漁業を救った「よそ者女性」と、畜産業を救った「インテリ長男」

 

漁師を率いる若き女性~波乱万丈の水産維新

坪内のつかの間の休息は長男・柊人君とのひとときだ。坪内は5年前に離婚。女手一つで息子を育てるシングルマザーだ。

「私にとってはただの嫁いできた町。それは過去の話で、今はわが子のふるさとなんです。漁船があって海があって魚がある生活が当たり前。それを奪いたくないと思う。うちの船員にみんな家族がいる以上、そこを担っていく責任があると思っています」(坪内)

2007年、21歳で結婚し萩に引っ越してきた坪内。そこでコンサルティング業を始めたことが縁で、漁師たちと関わりを持つことになった。当時、漁業はどん底状態。坪内は船団長の長岡のある姿が忘れられないでいる。

俺たちは海がないと船がないと魚がないと生きていけないって泣いていた姿が、今でも忘れられないんです」(坪内)

関わりを持ったものの、漁業のことなど何も知らないよそ者で部外者。初めはことごとく対立した。坪内は漁師に、顧客目線と経営感覚を身につけてもらおうと動き始めた。ところがある日、漁師が獲った魚を乱暴にカゴに放り投げているのを見つけた。「魚は商品よ。一匹一匹、大切に扱って」と言った坪内に、漁師から「魚のことは俺たちの方がよく知っているいちいち口出しするなお前なんか萩から出て行け!」と、罵声が飛んだ。

「最初に大喧嘩になった時に、もうあっち行けと。俺がやるからもういらんと言った。その時に彼女が、20件の飛び込み営業でとった顧客リストを自分に渡したわけです」(長岡)

そこには取引先の店が扱う魚の種類や料理長の好みなどが、びっしりと書き込まれていた。坪内は漁に出られない日には全国を飛び回りたった一人で顧客を開拓していたのだ。

「それを見て、正直、頭が上がらなかったですね。ここまでやっているのかと……」(長岡)

こうして漁師たちの心をつかんだ坪内は、漁師の直販を一気にすすめようとしたが、そこに更なる壁が立ちはだかった。それは既存の流通という壁だった。

坪内のビジネスは漁協や仲買を無視する行為。当然、猛反発をくらった。

「(市場内に入れなかった。いるだけで、邪魔、邪魔みたいな。だから(水揚げ選別を場外でやっていました。野ざらしの屋根のないところで」(坪内)

漁協や仲買の理解を得なければ、漁師による直販は実現できない。そこで坪内が考えたのが共存共栄の仕組みだった。直販で得た売り上げの一部を手数料として漁協や仲買に支払うことに。船団丸が利益をあげれば地元も潤う仕組みを作ったのだ。

かつて坪内と対立していた仲買人たちはいま、「正直言えば複雑。だけどいいことだと思う。刺激になる」「最初はうまくいかなかったと思うが、今はこうして立派にやっている。僕は応援している」と語る。

これが、よそ者・部外者の坪内が起こした水産維新」だ。

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うまい豚肉に客殺到~湘南の絶品バーベキュー

神奈川県藤沢市。とある温室に行列ができていた。およそ100人が詰めかけたバーベキューイベントだ。豚のバラにロース肉、モモ肉と、さながら豚肉祭り。ひたすら豚肉を食べるという特別なバーベキューなのだ。出されている豚肉はすべて「みやじ豚」だ。

みやじ豚社長の宮治勇輔(39歳)は、一農家の名前でブランド豚を作るという、きわめて稀なことをやってのけた。小さな家族経営ながら養豚業に革命を起こした宮治の手腕は、農業だけでなく、ビジネス界からも注目されている。

「うちはあえて『みやじ豚』という個人名を冠する銘柄にする。ことごとく弱者の戦略で、大手がやらないことをやっていくことで活路を見出す

みやじ豚の良さは一流デパートも認めている。東京・銀座の松屋では、3年前から一押しのブランド豚として販売している。みやじ豚は決して安くはない。他の豚と比較してみると、千葉県産は100グラム292円、栃木産は378円だったが、みやじ豚は594円。それでもファンがついており、農林水産大臣賞も受賞した価値ある豚肉なのだ。

おいしさの秘密は豚舎に隠されているという。みやじ豚は三種類の品種をかけあわせた、いわゆる三元豚。おいしさの最大の理由はその飼い方にある。通常はぎゅうぎゅう詰めで飼育するため、豚はストレスを感じて、それが肉質にも影響する。一方、宮治家は「腹飼い」という方法をとっている。豚は一度に10頭前後の子豚を産む。それを成長するまで一緒に一つの冊で育てるため、ストレスを感じず、結果、高品質になる。

こうして育てたみやじ豚は、いまやミシュランで三つ星を獲得した店でも使われるようになった。

「良さは脂の臭みが全然ないところですね。お客さんに脂を食べてもらう感じ。絶対他にはないと思う」と言うのは、日本料理「幸庵」の飯嶋有紀則料理長。料理長はみやじ豚の味はもちろん、育て方にも惚れ込んだという。

渾身の一品は「みやじ豚の角煮」(昼コース6260円~)。味付けは塩と山椒だけ。臭みのない、みやじ豚でしかできない調理法だという。

家業をブランドに作り上げた宮治には大いなる野望があった。

一次産業全体が、『かっこよくて感動があって稼げる3K産業になっていくことが僕らのゴールなので、そこに向けて活動していきたい」

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