首相と外務省の世論操作に安易に従って、「尖閣安保適用」を見出しにした。

オバマが「この条約は私が生まれる前に結ばれた」と言ったのは、彼が1961年生まれで、安保条約より1歳若いからである。その自分の生まれる前から存在する条約の第5条には「日本の施政下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動する」と書いてあるから、日本の施政権下=実効支配下にある尖閣が安保の適用範囲というのは当たり前で、何で安倍首相はそんなことで大騒ぎしているんだろう、という意味である。

3次元を一緒くたにしない

ちなみに、米国の尖閣に関する立場は前々からハッキリしていて、次の3次元からなっている。

  1. 領有権問題については中立。日中で話し合いで解決してほしい。
  2. 日本が実効支配し日本の施政権下にあることは明白で、従って日米安保条約の適用範囲であることは言うまでもない。
  3. 安保条約の解釈として適用範囲であるからといって、そこで紛争が起きた場合に米軍が自動的に参戦するという訳ではない。上掲の安保条約第5条にも「自国の憲法上の規定及び手続きに従って」とあって、これを型通りに解釈すれば米議会が宣戦布告を決議して初めて米軍は日本に対して集団的自衛権を行使できるということになるし、そもそもそれ以前に中国との核を含む全面戦争に発展するリスクを考慮することなしに尖閣の岩礁ごときを巡る紛争に首を突っ込むのかどうかという当然の戦略的判断がなされるはずである。

外務省や安倍首相は、この(1)~(3)の関連をきちんと国民に説明することなく、(2)だけを突出させて、それを米大統領が「イエス」といえば、あたかも(1)の領有権についても米国が日本の立場を支持しているかのような印象を作り出し、さらに(3)についても何かあれば必ず米軍が一緒に戦ってくれると約束したかのような印象を作り出そうとする。3次元をわざとゴチャゴチャにして日米共同の対中国姿勢を盛り上げようというそれこそ「印象操作」である。

断言してもいいが、尖閣のトラブルごときで米軍は出ない。オバマ来日の2カ月余り前の14年2月10日に日本記者クラブで記者会見したアンジェレラ在日米軍司令官(当時)は、次のように語った。

  1. 中国の防空識別圏について
    「現状を力で変えようとするのは認められない。しかし中国は脅威をもたらす国ではなく、我々と地域の安全を共有し、責任の一端を担うことが可能だ。日中が胸襟を開いて対話できる時が来るよう望む」
  2. 日中がもし軍事衝突したら米軍はどうする?
    「衝突が発生することを望まない。仮に発生した場合、救助が我々の最重要の責任だ。米軍が直接介入したら危険なことになる。ゆえに我々は各国指導者に直ちに対話を行い、事態の拡大を阻止するよう求める」
  3. 中国軍が尖閣を占領した場合に米軍は阻止するか?
    「そのような事態を発生させないことが重要だ。もしそういう事態が発生したら、まずは日米首脳による早期会談を促す。次に自衛隊の能力を信ずる」

この在日米軍トップの疑いの余地のない明確な発言を、日本のメディアは1行も報道しなかった

「南西諸島防衛」の虚妄

以上のように、尖閣周辺への中国公船の出没を誇大に描くことを出発点として、今にも中国が軍事力を頼りに尖閣を盗りに来るに違いないという妄想を国民の意識に擦り込むことが、安倍政権の外交のみならず共謀罪など内政も含めた全政策の大前提となっている。まことに残念なことに、そのヒトラー張りのデマゴギー植え付け作戦はかなりの程度成功していて、それはマスコミの翼賛的協力姿勢によるところが大きい。

そのような下地があって初めて採用され推進されているのが、陸上自衛隊の「島嶼防衛戦略で、すでに16年から与那国島に沿岸警備隊を配備したのに続いて、石垣島、宮古島、奄美大島にも基地を進出させると共に、米海兵隊タイプの「水陸両用機動部隊」を新設して、オスプレイなども備えて「離島奪回作戦」ができるようにするという計画も進んでいる。

今となると、思い出すのも恥ずかしいが、10年ほど前にはこの「島嶼防衛」は、北朝鮮が国家崩壊すると(当時の政府の見積もりでは)少なくとも10~15万人の北朝鮮の難民が海を渡って押し寄せ、その中には一部武装難民が含まれていて日本の離島を占拠する危険があるという文脈で語られていた。

当時、いろいろな機会にこれを議論する機会があって、私は、

  1. 北朝鮮は大量の難民が発生するような形では崩壊しにくい(理由は長くなるので省略)。
  2. 仮に難民が発生したとして、その恐らく99%は、鴨緑江を歩いて渡って、約100万人の朝鮮族が住む中国東北地方に逃げる。
  3. 何らかの理由で海岸に追い詰められた人たちがいたとして、すぐに利用できる船がない。
  4. 仮に船が手に入ったとして、「地獄の資本主義国」と教えられている日本に向かうことはほとんどあり得ず、韓国に上陸するだけだろう。
  5. それでも日本を目指す難民がいたとして、彼ら(の少なくとも一部)は何のために武装しているのか。日本の離島を占拠して「亡命政府」でも樹立してそこに実力で居座ることを目指すのか? そんな想定がある訳がない。

──などと指摘、架空話であると主張した。ある時、文化戦略会議という文化団体のサロンで森本敏=拓大教授(当時、後に防衛相、現拓大総長)にその趣旨のことをぶつけたら、彼は「あれはねえ、北海道でソ連と戦うはずだった陸自がやることがなくなってしまったんだ」と情けないことを言った。私は「そうでしょ。陸自の失業対策なんですね」とからかった。それが、野田&安倍政権のお陰で、今度は中国脅威対応の話として蘇ったのである。

(次号に続く)

image by: WikimediaCommons(Al Jazeera English)

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早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。

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