8月29日早朝、国内に響き渡った不気味な警報。北朝鮮によるミサイル発射実験は、日本中を混乱の渦に巻き込みました。一夜明け、新聞各紙はこの事態をどのように報じたのでしょうか。ジャーナリストの内田誠さんが自身のメルマガ『uttiiの電子版ウォッチ DELUXE』で主要4紙の報道内容を詳細に比較分析しています。
「北朝鮮のミサイル、日本上空を通過」を新聞各紙はどう伝えたか
ラインナップ
◆1面トップの見出しから……。
《朝日》…「「グアム射程」誇示か」
《読売》…「北ミサイル『火星12』か」
《毎日》…「飛行距離2,700キロ」
《東京》…「グアム狙える新型か」
◆解説面の見出しから……。
《朝日》…「上空通過 高まる不安」
《読売》…「迎撃態勢に課題」
《毎日》…「北朝鮮 方向変え威嚇」
《東京》…「北 米の限界線探る」
ハドル
北朝鮮のミサイルが日本上空を通過して24時間以上経ちますが、新聞紙面は今朝がピーク、「席巻」の状態です。はたして違いがうまく出るか分かりませんが、他の選択肢はなさそうです。
米国は対北宥和政策に転換?
【朝日】は1面トップと2面の「時時刻刻」、3面、4面、10面と31面に関連記事。14面に社説。見出しから。
1面
- 「グアム射程」誇示か
- ミサイル日本上空通過
- 北朝鮮、挑発続行
- 首相「圧力を高める」
2面
- 上空通過 高まる不安
- 予告なし発射 憤る政府
- 米は抑制的 遅れた声明
- 中国、米韓の軍事圧力批判
- 強気の北朝鮮 危機感
- 日米の足並み ずれる懸念も(視点)
3面
- ミサイル防衛 際限なし
- 二段構えでも困難
- 迎撃行わず
4面
- 北朝鮮対応 きょう閉会中審査
- 与党主導 野党は不信感
- ミサイル・経済政策で論戦 民進代表選 前原氏と枝野氏
10面
- 北朝鮮、攻撃力見せつけ
- ミサイルで戦力補う狙い
- 韓国軍、爆弾投下訓練
- 文政権 対話路線は維持か
- 14面
ミサイル発射 日米韓の結束強化を(社説)
31面
- 避難と言われても
- 落下まで10分「悩ましい」
- 原発・基地の街、備え探る
- Jアラート、トラブルも
- 情報活用へ避難見直す動き
uttiiの眼
2面に置かれた記者による「視点」と14面の社説が内容的に呼応している。「視点」は「日米の足並みのずれ」を問題にしていて、「トランプ大統領は批判したが、安部晋三首相の強い反発に比べて温度差を感じた」とする。北朝鮮に対して、いわゆる「圧力」だけでは効果を上げていない現実を突きつけられ、今、日本政府内には「米本土への攻撃を阻止することを条件に米国が融和姿勢に転じる懸念も出始めている」という。
「社説」は、もう少し慎重に、「トランプ政権にとって今回の発射は、明確に警告したグアム周辺への攻撃ではないが、同盟国の日韓への脅威が高まるという微妙な事態である」とする。「日米韓が元来抱える立場の差を刺激し、連携を崩そうとするのは北朝鮮の常套手段」であり、だからこそ、「日米韓は綿密に情勢の認識をすりあわせ、一枚岩で平壌に向き合う強い結束の意識を共有せねばならない」と。
とくに社説は、「…せねばならない」などと、肩に力が入った、大時代掛かった文章で、さらに北朝鮮政府のことを「平壌」と表現するなど、記者の年齢を確認してみたい気持ちにさせる。今時、「ワシントン」に「東京」、「北京」に「モスクワ」をそれぞれ米国政府、日本政府、中国政府、ロシア政府あるいはその外交当局の略称のように使う用語法は、随分以前に流行ったものだったが、このところほとんど見なかった。ミサイルの上空通過で、《朝日》はまるで準戦時体制にでも入ったような気分になっていたのだとしたら、ちょっと恐ろしい。
日米の立場は完全に一致
【読売】は1面トップに2面、3面、4面、6面、8面と9面、11面に識者の見解、34面35面の社会面も。見出しから。
1面
- 北ミサイル「火星12」か
- 中距離弾道弾 日本通過5回目
- 安保理、緊急会合へ
- 首相「レベル異なる脅威」
- 「世界を侮辱」 米大統領
2面
- 米朝また冷却化
- 対話の期待しぼむ
- 北、大気圏再突入検証か
- 火星12 実戦配備想定の可能性
3面
- 迎撃態勢に課題
- 北海道「予想外」■能力限界も
- 住民周知 一部で混乱 Jアラート12道県に
- 日本通過は許されない暴挙だ(社説)
- 国際社会は新たな脅威に警戒を(社説)
4面
- 北制裁 中露へ働きかけ
- 政府、安保理を念頭
- 外相、米韓と電話会談
- 「深刻な事態」与野党非難 閉会中審査きょう開催
6面
- 文氏「対話路線」捨てず
- 韓国内で批判も
- 「脅威を過小評価」
- 露、北に自制要求へ
- 中国 手詰まり感 呼び掛け 北から「無視」
8面・9面
- Q 日本の危機になぜ円買い?
- 北緊迫 円・金買い
- マネー「安全資産」に逃避
- リスク嫌い世界的株安
34面 35面
- 航跡追尾に全力
- 海幕長「北、能力上げた」
- 早朝の警報 動揺
- 「どこに避難すれば」
uttiiの眼
見出しを見て分かるように、とにかく日本上空通過を強く非難し、首相が「レベル異なる脅威」としていることを強調している。
社説は、《朝日》の「視点」が「日米の足並みのずれ」に懸念を示していたのに対し、《読売》のものは、日米同盟への全幅の信頼を確認するような書きぶりになっている。「トランプ大統領が安倍首相と電話で会談し、『同盟国として、100%、日本とともにある』と述べたのは適切だった」とし、「首相も会談後、『日米の立場は完全に一致している…』」と述べたことを取り上げている。
逆に、韓国に対しては文在寅大統領が「対話路線」を捨てないことに対して、韓国国内でも「北朝鮮の脅威を過小評価している」との批判が出ているという。ロシアは「制裁によって影響を及ぼす手段は尽きた」として、北朝鮮に対してミサイル発射を自制するよう働きかけると。中国は、北朝鮮と米国の双方に自制を求める呼びかけを行っているが、「両国から無視され」ており、対応は行き詰まっていると。
ミサイル防衛は不可能…
【毎日】は1面トップに2面、3面、5面に社説と記事、6面、9面、13面に緊急座談会、30面31面社会面にも。見出しから。
1面
- 飛行距離2,700キロ
- 北朝鮮ミサイル 日本通過
- 襟裳岬沖落下 「火星12」か
- 破壊措置 実施せず
- 複数弾頭の可能性
- 冷戦の残滓 清算を(外信部長 小倉孝保)
2面
- ミサイル防衛 限界も
- 日本全域配備は困難
- 列島越え 5度目
- 北朝鮮飛距離抑制か
3面
- 北朝鮮 方向変え威嚇
- 「グアムも照準」誇示
- 米、問われる戦略
5面
- 北朝鮮ミサイル:首相、日米一致を強調
- 「対話の時ではない」
- 列島超えた北朝鮮ミサイル 日本主導で5カ国協議を(社説)
6面
- 東証4か月ぶりの安値
- 北朝鮮ミサイル リスク回避強まる
9面
- 韓国 対応に苦慮
- 文大統領「強く糾弾」
- 対話の実現性低く
- 各国から非難相次ぐ
- 中国 圧力強化に異議
- ロシア「制裁の手尽きた」
30面 31面
- いかに備えれば
- 国、屋内退避を奨励
- 「地下ない」「カラの浴槽入れ」 困惑ツイート飛び交う
- どこに逃げれば
- 戸惑う市民、自治体
- Jアラート 各地で混乱
- 休校、始業繰り下げも
uttiiの眼
1面トップの見出し「飛行距離2,700キロ」の意味を最初つかみかねていたが、記事を読むと、前回ロフテッド軌道で日本海に落下したミサイルが、より低い高度を飛び、日本を越えて2,700キロも飛行したということを図解入りで示している。推定される最大航続距離までは飛ばなかったが、グアムまで届くことを別の場所で実証して見せたということのようだ。
リードには「ミサイルが分離したとの情報があり、複数弾頭を搭載できるミサイル開発を進めている疑いが浮上した」としている。このトップ記事の中、中見出しで「破壊措置 実施せず」と「複数弾頭の可能性」が視覚的に目立っている。自然と、「ミサイル防衛は無理なのではないか?」という疑念が湧いてくる。その疑念を膨らませたのが、2面の記事。
2面記事のリードは「北朝鮮が、兆候のつかみにくい発射や複数弾頭搭載のミサイル開発などを進めれば、ミサイル防衛による迎撃はより困難になる」とある。
まあ、もともと、「有事」でなければ上空を通過するミサイルを打ち落とすことは想定されていないし、しかも今回、グアムを狙ったミサイルが間違って落下してきたときに備え、「『パトリオット』を中四国4県に展開」。ところが、実際に発射されたミサイルは北海道上空を通過した。装備の数は限られているから、「日本全域を完全に防護するシステムの整備は極めて困難なのが実情で、限界を露呈した形となった」とする。
移動式の発射台でどこからでも撃てる、空港からならさらに準備時間を短縮できる、複数ミサイルの同時発射技術も持ち、弾頭の複数化も…となれば、これを防ぐことはもう無理ということかもしれない。
メディアの大騒ぎ
【東京】は1面トップに2面、3面、5面社説、7面に内外ドキュメント、9面、26面と29面。見出しから。
1面
- 北朝鮮ミサイル 日本通過
- グアム狙える新型か
2面
- 日 防衛 外交 有効策なし
- 政府「万全の態勢」強調するが
3面
- 北 米の限界線探る
- グアム避け ミサイル日本通過
- 同調の日本へも警告
- 米 「世界を侮辱」圧力強化へ
- 大統領「一層孤立するだけ」
5面
- 日本を実験場にするな(社説)
9面
- 韓 「深い失望」あらわ
- 迎撃システムなど 軍事強化急ぐ
- ロ 新たな制裁 否定的
- 中 米朝双方にいらだち
26面
- 北ミサイル関連 過熱報道
- メディア 冷静に情報分析を
- 日本上空だが…「わが国に」「脅威」あおる首相
29面
- 警報「どこへ逃げれば」
- Jアラート数分後に上空通過
- 12道県に情報、一部トラブル
- 識者「政府、避難の説明不足」
- 「もし狙われたら」 横田基地周辺
uttiiの眼
安倍政権は「万全の態勢」を強調するが、外交的にも防衛的にも、実際のところは打つ手なしの状態。しかも、避難態勢もうまく作動しないことが今回のケースで明るみに出てしまった。《東京》はそのあたりのことを2面の記事と社会面で展開している。
26面には、この問題を巡るメディアの対応についてのユニークな記事(こちら特報部の「ニュースの追跡」)。ミサイル発射から数分後にJアラートが突然鳴り、各社は速報を打つ。テレビ各局はありものの北朝鮮関連映像、特にミサイル関係のものを繰り返し流し、画面はミサイル情報で溢れた。「メディアは冷静に情報分析して、過剰な反応を押さえるべきだが、危機をあおる政府に便乗している」(神保哲生ビデオニュース・ドットコム代表)との批判。
メディアの影響は、例えば「2001年の米中枢同時テロ後、米国はアフガニスタン、イラクでの戦争に突入したが、メディアが『テロとの戦い』一辺倒で政権批判を忘れたことが、その後の泥沼を招いた一因といわれている」と。
29面には、横田基地周辺に住む人たちの、「もし基地が狙われたらと思うと怖い」という声を拾っている。
あとがき
以上、いかがでしたでしょうか。
《朝日》と《毎日》が描き出している危機感は、全く別種のものですが、いずれも大きな一つのテーマにつながっています。仮に、《朝日》が言うようなアメリカの政策変更があった場合、日本には何が課題として突きつけられるのでしょうか。考えておくべきことかもしれません。