アベノミクスが6度目の挫折。政府文書からも「デフレ」が消滅

 

そもそも「デフレ」は悪いことなのか?

上掲のダイヤモンド電子版記事は、そもそも政府・日銀が「デフレ退治」に必死になったのは、ずばり、デフレの定義を間違えたからではないかと指摘している。

バブル崩壊後の不良債権処理の遅れが景気停滞を長引かせる中で、いくら日銀が金利をゼロ近くまで引き下げても、物価が下がり続けていると、それだけで過剰債務を抱えた企業の収益は改善せず、不良債権処理がさらに遅れるといった悪循環に陥りかけた。

そこで政府は2001年3月、それまで「物価下落と景気後退が同時に進む」としてきたデフレの定義を、「物価の持続的な下落」に変更して、「デフレ」を宣言。日銀も「デフレは貨幣の供給量が足りないからだ」との主張に押し切られるように、量的緩和政策に踏み出すことになる。

それまで、デフレは「不況の結果」というのが一般的な考え方だった。それがいつしか、デフレが「不況の原因」となり、ついには「物価下落はとにかく悪いこと」だというのが共通認識となって、日銀は緩和圧力を受け続けたのだ。

つまり、当初は、不良債権処理を加速させるためにデフレの定義を変更したものの、それが逆に政府や日銀を縛り付ける結果となったわけだ……。

この指摘はなかなか適確である。

第1に、デフレと不況はもちろん同義ではない。

第2に、デフレが物価下落のことであるならば、その限りでは少なくとも消費者にとってはプラスであって、何もドタバタする必要がない。

第3に、不況が進む中でそれと重なって物価が渦巻き状に崩落する「デフレ・スパイラル」のようなことになるのは最悪で、そうなる傾向を目ざとく見つけて対処するという本来の意味でのデフレ警戒論に定義を戻す必要がある。

第4に、それを怠ったために、デフレそのものが「悪の元凶」であるかのような倒錯した意識にのめり込んでしまった。

──ということである。本誌は当初から、「デフレ脱却という目標設定そのものが間違っていると主張してきた(例えば、本誌No.686「アベノミクスは『狂気の沙汰』である」、2013年7月1日号)が、今頃になってダイヤモンド誌もその戦列に加わって来てたということである。

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