日本政府の再三の要請を無視する形で北方領土を訪問したロシアのメドベージェフ首相。「実効支配を訴える狙い」との報道も見られますが、ロシアの本音はどのようなものなのでしょうか。国際関係アナリストの北野幸伯さんが無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』で詳しく分析しています。
メドベージェフ北方領土訪問、ロシアの本音は?
今回は久しぶりにロシアの話です。
ロシア首相、択捉島を訪問…日本の中止要請無視 読売新聞 8月22日(土)12時34分配信
【モスクワ=田村雄】ロシアのメドベージェフ首相は22日、北方領土の択捉島を訪問した。
露首相の択捉島入りは初めてで、今月で占領70年となる北方領土の実効支配を内外に訴える狙いとみられる。
首相の訪問中止を求めてきた日本政府の要請を無視したもので、北方領土問題をめぐる歩み寄りを拒む姿勢を鮮明にした。
日露が目指すプーチン露大統領の年内訪日に向けた調整に影響を与える可能性がある。
これはなんでしょうか?
今回は「ロシアの本音」について書きます。こういうのを書くと、「あなた(北野)は間違っている!」とクレームしてくる人がいます。私の本音ではなく、ロシアの本音ですから、よろしくお願いします。
日本は誠意を見せている?
日本とロシアの関係は、安倍さんが総理になってからしばらく良好でした。
ところが、両国関係を悪化させるできごとが起こります。それが、2014年3月のロシアによる「クリミア併合」。それにつづく、「対ロシア経済制裁」。日本はこれに参加したので、日ロ関係は悪化したのです。
しかし、「私が任期中に北方領土返還を実現する」と決意されている安倍総理は、「他の国々より、ゆるい制裁をする」ことにしました。これをもって、「ロシア側に日本の誠意は伝わっている」という人がいます。
どうなのでしょう?
たとえば、「荒れている中学校の一室」をイメージしてください。小さくて弱いウクライナ君は、体が一番大きいロシア君の子分でした。
ところが、アメリカ君と欧州君は、ウクライナ君にいいます。
「ロシア君なんて裏切って僕たちと遊ぼうよ!」
ウクライナ君の心は揺れ、「裏切ろうかな?」と思いました。
しかし、そのことがロシア君にバレ、「ふざけるな!」と激怒された。
それを見たアメリカ君は、欧州君、日本君、オーストラリア君と相談し、「ロシア君をボコボコにしようぜ!」ということになります。みんなでよってたかって、ロシア君に蹴りをいれ、さすがのロシア君も防戦一方になります。
しかし、日本君は、蹴りを入れる際、「ゆるく蹴る」ことにしました(ゆるい制裁にした)。
ロシア君は、「やっぱり日本君はやさしい!」とちょっとウルウルします。ロシア君が日本君に「ありがとう!」というと、日本君は(蹴りながら)にっこり笑ってこんなことをいいます。
「いいんだよロシア君。だから、島返してね!!!!」
この時、ロシア君は、「ありがとう日本君!もちろん島は返すよ!」となりますか? 「なんて狡猾で自己中な奴だ! 僕が皆から袋叩きにあっているときに、島を取り返すことだけ考えているなんて!」と辟易するのでは?
もちろん、ロシア側に「日本の誠意」など通じていません。なぜかというと、「島をゲットするために、ゆるい制裁をする」というのは、「誠意」といわないからです。
実は「安保関連法案」を嫌がるロシア
最近、複数のロシア人から、「安保関連法案についてどう思う?」と聞かれました。この件、ロシアのテレビでは全然報道されていないので、驚きました。
私は、「中国が沖縄を自国領と主張しているから、対中国ですよ」と毎回答えています。しかし、どうもロシアは、「安保関連法案」を恐れているのですね。
理由はわかります。
2014年3月の「クリミア併合」以降、世界の構図は、
アメリカ、欧州、日本、ウクライナ 対 ロシア、中国
という感じになりました。上の構図で、ロシアは「日本の脅威」について考える必要がなかった。なぜなら、日本は「集団的自衛権行使」を認めておらず、自国が攻められた場合以外、米国と一緒に戦うことができない。
ところが、「安保関連法案」が成立すると、「日本がアメリカと一緒に戦える」道が開けることになります。
そして、そのアメリカは、今現実にウクライナを支援することでロシアと戦争している(一応、半年前に停戦合意したが)。
つまり、ロシアから見ると、
- アメリカの敵ナンバーワンは、ロシアである
- ロシアの敵アメリカは、GDP世界3位の日本と一体化してより強力になる
だから、「安保関連法案」をロシアは嫌がるのです。
今回のメドベージェフ首相の「北方領土訪問」。これは、ロシアの「危機感のあらわれ」と見てよいでしょう。「日本は敵のアメリカとますますひっついているので、国境を固めなければ」と。
米ロ関係の現状
ところで、2014年に比べると、アメリカのロシアバッシングはゆるくなっています。理由は、2015年3月の「AIIB事件」。
イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、オーストラリア、イスラエル、韓国などが、アメリカの制止を無視し、中国主導の「AIIB」に参加した。
これでアメリカは、中国の影響力の大きさに仰天した。「敵ナンバー1」は、ロシアから中国に移った。そして、2015年の5~6月にかけて、「南シナ海埋め立て問題」で米中関係が劇的に悪化したのです。
ロシアは、アメリカからの攻撃が止まって、「一息つけた」感じでした。
しかし今、米ロ関係が、再び悪化してきました。ウクライナが「臨戦態勢にもどりつつある」と、こちらでは報じられています。テレビニュースを見ると、「アメリカ批判」「ウクライナ現政権批判」がたくさん流れています。
ロシア人は、「現在戦争中」という意識なので、制裁で苦しくても「プーチン批判」をしません。
米国内の思想争い
現在アメリカには、大きく2つの「対ロシア戦略観」が存在しています。
1つは、冷戦直後に策定された「一極支配を進める」戦略。この戦略によると、アメリカの仮想敵は、中国、ロシア、ドイツ、日本(!)。この4国が、アメリカの「ライバル国になるのを阻止すること」が重要。
つまり、「アメリカ以外の『極』が現れるのを阻止する」。
この戦略を支持する人たち(たとえばネオコン)は、「アメリカには、中国とロシアと同時に戦える力がある」と考えています。
もちろん、「戦う」というのは、「情報戦」「経済戦」も含めます。というか、中ロは核大国なので、「情報戦」「経済戦」がメインと考えるべきでしょう。
もう1つは、ミアシャイマー、キッシンジャー、ロバート・ゲイツ、ルトワックさんたちの「リアリスト的」戦略観。
「中ロ同時に敵にまわすなんて愚かだよね。それより、ロシアと和解して、中国叩きに集中しよう。なんやかんやいっても、アメリカ最大の脅威はロシアではない。わが国の覇権を脅かす可能性があるのは、中国だけなのだから」
というもの。つまり、アメリカはロシアと和解し、アメリカ、日本、欧州、オーストラリア、東南アジア、インド+ロシアなどで、「中国包囲網」をつくろう。
どっちがいいかは、賛否両論あるでしょうが、「どっちの戦略を採用すれば、勝ちやすい?」と質問すれば答えは明白でしょう。中国とロシアを分裂させ、ロシアを自陣営に引き入れれば、中国に勝つのは相当容易になります。
「AIIBショック」の後は、「リアリスト的戦略観」のほうが優位にたった。それで、ロシアとの関係を少し改善させ、中国叩きに専念した。
ところが、日本政府と同じでアメリカも揺れるのですね。
「ロシアとなんか和解できるか! わが国は、中ロを同時に敵まわしても勝つ力がある!」と自国のパワーをを過大視する勢力がまた優勢になってきている。米ロ関係の現状は、こういう感じなのです。
日本にとって、ロシアのあるべき姿とは
では、日本はどうするべきなのでしょうか?
世界がまさに「戦争前夜状態」にある中、日本はロシアに対し「北方4島を返してもらうことしか考えてない」。
これは、「世界情勢がわかっていない」「大局が理解できていない」証拠で、とても心配です(もちろん、北方4島の返還を実現することは超重要です)。
日本の脅威は、「日本には沖縄の領有権がない!」と宣言している中国1国です。この国は、「中国、韓国、ロシア、『アメリカ』で『反日統一共同戦線』をつくる」という戦略をたて、実際に行動している。
●必読証拠「反日統一共同戦線を呼びかける中国」
結局日本の安全保障上の課題は、「中国をどうするか?」という一点につきるのです。
尖閣(沖縄も)をめぐって戦争が起こると仮定します。その時、中国の戦略どおり「日米関係」が破壊されていたとします。アメリカは日本を守りたくないので、
- 日本 対 中国
の戦争になってしまった。通常兵器の戦いならひょっとしたら勝てるかもしれませんが、中国が、「尖閣を渡さないと核を使うぞ!」と恫喝したら、「そんなことをすれば国際世論が許さないぞ!やれるものならやってみろ!」と切り返せるでしょうか?
中国は、「国際社会は中国に制裁できないよ。だって、中国は安保理の『常任理事国』で『拒否権』をもっているからね」と開き直るかもしれません。
いずれにしても日中戦争というのは、非常に分が悪い。
では、
- 日本、アメリカ 対 中国
の戦争なら? これは圧勝できますね。だから、日本最大の課題は、「日米同盟を強化すること」なのです。
では、
- 日本、アメリカ 対 中国、ロシア
なら? これは、どっちが勝つかわかりません。
いずれにしても、日本は、
- 日本、アメリカ 対 中国
の戦いにもっていくことが必要。こういう形を保っていれば、中国は勝てないので、戦争が起こりにくくなります。ですから、日本は、中国とロシアを分裂させて、中立化させることが重要なのです。
ちなみに、世界3大戦略家のルトワックさんは、「ロシアを中国包囲網に取り込む重要性」を繰り返し説いておられます。引用しておきましょう。ルトワックさんは、日本が独立を維持できるか、それとも中国の属国になるかどうかについて、以下のように述べています。
もちろん日本自身の決意とアメリカからの支持が最も重要な要素になるのだが、ロシアがそこに参加してくれるのかどうかという点も極めて重要であり、むしろそれが決定的なものになる可能性がある。>(「自滅する中国」 188p)
ちなみに、ルトワックさんの「自滅する中国」は、日本の指針を知りたい方必読です。是非ご一読ください。
では、日本は今、何をするべきか?
こういう大局を理解したうえで、日本は今何をするべきなのでしょうか?
- 「安保関連法案」は、「対中国」であり、ロシアにとって脅威ではないことを、繰り返し伝える。
ホントのことですから - 「アメリカがロシア攻撃をやめるよう努力します」といい、実際努力する
オバマさんに「自滅する中国」を渡して、「世界3大戦略家のルトワックさんは、『ロシアと組んで中国包囲網をつくったほうが【お得】だ』といってますよ」と伝える。
今回のメド北方領土訪問で、「岸田さんの訪ロがなくなった」とか「プーチンの訪日が微妙になった」とか、いわれています。はっきりいえば、「訪問がどうの」というのは大きな問題ではありません。
問題は、安倍さんがプーチンと会ったときに、「島返してね!」と「しか」いえないところにある。ロシアから見ると、「その見返りは?」ってことなのです。
日本政府は、世界の危機的状況をはっきり理解していただき、戦略的に、
「中ロ分裂」
「米ロ和解」
を進めましょう。そうすれば、尖閣問題で 日米 対 中国の構図ができあがり、中国もなかなか手出しできなくなるでしょう。
image by: Wikipedia
『ロシア政治経済ジャーナル』
著者/北野幸伯
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