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なぜ仮想通貨まで叩かれる? 新しい技術の登場を拒絶する日本

先日の仮想通貨取引所「コインチェック」のNEM流出問題を受け、日本の各メディアは一斉に仮想通貨の脆弱性と危険性を報じています。メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』の著者でアメリカ在住の作家・冷泉さんは、それらの報道は「素人が手を出すとヤケドする」という投機初心者のトラブルを未然に防ぐ役割を持つ反面、過剰な報道は「日本を衰退させる要因」にもなり得ると危惧しています。

最新テクノロジーへの「ネガティブ報道」を考える

暗号通貨の取引所「コインチェック」に預託されていたNEM通貨」が、邦貨換算で580億円相当も盗まれた」という事件が大きく報道されました。この事件についていえば、暗号通貨が暗号通貨である意義というものは「暗号による高度なセキュリティ」にあるわけですから、そのセキュリティに関する甘さを持っていた取引所の経営姿勢は批判されても仕方がないと思います。

このような暗号通貨に関するトラブルとしては、2014年の「マウントゴックス事件もあったわけです。両者ともに批判されても仕方がないのは事実です。ですが、それはそれとして、どうにも気になるのは、新しいテクノロジーが出てくると、その可能性や意義、将来の見通しに関する報道よりも、トラブルに関する報道の方がはるかに多くなってしまうという問題です。

暗号通貨というのは、まず決済の確実性や迅速性という点で革命的な機能を狙ったものです。また、国家という「怪しい財務内容」を抱えた機関がイメージでしかない信用力を背景に発行している「貨幣」とか、人類が長い歴史の中で「何となく黄色に輝いてきれい」だという理由で価値を与えてきたゴールドなどと違って、その「機能によって信頼と価値を獲得してゆこうという、画期的な発明に他なりません。

ですから、暗号通貨の実用化が進めば、海外への送金がスマホで瞬時にできたり、倒産しそうな中で技術のブレイクスルーを達成した会社が瞬時にファイナンスができて復活したり、あるいは自然災害や戦争などで巨大な人道危機が発生した場合に、それを瞬時に金銭面から救済したりといったことを可能にするわけで、上手く実用化ができれば人類の生活向上に果たすポテンシャルは計り知れないわけです。

ですが、このように「怖い」とか「カネが消える」といったネガティブな報道が続くようでは、せっかくの新しい技術に対する社会的支持が追いついていかないこととなり、日本国内では、その進歩にはブレーキがかかってしまいます。

考えてみれば、近年の日本では「新しい技術が登場するとネガティブ報道が先行する」という現象が目立つように思えてなりません。

例えばドローンの問題があります。ドローン技術は、テクノロジーの進歩だけでなく、機材の大量生産によるコストダウンで普及が爆発的に進んでいます。観光地や自然公園などのPRビデオなどの商用目的利用、大規模農場における生育マネジメント、自然災害時の迅速なダメージ把握、事故や災害における不明者捜索など、ビジネスだけでなく人の命に関わる問題にまで活用方法は無限にあると言っていいでしょう。

ですが、このドローンに関しても2015年4月の首相官邸屋上における発見事件」が大きく報道される中で、その活用へ向けた議論以前に、ひたすらネガティブなイメージが拡散してしまっています。現在、多くの観光地や自治体などで規制が進んでいますが、その規制が活用促進よりも禁止へ傾斜しているのも、この事件に関する過剰報道の後遺症と言えるでしょう。

心配なのは、自動運転車(オートノマス・ヴィークル=AV)です。このAVに関しては、技術的なブレイクスルーはほぼ2017年に達成されており、今年2018年は制度面、つまり交通行政や保険制度といった社会制度インフラに関する国際的な合意のブレークスルーの年になると言われています。

アメリカで言われているのは、2019年の2Qから3QになるとAVの実用化が急速に拡大するというのですが、こちらの普及には「人間が運転していないと怖い」というネガティブな感覚をどう乗り越えていくのかが課題になると思われます。

新技術へのネガティブ報道といえば、他にも沢山あります。リニア・モーターカーへのネガティブ報道もそうですし、ボーイング787もそうでした。リニアの技術の画期的な性能よりも、磁力漏れがどうとか、工事の際の湧水が心配だという話が先行する、787の素晴らしい乗り心地と省エネ性能ではなく、(恐らくはワイヤリングのミスによる)電池の過熱問題ばかりが報道されたのです。

787に関していえば「電池がダメになったら墜落する」などという恐怖心を煽る報道もありましたが、そもそも飛行機というのは一旦エンジンがオンになれば、タービンの回転から潤沢な電力が得られるという乗り物です。では、何で電池があるのかというと、あくまで非常用であるわけです。ですから、リチウムイオン電池がトラブったら墜落などという話は、デマもいいところなのですが、人々の心に一旦「怖い」という心理が刷り込まれると、それを煽った方が「受ける」というメカニズムがメディアを暴走させてしまうわけです。

こうしたテクノロジーへの拒絶反応というのは、例えば幕末から明治初期に「写真を撮られると魂が抜けてしまう」とか「電話線を通じて赤痢が伝染する」といったデマが駆け巡ったという話に似ています。ですが、写真の場合は「考えられないほどリアル」だという当時の人々には腰を抜かすほどの驚きがあり、電話の場合も「遠く離れたところの声が聞こえる」という、それまでの常識ではあり得ないような「ショッキングな新しさ」があったことが推測されます。

ですが、暗号通貨やドローン、あるいはリニアモーターカー、ボーイング787といった「発明」は、そこまでのショックを与えたというわけではないと思います。つまり、技術があまりに革命的なので、人々が超自然的なものと思い込んだというのではありません。

そうではなくて、恐らくは人々の側に「新しいものへの不安感警戒感」であるとか、「自分たちが生きてきたライフスタイルが過去形になることへの恐怖」といったものがあるのだと思います。

メディアは、時代のそうした深層心理が分かっていることに加えて、有償メディアの主要なマーケットが高齢層だということも計算の上で、「新しいものの生み出すトラブルを強めに報道してしまうのだと思います。そこに、日本のある意味ではアニミズム的な自然観である「ありのままの自然」が善であり、そこに「人為的に手を加えるテクノロジーは罪悪」といった伝統価値観が乗っかって話が暴走してしまうのでしょう。

いずれにしても、このように「新しさに対する警戒や恐怖を煽っていると、日本の技術的な競争力などは雲散霧消してしまいます。AV(自動運転車)が米欧や中国といった先行勢力に技術も社会的枠組みも完全に先行されてしまった場合には、最終的に日本の自動車産業はソフトの周辺機器製造といった経済に落ちてしまうと思います。

本当は、フィンテックは金融工学で遅れた日本が一気に挽回するチャンスであり、AVは高齢化時代の移動手段の切り札だという日本経済に取ってポジティブな側面を持った話なのです。とにかく、メディアによるネガティブな感情論に対しては猛省をしていただきたいと思うのです。

image by: Shutterstock

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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