日本企業の多くは、こうしたことへの危機感がないわけではありません。しかし、そのことへの解決策として、日本企業の人事部は、TOEICなどのテストを通して社員の英語力の向上に取り組み、英語が話せるようになれば、企業は変化するものだと勘違いをします。
しかも、TOEICを導入している企業の多くは、その点数を上げることのみに腐心し、企業ぐるみで新たな受験戦争を社内に作り出しています。根本的な問題は、日本企業内の英語力の低さではないのです。
まず、理解しなければならないのは、日本と外国とを分けて考える企業人の閉鎖性なのです。海外に進出している日本企業は、海外を外国人に仕事を教え、自らの製品を販売する場所としてしか考えず、海外の知恵を組織に注入し、日本人と外国人とを分けるのではなく、同じ企業の仲間として多様性を共有してゆく姿勢をもてないのです。日本企業はもっと海外から役員を招き、かつ海外のことは海外に任せる姿勢が必要です。
日本企業のスキャンダルが報道されるとき、いつものように、マスコミに向かって幹部が深々と頭を下げる映像が世界を飛び交います。こうした映像を通して、まさにセレモニーのように深く頭を下げながらも、未来へのしっかりとしたソリューションを公にできない伏魔殿のような組織のイメージが、世界の消費者に植え付けられてゆきます。
別に、日本企業はアメリカなどの企業の真似事をする必要はありません。それぞれ独自の企業文化があって何ら問題はないのです。個性ある企業があり、そこに個性ある企業文化が培われていることはむしろよいことです。ただ、それが海外と共有されないことが問題なのです。Japan Inc.はJapan Inc.の方程式のみを海外に伝授しようとしがちです。しかし、それは誰にも受け入れられないのです。
日本企業に勤務し、日本人に好かれる外国人には、そんなJapan Inc.に従順な羊のような人材が多く、彼らは高給で優遇されますが、便利屋としてしか活用されません。逆に、個性が強く、どんどん自己主張をしてくるような人は、日本企業では長続きできません。しかし、彼らの方が世界的な視野でみれば、はるかに優秀で発想力も豊かなケースが多々あるはずです。
日本社会は高齢化が進んでいます。それだけに、企業内でも組織を活性化させる新たな血液がいずれ不足してくるはずです。海外からの輸血はどうしても必要なのです。外国人と日本人との血液を分けて使用している多くの企業が、その方針を転換でき、世界に対してリベラルに対応できるようになったとき、世界からJapan Inc.の負のイメージが払拭されてゆくのです。
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